第92話 居場所

◇ルクスside◇

 ────エリナさんと過ごした日から三日後の夕方の夜前。

 今日は、シアナが遠くに用事があるらしくて、夜遅くになるまで帰ってこないらしい。

 噂をすれば、僕の部屋のドアがノックされた。


「ご主人様、少しよろしいでしょうか」


 そして、そのドアの前からはシアナの声が聞こえてくる。


「うん、いいよ」


 僕がそう返事をすると、シアナはドアを開けて僕の部屋に入ってきて、僕の目の前までやって来た。


「ご主人様、今日は用事があり、私は夜遅くまで帰れません」

「うん、前に言ってたからもちろん覚えてるよ……夜遅くまで帰れないのは心配だけど、護衛の人はちゃんと付いてるんだよね?」

「はい!護衛の人が付いてくださっているので、私の身はご心配要りません!」

「そう、なら良かった」


 僕がその言葉を聞いて安心するも、シアナの顔にはどこか緊張が張り付いていた。


「……シアナ?」

「す、すみません……今回の用事というのが、少し難しいもので、ご主人様のことをご心配させてはいけないと、わかっているのですが……」


 シアナは、どこか不安そうな声でそう言った。

 今日、僕はシアナがどんな用事で夜遅くまで帰れないのか知らない。

 それは、もしかしたらロッドエル伯爵家に関係することなのかもしれないし、シアナの私用なのかもしれない……どちらにしても、シアナが僕にそれを言わないということは、それは僕が聞かなくても良いことなんだろう。

 でも、一つだけ言えるのは────


「シアナにはこのロッドエル伯爵家っていう居場所と、そこに誰よりもシアナのことを大切に思ってる存在が居ることを忘れたらダメだよ」


 そう言うと、僕はシアナの緊張や不安を包み込むようにシアナのことを抱きしめた。


「っ……!」

「僕はシアナのことをとても大切に思ってる……だから、もし何か大変なことがあったり、辛いことがあったりしたら、いつでも僕のところに戻って来てね……そこにはいつでも、シアナの居場所があるから」

「ご主人、様……」


 その後、シアナは僕のことを抱きしめ返してきた……普段はなんでもできるように見えるシアナだけど、本当はまだ十五歳の女の子。

 そんなシアナの安心できる場所をずっと作っておくためにも、僕は────やっぱり、良い領主にならないといけない。

 改めて、僕の目標、そしてシアナの大事さを感じ取っていると、僕とシアナは互いに体を抱きしめ合うのをやめた。


「もう大丈夫?」


 僕がそう聞くと、シアナは元気に答えた。


「はい!大丈夫です!」


 そして、僕の部屋のドアの前に行くと、僕に頭を下げて言った。


「行ってまいります、ご主人様」

「うん、気をつけてね」


 僕がそう言うと、シアナは笑顔でこの部屋を後にした。



◇シアナside◇

 ルクスの部屋から出たシアナは、第三王女フェリシアーナとしてのドレス姿に着替えると、バイオレットと一緒に王城へと向かう馬車に乗り込んだ。


「もしかしたら、もうルクスくんと会えないかもしれないという不安で今回の計画に緊張を抱いてしまって、そのことでルクスくんに心配させてしまったさっきまでの自分が情けないわ」


 そう反省するシアナに、いつも通り黒のフード付きのコートを着ているが、まだフードを被っていないバイオレットが言う。


「計画への緊張を抱くのは、それだけお嬢様がロッドエル様のことを大事に思われている証拠です……なので、私はむしろそれで良かったのだと思います」


 声のトーンは普段と変わらないが、バイオレットはどこか優しくそう言った。

 そして、続けて言う。


「それに────ルクス様の前で感情を吐露なされたのであれば、もう感情面でも問題無いのではありませんか?」


 バイオレットがそう聞くと、シアナは落ち着いた声音で返した。


「えぇ……私は、ルクスくんとの未来のためにも、必ずルクスくんのところへ戻るわ────そのためにも」


 続けて、シアナは虚な目となり、無機質な声音で言った。


「私とルクスくんの恋愛を邪魔しようとしてくるエリザリーナ姉様は、必ず処理するわよ」


 シアナの顔色に全く不安や緊張が無くなったことを確認したバイオレットは、そんなシアナに呼応するように黒のフードを被って返事をする。


「全ては、お嬢様の仰せの通りに」


 その後、二人を乗せた馬車が王城に着く頃には夜となっており、二人はエリザリーナに言伝した通り王城のエントランスへ向かった。

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