殺害者のロッカバイ・ベイビー

栗岡志百

序章 赤ちゃん ゆりかご みんな落ちる そして——

 おやすみ赤ちゃん 木の上で

 風が吹いたら ゆりかご揺れる

 枝が折れたら ゆりかご落ちる

 赤ちゃん ゆりかご みんな落ちる


 小学生になってからも、モラーノ・イム絵里紗エリサは、この子守唄を母——エメリナから聞いていた。

 夜の子ども部屋、ひとりでいると眠れない。眠れるまで側にいてくれたエメリナが、聞かせるともなく口ずさんでいたからだった。

 場面を想像すると不安にしかならない歌詞なのだが、エメリナが唄うのはこればかり。エメリナもこの唄を祖母に唄ってもらっていたそうで、お気に入りの一曲だったようだ。

 この歌詞では眼が冴えてしまう……と思いきや、そうでもなかったらしい。

 あやふやにしか覚えていないのは、エリサが幼かったせいではない。このあたりの記憶だけが、ひどく曖昧だった。

 ただ、この歌詞にはまだ続きがあったような気がしている。

 そして断片的に覚えているのは、一面にひろがる深紅色しんこうしょく

 紅に埋もれているのは、エメリナだ。倒れたまま動かない。

 その傍に、白いシャツを着た後ろ姿がある。

 シャツにベッタリと付いているのは血だった。

 この人が……こいつが——

 いちばん安らげるはずの家の中にひろがった、深みのある明るい紅色。

 この日からエリサの生活が一変する。

 エリサは、家族と記憶の一部を失った。



 ひとりになったエリサだが、独りではなかった。支えてくれる家族以外の人がいた。

 そして、いつも胸元にある四つ葉のネックレストップにふれると、気持ちが落ち着いた。

 アクセサリーというより、不安を感じたときのお守りアイテム。誰に贈ってもらったのか、欠けた記憶とともにわからなくなってしまった。

 ただ、とても優しい人からだったような気がする。

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