鋼鉄の箱
駒井 ウヤマ
鋼鉄の箱、現る
「何だあ、あの箱?」
新生オーストリア帝国陸軍、オットー・デアシュナイダー中佐は思わずそう叫んだ。
そう、それは正に『箱』としか形容できない存在だった。曲線の欠片もない、おっ立った四角柱、それも一面の大きさが正方形の立方体だ。ただ、両側舷のバルジに据え付けられた単装砲1基3門×2と天面中央に鎮座する艦橋と思しき構造物が、辛うじてその物体を兵器だと主張せしめていた。
・・・もっとも、その艦橋も自身と備え付けの電探、加えて側板の中央部に走る線が同じ色で塗られているせいで、プレゼントのリボンにしか見えないのであるが。
(・・・そこまで、クリスマスのプレゼントボックスを摸さんでも良かろうに)
だがなんにせよ、戦場で偶発的に出会うにしてはインパクトが大きすぎる。今、彼が座っているのが艦長を務めるケーニヒスベルグ型陸上巡行艦ブラウンシュバイクの艦長席でなければ、きっと夢だと思ったことだろう。
「艦長、ご存じですか?」
「ご存じだったら、こんな台詞は吐かんよ。先任中尉こそ、あの『箱』は敵の兵器だと思うか?」
「それは・・・・・・は、発砲!?」
その回答は、その箱から寄せられた。こちらが悩まないようにとは、何ともお優しいことだ。衝撃音と共に、グラグラと艦橋を揺るがすその一撃をもたらしたからには、よもや友軍ではあるまい。
「損害状況報せ!」
流石にトンチキな物体を見て毒気を抜かれていようと、現実の危機に対応できないようでは帝国軍人の名折れだ。
「被害、ありません。せいぜいが装甲板が凹んだくらいでしょう。しかし・・・」
「だな、中尉。よし・・・アレを敵艦と確認。攻撃開始!」
「前部主砲1番2番、てぇ!」
敵とは違い、甲板上に据えられた連装レールキャノンが火を噴く。しかし、
「弾いた!?」
放たれた砲弾は、乾いた音を立てて敵を揺らすに留まった。速力も殆ど落ちていないことから鑑みるに、被害は与えられていないと考えるべきだ。
「馬鹿な、直撃の筈だぞ!」
「いいや、違うな中尉。よく見ろ、敵は我が艦に角を向けているんだ」
「それが?・・・ハッ、そうか、避弾経始。つまりは昼飯の角度・・・ということですね、艦長」
「そういうことだ」
古くは旧世紀、陸戦の王者が戦車だった時代にドイツで勇猛を馳せたティーゲル戦車が、敵を迎えうつ最適の主砲配置だ。それを敵はこの陸上艦が主力の時代に、再現して見せたという訳だ。
「そう見ると、あれをバルジで無くスポンソンと見れば・・・菱形戦車にも見えますね」
「そういえば、彼の菱形戦車はランドシップとも言ったか。ウィンストン・チャーチルの亡霊でも蘇ったか?」
何せ、敵は大英帝国だ。どんな魔術を持っているか分かったもんじゃない。
「しかし、装甲板が抜けんとくれば・・・砲撃長、あの艦橋は狙えるか?」
「無理でしょうな。射角が足りません」
老練な砲撃長は、若輩のオットーが捻りだしたアイデアを一蹴した。まあ、無理なものは無理だ、しょうがない。
「巡行艦だからな、砲と呼べる装備はレールキャノン以外には無いし・・・曲射砲のある戦艦だったらなあ」
しかし、無い物ねだりもまた、しょうがない。出来ることを探すしかないのだ。
「それにしても・・・おっと、敵の攻撃はどうだ?」
「なんとか回避出来ています。敵の砲が前面に向いているので」
「本当に戦車だな、まるで」
もっとも、そのやりようは菱形戦車と言うより、どちらかと言えばサン・シャモン突撃戦車のようだが。
「しかし・・・打つ手が無ければ、逃げるしかないか」
逃げるのでありますか。そう、言葉にはしなかったものの、中尉の顔にはその不満がありありと浮かんでいた。
(・・・若いな)
勿論、オットーとて本気で思った訳では無い。第一、スゴスゴ逃げ帰るのが気に食わないのは、彼も同じなのだ。
「なら、近づいてみましょう。ひょっとすると」
「ひょっとするか?」
確かに、近づけば威力は上がる。だが、そんな単純な話でいいのだろうか。
「艦長!敵艦、接近してきます!」
「おっと、向こうからお越しになるか」
どうやら、考えていたことは敵も同じだった様子。砲門いからせ接近してくる敵艦は、バカスカと砲を撃ちまくってくる。
「余裕が無いのはお互い様、か。こっちも撃て!」
だが、敵の装甲はよっぽど頑丈なのだろう。こちらの砲撃は空しく弾き飛ばされるばかり。対して、敵の断続的な砲撃もこちらの装甲は抜いてはこなかったが、その砲数の多さか速射力が高いのか、グラグラとブラウンシュバイクを揺さぶり続けている。
「か、艦長!こうも揺らされては・・・」
「怯むな!しかし、敵も『箱』のくせになんて速さだ。このブラウンシュバイクに追追従するとは!」
しかし、こうして砲撃戦を続けている限り、音を上げた方が負けだ。今はグングン近づいて来ている敵艦も、いずれは一定の距離を取らざるを得ないはずで、その距離で如何に有効打を打てるか。それが肝だとオットーは頭を巡らせていた。
それが、間違いであった。
「か、艦長!」
「なんだ!?」
「敵艦、速度緩みません!!」
何だと、とオットーは思わず目をひん剥いた。敵艦はいつの間にやら艦橋の窓一杯までに近づいており、そしてその足は留まる気配すら見えない。いや、むしろ増速している気配さえある。
「こ、このままでは!?」
「ば、馬鹿な!このままでは・・・」
敵もぶつかってしまうぞ、と考えたオットーの頭に、1つの可能性が閃く。
「衝角突撃(ラミング)だ!」
「衝角?そんな前時代的な!?」
「だが、そうとしか思えん。全速前進だ、逃げろ!」
しかし、その決断は遅すぎた。
「無理です!計算では、あと4分で激突します!」
その悲鳴のような叫びに、艦橋は蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれる。
「艦長、退艦準備を・・・」
「駄目だ!」
怯懦からくる進言を一刀両断。オットーに、艦を捨てる気は無い。しかし、何か対抗策を考えなければ結局は同じこと。
(考えろ・・・考えろ・・・考えるんだ、オットー!)
しかし、そうこうしている間にも、敵艦はジリジリと近づいてくる。今では、その『箱』の角の線すらクッキリと見えそうで・・・。
「そうだ!」
残り時間2分、オットーは閃いた。
「砲撃長、角だ」
「はあ?」
「敵艦の角、一点目がけて各主砲を一斉射だ!」
反射的、と言うのはこう言うときに使うのだろう。砲撃長はその意味を問うことなく、オットーが言うがままの目標へレールキャノンの砲身を向け、撃った。
「おお!」
ダッガァァァンと、大きな衝撃音が響く。しかしそれはブラウンシュバイクに『箱』がぶつかった音では無く、砲撃が命中した音だ。
そして、その一撃は『箱』にとっては大きな壁にぶつかったような衝撃を与えるものだった。
「敵、船速鈍りました。これならいけます!」
「全速力だ、脇目を振るな!」
それは、正に紙一重。スルリとすれ違うかのように、敵の角からブラウンシュバイクの船体はすり抜けた。
「やった!避けた!」
「まだだ中尉!後方砲塔、敵の砲へと射撃。せめて何か戦果を・・・」
しかし、オットーたちへの幸運はここまでだった。彼が命じた砲撃が果たされるより早く、敵の砲からの一撃が、その後方砲塔を吹き飛ばしたのだ。
「3番砲、大破!」
「ええい!仕方なし、か・・・基地へと帰投するぞ!」
その命令に、今度は中尉も非難する顔はしなかった。
そして、敵も再度のアタックは仕掛けて来なかった。考えてみればそれも当然で、逃げるブラウンシュバイクに再度ラミングを仕掛けるとすれば敵は彼らに追い縋る形になる。そうなればそこに待ち構えているのは要塞砲や戦艦のはずで、いくら堅牢な『箱』と言えど無事では済むまい。
だが、その時のオットーからすればそんなことは知る由も無いのだから、その逃避行は冷や冷やものであったことは間違いない。
「・・・よし、決めたぞ、先任中尉」
そう、彼がようやく切り出せたのは、戦闘が終わって20分も経ってからのことだった。
「何をです、艦長?」
「俺は、あの『箱』について上申する」
「正気ですか!?」
ああ、とオットーは軽く頷いた。
「アレは恐らく試作の類だろうがな、ヤバいのは今日戦った通りだ。敵艦の全てが『箱』になるとは思わんが・・・対策は必要だろう?それに、どの道今日の損傷について報告書をあげなきゃならんのだ。なら、同じだ」
願わくは、今日の戦いの結果を踏まえて、敵があの『箱』の有用性を疑問視しますように。
そう、オットーは儚い望みを抱いて椅子に大きく座り込んだ。
尚、オットー・デアシュナイダー中佐の希望が叶うことはなかった。
新生オーストリア帝国軍は彼の上申を一笑に付し、大英帝国軍は彼の『箱』の一応の有用性を認め、『特務突撃艦ウォーリア』として制式に配備した。
結果、西暦3084年12月24日。第3次アルデンヌ会戦にて『ウォーリア』5隻による強襲を受けた新生オーストリア帝国は巡行艦2隻、装甲艦4隻、陸戦艇数多という大損害を受けて敗退するのだが、それはまた、別の話。
鋼鉄の箱 駒井 ウヤマ @mitunari40
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