第151話 限界

◇バイオレットside◇

 ルクスの参加する剣術大会が行われる日まであと三日となった今日。


「お嬢様、そろそろ限界です」


 バイオレットは────限界を迎えようとしていた。

 何の前ぶりも前兆も無く、突然限界を告げられたシアナは、王城で第三王女フェリシアーナとして職務を行っていた手を止めると、そのバイオレットの言葉に首を傾げて聞く。


「限界というのは、一体何の話かしら?」

「そろそろルクス様とお二人で過ごさせていただくお時間をいただけなければ、私はもう限界だということです」


 バイオレットの最近の仕事であるルクスの近辺を警戒するというのは、その性質上必然的に朝から夕方にかけて休み時間や剣術の授業中に楽しそうに過ごしているルクスとフローレンスを見て、夜にはルクスとシアナが楽しそうに過ごしているところを見なければならない。

 言葉にすれば簡単なようにも聞こえ、事実バイオレットもルクスが初めて王城に来たあの日までは他の仕事と変わらないと考えていた。

 が、今となってはその仕事は自分の想い人が別の女性と話しているところを長時間見せ続けられるというものであり、それはまさしく精神的苦行を強いられるものだった。


「今までも何度かそういった話はして来たけれど、確かにそろそろ限界が来てもおかしくないわね」


 シアナのその言葉に対して、バイオレットは頷いて言う。


「はい、もはや後先考えず無理矢理にでも良いのでどうにかルクス様と過ごすお時間をいただきたいと考えています」

「あのバイオレットがそんなことを言うなんて相当ね……わかったわ、明日から二日間ルクスくんの貴族学校は休日のはずだから、あなたには明日ルクスくんと過ごせる時間をあげる」

「ありがとうございます」


 そう言うと、バイオレットは職務を行なっているシアナから少し距離を取って頭の中であることを考える。

 それは、ここ数日バイオレットの脳内を埋め尽くしていたこと。

 ────ロッドエル様に女性として意識してもらえるとは、一体どのような感覚なのでしょうか……

 先日、シアナがルクスと二人でお風呂に入って実際にその感覚を体験したということを聞いてから、バイオレットの頭からはそれが離れなかった。

 今まで女性として振る舞うことをせず、立場上女性として求められたことも無いバイオレットには全く想像もできない感覚……だが、それでもその感覚にはとても興味があった。

 ────私などがロッドエル様にそのような意識をしていただこうと考えるなど、おこがましいということは百も承知……ですが。

 これもまた立場上、バイオレットにはシアナやフローレンスとは違い、ルクスと二人で過ごすことのできる時間がかなり限られてしまっている。

 だからこそ、手段を選んでいる場合ではない。


「……」


 そう考えたバイオレットは、今改めて心の中で明日ルクスに女性として意識してもらえるようにアプローチを仕掛けることに決めた。

 ────男性にアプローチなどしたことがありませんので、上手くできるかはわかりませんが、それでも……私も、ロッドエル様に……



◇ルクスside◇

 僕が自分の部屋で勉強をしていると、僕に向けて手紙が届いていたことをシアナが教えてくれたため、僕はその手紙をシアナから受け取った。


「誰からだろう……」

「手紙の裏を見てみたところ、どうやら第三王女フェリシアーナ様からのようです!」

「フェ、フェリシアーナ様から!?」


 シアナの言葉を聞いた僕が手紙の裏を見てみると、そこには確かにフェリシアーナ様の名前が記されていた。

 フェリシアーナ様のお手紙ってことは……も、もしかしたら、婚約の返事をまだ返せて無いことについて怒られたりするのかな……でも、もしそうだとしても僕がそれから逃げるなんてことは許されない。

 僕は、恐る恐るその手紙を開いて文に目を通す。


『ルクスくんへ 突然で申し訳ないのだけれど、バイオレットがルクスくんの気に入りそうな茶葉を見つけたと言っていてルクスくんにそれを飲んで欲しいらしいから、明日の昼頃ロッドエル伯爵家にバイオレットのことを向かわせるわ。もし迷惑だったら帰らせて良いから、遠慮はしなくて良いわよ。それと、剣術大会とても応援しているわ フェリシアーナより』

「なるほど……バイオレットさんが、明日この屋敷に……というか、それだけじゃなくて剣術大会の応援までしてくださるなんて……!」


 僕は、婚約のことについて何も怒った文を書いていないフェリシアーナ様に優しさを感じながらそう声を上げた。

 そして、もちろんバイオレットさんが来てくれるなら大歓迎のため、僕は突然明日が楽しい日になることが決定してとても嬉しかった。

 ────だけど明日、まさかバイオレットさんとあんなことになるとは、この時の僕は全く予想だにしていなかった。

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