第90話 婚約者候補

「え、えぇ!?」


 エリザリーナ様から婚約者になって欲しいって直接言われるなんて……


「そ、そんなこと絶対有り得ないです!」


 僕がそう言うと、そんな僕の返しを想定していたのか、エリナさんは落ち着いた様子ですぐに言った。


「例えばの話だって、あ、王族の人だから気を遣って受けるとかじゃなくて、あくまでも人として見てっていう話ね」

「そ、そう言われても……」


 あのエリザリーナ様が僕に婚約することなんて、想像の域を超えているからすぐに答えなんて思い浮かばない。

 思い浮かばない……けど。


「僕だとエリザリーナ様には分不相応だと思うので、別の方と婚約して欲しいと思います」

「エリザリーナ様の方から婚約して欲しいって言ってきてるんだから、そういうのは無し」


 容姿とか、知識とか、していることの凄さとか、何もかもが僕の方が足りていないけど……

 

「そういうのを取り省くとしたら……エリザリーナ様とはまだほとんどお話をしたことが無いので、婚約を受けるかどうかとかは想像できないですけど────エリザリーナ様が優しい人だというのは知っているので、そんなエリザリーナ様から婚約して欲しいと言われたら嬉しくなると思います」

「っ……!」


 僕がそう言うと、エリナさんは目を見開いた。


「そんなことを言いながらも、実際にあのエリザリーナ様から婚約して欲しいと言われたら困ると思いますけど……なんて、そもそも僕がエリザリーナ様から婚約されることなんて絶対に無いと思いますけどね」


 絶対に無い話だからこそ、今こうして落ち着いて話すことができる。

 僕がそう考えていると、エリナさんが頬杖をついて言った。


「それにしても、ルクスって本当変わってるよね」

「え?どうしてですか?」

「だって、第二王女から婚約して欲しいって言われたら普通何も考えず頷くと思うよ?」


 え……?

 僕は、そのエリナさんの発言に困惑を覚えながら返事をする。


「そ、そんなことは無いと思います、この国の第二王女エリザリーナ様と婚約するってなったら、自分の領土の人だけじゃなくて国に存在する民の人たちの生活を守って幸せに導いていかないといけなくなって、もし今の自分にその力が無いと判断すればエリザリーナ様には申し訳ないと思いながらも首を横に振るはずです」


 僕は当然のことを言った────つもりだったけど、エリナさんは頬杖をついたまま僕から視線を逸らして僕には聞こえないほど小さな声で呟く。


「貴族なんてほとんどが自分のことばっかり……民のことなんて二の次で、きっと私から婚約をお願いすれば薄汚い欲望を持って私と婚約するよ……本当、醜い」

「……エリナさん?」


 どこかエリナさんの目元が暗かったような気がした僕がエリナさんの名前を呼ぶと、エリナさんは頬杖をつくのをやめて僕の方を見て言った。


「ごめんね、なんでもないよ!」


 僕の方を見てそう言った時には、エリナさんの目元は明るくなっていた。

 どうやら、僕の気のせいだったみたいだ。


「それはそうと、ルクスって婚約者とか居ないの?」

「はい、居ません」


 いつかは見つけないといけないことはわかっているけど、貴族学校を卒業するまではまだまだあるから、少なくとも今の段階から焦って探したりする必要は無いだろう。

 僕が正直に答えると、エリナさんは間を空けずに聞いてきた。


「そっかそっか〜、一応聞いておくけど、婚約者候補とかも居ないよね?」

「婚約者候補……?はい、特に────」


 お父さんからは僕が好きになった女性を紹介するように言われているからそういった存在は特に居ない、と答えようとした時────僕の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。

 そして、その人物の顔を浮かべながら言う。


「……候補、なんて言い方をして良いのかはわからないですけど────実は、一人の女性の方から婚約の申し出を頂いています」

「……え?」


 僕がそう伝えると、エリナさんはそんな困惑の声を漏らして少しの間固まってしまった。

 どうしたんだろう?

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