第145話 一番
◇ルクスside◇
「ルクス様、少しよろしいでしょうか」
僕が帰り支度を整え終えたのとほとんど同じ時に、僕の部屋の前からフローレンスさんの声が聞こえてきた。
「はい、大丈夫です!」
「ありがとうございます」
そう言うと、フローレンスさんはゆっくりとドアを開けて僕の部屋へ入って来た。
フローレンスさんはシアナと一緒に居たはずだけど……
「フローレンスさん、僕に何か用事ですか?」
僕の部屋に入ってきて真っ直ぐ僕の前までやって来たフローレンスさんにそう聞くと、フローレンスさんが頷いて言った。
「少々ルクス様にお聞きしたいことがあるので、それにお答えいただくだけで良いのです」
「わかりました!僕にお答えできることならどんなことでも答えるので、遠慮なく聞いてください!」
「ありがとうございます、それではお言葉に甘えさせていただきますね」
そう言ってから少し間を空けると、フローレンスさんは口を開いて言った。
「ルクス様が今までお飲みになられた紅茶の中で、どなたに淹れてもらった紅茶が一番美味しいと感じましたか?」
「え……?」
僕は、全く予想だにしていなかったことを聞かれて困惑する。
「お答えをお教えいただく前にお伝えさせていただきますが、私に遠慮などせず正直にお教えください」
正直に……僕は、今まで僕の人生の中で他の人に紅茶を淹れてもらって、その紅茶を飲んだ時の記憶を掘り起こす。
僕は一応伯爵家の貴族だから、今までの十五年間の間で色んな人、場所で紅茶を淹れてもらってきた。
その中でも特に美味しいと感じたのは、やっぱりシアナかフローレンスさん、そしてバイオレットさんの三人で、その中での一番はと聞かれると────
「……フローレンスさん、僕も答える前に伝えさせていただきますけど、僕は本当にフローレンスさんの淹れてくれた紅茶も大好きで、フローレンスさんが僕に紅茶を淹れてくださるたびにとても美味しく飲ませていただいています」
「ありがとうございます……ですが、ということは一番は私では無い、ということでしょうか?」
「それは、その……ご、ごめんなさい……」
申し訳なさから、僕はフローレンスさんに謝罪すると、フローレンスさんは首を横に振って言った。
「謝らないでください、私はまだまだ未熟者の身、これからより精進するのみです」
真っ直ぐそう言っているフローレンスさんのことを見てから、僕はフローレンスさんの問いに答えた。
「……今まで僕が飲んできた紅茶の中では、バイオレットさんのものが少なくとも僕にとっては一番美味しかったです」
「……そちらのバイオレットさん、という方はどのような方なのですか?」
「バイオレットさんは、フェリシアーナ様の侍女の人です!とても優しくて良い人ですよ!」
「侍女……そういうことでしたか……」
フローレンスさんは、小さな声で何かを呟いた。
すると、今度は僕にも聞こえる声で口を開いて言う。
「ルクス様、剣術大会が終わった後、しばらくの間ルクス様のお口に合う紅茶を探求するため、放課後はこちらのお屋敷に訪問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え……!?」
フローレンスさんの言葉に僕が困惑した時、ちょうどそのタイミングで僕の部屋のドアがノックされた。
「ご主人様、お部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
シアナの声だ。
「うん、いいよ」
フローレンスさんの言葉に困惑しながらもシアナに返事をすると、シアナが僕たちのところまでやって来た。
「今、お二人はどのようなお話をされていたんですか?」
「えっと、剣術大会が終わったら、放課後にフローレンスさんが毎日この屋敷に来たいって────」
「な、何故そのようなお話になっているのですか!?」
そう驚いたシアナがフローレンスさんと限りなく距離を縮めると、二人は僕には聞こえない声で話し始めた。
「何を考えているの?貴族学校の時間もルクスくんと過ごしているのに、放課後までなんて欲張りだと思わないのかしら?」
「私は自らの欲望で動いているわけではありません、純粋に紅茶というものでルクス様のことをより満足させられるようになりたいのです」
「私がルクスくんと過ごす時間が減ってしまうでしょう?」
「それはむしろ私にとっては好都合ですから」
僕には二人が何を話していたのか聞こえなかったけど、フローレンスさんが一歩前に出て僕と向かい合って言った。
「ルクス様、先ほどのご提案の方はお考えいただけましたか?」
「ぼ、僕は大丈夫です!シアナはどうかな?」
「……ご主人様がそう仰るのであれば、私も大丈夫です!」
「ありがとう、シアナ」
僕がシアナにお礼を言うと、シアナは嬉しそうに口元を結んだ。
そして、フローレンスさんも嬉しそうに微笑んで言う。
「お二人とも、ありがとうございます────剣術大会も楽しみですが、剣術大会後にも楽しみができましたね」
「はい!最初聞いた時はちょっと困惑しちゃいましたけど、フローレンスさんの淹れてくださった紅茶をたくさん飲ませていただけるならとても楽しみです!」
その後、僕とシアナは馬車に乗って帰っていくフローレンスさんのことを見送ると、二人で一緒に僕の部屋の中に入った。
すると────シアナは、頬を膨らませてどこか拗ねている様子だった。
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