第153話 意識
バイオレットさんと剣の練習を行うべく、二人で元居た客室からロッドエル伯爵家の庭に出てくると、僕達はそれぞれ木刀を手に握った。
バイオレットさんは、客室に居た時は黒のメイド服だったけど、体を動かすのであれば黒のフード付きのコートの方が良いということで、今はその黒のフードの服を着ていて、しっかりと黒のフードを被っていた。
……黒のメイド服を着ているバイオレットさんはとても優しい雰囲気だったけど、黒のフードを被っているバイオレットさんと改めてこうして対面すると、バイオレットさんが今まで生きてきた人生がどれだけ過酷だったのか、雰囲気だけでなんとなく伝わってくる。
僕がそのことに少し緊張感を抱いていると、黒のフードを被ったバイオレットさんが言った。
「では、ロッドエル様……まずは直接剣を受けた方が色々とお教えできることも多いと思われますので、私に向けて木刀で攻撃していただいてもよろしいでしょうか」
「わ……わかりました!」
その言葉に頷くと、僕は促された通りバイオレットさんに向けて木刀を構える。
バイオレットさんは、特に木刀を構えたり受けの姿勢を見せたりもしなかったけど、僕にいつでも始めていいということを身振りで伝えて来た。
「じゃあ、行きます!」
そう声を出すと、僕は地を蹴ってバイオレットさんとの距離を縮めて早速剣技を持って木刀を振りかざした。
「っ……!」
だけど、バイオレットさんは足を動かすことなくそれを木刀で受け流した。
それによって、攻撃したはずの僕の方が受け流された方向にバランスを崩されてしまった。
それからも続けて攻撃し続けて、最初の方こそ隙を全く見せなかったバイオレットさんだったけど、その途中でようやく隙を見せた。
ここだ……!
そう心の中で意気込んだ僕は、バイオレットさんの隙を突いてバイオレットさんが手に握っている木刀を弾こうとした────けど。
「えっ……!?」
バイオレットさんは、体全体を回転させて後ろに移動してそれを回避した。
そして、綺麗に着地すると落ち着いた声色で言う。
「こうして実際にロッドエル様の剣を受け、ロッドエル様の剣の癖や弱点と言ったものがよくわかりました……なので、早速一つお教えしたいと思います」
「っ!お、お願いします!」
一体どんなことを教えてもらえ────なんて考え始めようとした時、突然目の前からバイオレットさんの姿が消えたかと思ったら、いつの間にか僕の首元には木刀が添えられていた。
「えっ!?」
僕が突然のことに驚いて思わず後ろに下がろうとすると、後ろにあった何かにぶつかった……かと思えば、僕の耳元でバイオレットさんの声が聞こえてきた。
「先ほどのように、相手が隙を見せた状況では、真正面から攻撃を加えるのではなく、このように相手の後ろを取るようにしましょう」
そんな声が聞こえてくると共に僕が後ろを振り向くと────
「バ、バイオレットさん!?」
そこには、バイオレットさんの姿があった。
「い、いつの間に……」
「この動きは私の専門でもありますから、すぐにできずとも結構ですが、相手の後ろを押さえるという意識はしておいて損をすることはないでしょう」
「わ、わかりました!」
僕がそう言って頷くと、バイオレットさんは僕の首元から木刀を下ろしてくれた。
すると、続けてバイオレットさんは僕の肩を触って言う。
「……あと、ロッドエル様は肩を中心として余分な力が込められており、一つ一つの動作が本来の速度を発揮できていないようにお見受けできますので、その辺りも改善した方が良いでしょう」
「な……なるほど!勉強になります!」
バイオレットさんに肩を触られて少し意識がそっちに持って行かれそうだったけど、とても大事な話をしてくれているため僕はどうにか意識を逸らさずに真剣に聞き届けた。
◇バイオレットside◇
「次に、剣技についてですが────」
バイオレットは、真面目にルクスに剣についてのアドバイスをしながらも、その裏では別のことも考えていた。
────お嬢様ではありませんが、ロッドエル様のお体に触れさせていただくと言うのは確かに胸に温かいものを感じますね……それにしても、お嬢様やフローレンス様は、一体どのような手法でロッドエル様に自らのことを女性として意識してもらうべくアプローチを行っているのでしょうか……
そんなことを考えながら、バイオレットはルクスの手に触れながら言う。
「剣の打ち合いでは、こちらの手にしっかりと力を込めた上で、手首の柔軟性も活かせるように握ることが大切なこととなってきます」
バイオレットがそう言うと、ルクスは真面目な様子でそれに頷く。
────私も話している内容自体はとても真剣なものなので、ロッドエル様が真剣にお話を聞いてくださるのは嬉しく思いますが……
肩や手に触れても全くルクスが反応見せないというのは、ルクスを好きなバイオレットにとっては少し複雑な心境になるものだった。
────やはり、この状況ではそういった雰囲気にすることは難しいのでしょうか……それとも、私がロッドエル様に魅力的だと思われていないだけ、なのでしょうか……ですが、お嬢様は私のことを……
様々なことに頭を巡らせながらも、その後もしっかりとバイオレットはルクスに剣を教え、その剣を受け、教えを繰り返した。
「はぁ、はぁ……」
「お疲れのようですね、ロッドエル様」
「す、すみません……少し、疲れました……」
「あれだけの時間剣を振るっていればそうなっても仕方ありません」
この時、バイオレットの中に一つの案が浮かんでいた。
この案を実行すれば、もしかすれば自らのシアナ同様にルクスに女性として意識してもらえるかもしれない、と。
だが────バイオレットはシアナとは比較にならないほどそういったことに対する耐性が無いため、かなり今からバイオレットが実行しようか悩んでいることを実行したとしても、ルクスだけでなくバイオレットの方すら平静を保てるかわからない。
────ですが、少しでもロッドエル様に女性として意識していただける可能性があるのなら……
そう意を決したバイオレットは、ルクスにあることを提案した。
「ロッドエル様、体の全身がお疲れになられたと思いますので、よろしければ────私と共にお風呂へ参りませんか?」
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