第156話 理解

 お風呂から上がった僕とバイオレットさんは、いつの間にかもう夕方と呼ばれる時間帯になっていたため、今日は一度お別れすることとなって、今僕はバイオレットさんのことをロッドエル伯爵家の前まで見送りに来ていた。


「バイオレットさん、今日は色々とありがとうございました!少し緊張してしまったりもしましたけど、バイオレットさんと楽しい時間を過ごすことができてとても楽しかったです!」

「私も、ロッドエル様と楽しいお時間を過ごすことができ、とても幸せでした……またこのようなお時間を、過ごさせていただきたく思います」

「も、もちろんです!」

「……では、失礼致します」


 そう言うと、つい先ほどまでそこに居たはずのバイオレットさんは僕の前から姿を消した。

 その速さに少し驚いた僕だったけど、先ほどまでバイオレットさんが居た場所に向けて僕は口端を上げて言う。


「……バイオレットさんは本当にすごい人ですけど、僕はそれと同じぐらいバイオレットさんが優しい人だということも知っていますからね」


 そんな誰にも届かない言葉を呟くと、僕はロッドエル伯爵家の屋敷の中に入って行った。



◇バイオレットside◇

「……では、失礼致します」


 そう言って姿を消したバイオレットは、ロッドエル伯爵家の庭に身を隠した。

 バイオレットの戻るべき場所は王城では無く、シアナの居るシアナの部屋だからだ……そのため、ルクスがロッドエル伯爵家の屋敷に入ったらその後でシアナの部屋へ向かおうと思い身を潜めていた────が。


「……バイオレットさんは本当にすごい人ですけど、僕はそれと同じぐらいバイオレットさんが優しい人だということも知っていますからね」

「っ……!?」


 姿を消した後まで自分にとって嬉しい言葉を投げかけられることなど想定もしていなかったバイオレットは、ルクスが優しい声色で放ったその不意打ちのような言葉に、驚愕して思わず自らの口を手で覆う。

 その後、今度こそルクスがロッドエル伯爵家の屋敷の中に入ると、バイオレットは小さな声で呟いた。


「お嬢様……私は以前まで、お嬢様の感情のほどは理解できても、身を交えたいというお言葉の意味を深く理解することはできませんでした……が、今ではハッキリと理解できます……私も、ロッドエル様となら────」


 その続きは言葉にしなかったバイオレットだが、自らの中でルクスに対する恋愛感情が猛烈に高まっていることを感じ取った。

 そして、ロッドエル伯爵家の屋敷の中に入ると、人目に映らないようにシアナの部屋まで移動した。



◇シアナside◇

 シアナが、今日一日はバイオレットの邪魔をしないようにと自室で読書をしていると、そのバイオレットがシアナの自室へ入ってきた。


「ただいま戻りました、お嬢様」


 そんなバイオレットの言葉を聞いたシアナは、読んでいた本を閉じるとバイオレットの方を向いて聞く。


「ルクスくんと良い時間を過ごすことはできたのかしら?」

「はい、お嬢様がお時間を作ってくださったおかげでとても良い時間を過ごすことができ、私はとても感謝しております」

「気にしなくていいわ、普段あなたに苦行を強いてしまっていることはわかっているつもりだもの……それで、ルクスくんとはどんなことをしたのかしら」


 シアナは、紅茶を挟みながら二人で楽しく話し、お花などを鑑賞した────などという想像をしていたが、バイオレットの口から出たのはそんなものでは無く。


「紅茶を淹れて差し上げた後、その紅茶を挟みながらお話をし、その後で剣の練習にお付き合いし、つい先ほどまではロッドエル様と共にお風呂に入っておりました」

「ル、ルクスくんとお風呂!?」


 そんな言葉を聞いたシアナは思わず椅子から立ち上がる。


「何をそんなに驚かれているのですか?」

「驚きもするわ!私ですらルクスくんとお風呂に入ることができたのはつい先日のことなのよ?それをあなたは……というか、ちゃんとお互いに体は隠していたのよね!?」

「その辺りは問題ありません……ですが、ロッドエル様のお体を洗って差し上げたり、お疲れが取れやすいように体を刺激して差し上げたりはしました」

「っ……!……私が居ないところで、随分とルクスくんと楽しんでいたようね」

「はい、楽しませていただきました」


 シアナの言葉に対して、堂々と返事をしてくるバイオレット。

 ルクスとバイオレットが二人になる時間を作る以上、二人の関係性が進展することは予期していたシアナだったが、予想外の進展具合にシアナは動揺しながらも大きな声で言った。


「言っておくけれど!私はあくまでも義務的にあなたにルクスくんと過ごす時間を作ってあげただけで、ルクスくんのことをあなたに譲るつもりなんて一切無いわよ!」

「承知しております、私も、あくまでも一番はお嬢様とロッドエル様が幸せになっていただくことと考えております────が、副次的なものとして……」


 バイオレットは、そこで言葉を止める。


「副次的なものとして、何よ」


 そんなバイオレットの言葉に対してシアナがそう問いかけると、バイオレットは応える。


「なんでもありません」

「見え見えの嘘を吐かないでくれるかしら!?その続きを言いなさい!」

「なんでもありません」

「バイオレット!!」


 その後、二人は同じようなやり取りを繰り返した。

 そして────二日後。

 ────剣と愛の交じり合う波乱の剣術大会が、幕を開けようとしていた。

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