第15話 初日
「ご主人様、行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
シアナが僕に頭を下げて僕のことを見送りに来てくれたので、僕はそれに返事をしてから貴族学校行きの馬車に乗った。
昨日は貴族学校の入学式だったけど、今日からは本格的に貴族学校に通い始めることになる。
貴族として必要な教養や具体的な知識、そして選択制だが剣術の講義なんかも受けられるという。
貴族に剣術が必要あるのか、という意見もあると思うけど、僕はもし何かあった時に領民の人たちを自らが一番前に立って守れるようにも剣術の訓練は必須だと考えている。
今から数ヶ月前まで剣術指南役の人に剣を教えてもらっていたから、学年内で一番剣が扱えないなんてことはない……はず。
とにかくそんなわけで、僕は貴族学校での生活にとてもワクワクしていた。
◇シアナside◇
シアナは、ロッドエル伯爵家の屋敷の庭で、一人庭の手入れをしていた。
黒のフードを被った長身の少女は、日中ルクスの周りを見張るように伝えているため、今はシアナの近くには居ない……が、シアナはそのことはあまり気にしておらず、ルクスのことだけを考えていた。
「……今日からは、夕方までルクスくんに会えないのね」
少し寂しさはあるが、メイドとしてロッドエル伯爵家に雇われるまではルクスと会えない、話せないのが普通だったため、それに比べれば……と自分に言い聞かせ、貴族学校入学式前日の夜に寂しいと感じていることをルクスに伝えた時に、ルクスから言われた言葉を思い出す。
「確かに明日から僕は貴族学校に通い始めるから、日中は話せることが少なくなるかもしれない……でも、その分夜にたくさん話せば良いし、きっと勉強面で僕だけじゃ難しいと感じる時もあるだろうから、シアナの手が空いてる時は、僕に力を貸して欲しい」
その言葉を思い出したシアナは、口角を緩めながら呟く。
「言われなくても、ルクスくんのためならどんな力でも貸すわ……ルクスくんが帰って来てくれるのが待ち遠しいわね」
◇ルクスside◇
貴族学校に登校した僕は、講義室に入った。
そこには五十名ほどの生徒が居て、それぞれが席に座りながら雑談をしている様子だった。
おそらくまだもう少し生徒は増えるだろう。
講義室の黒板を見てみると、それぞれの名前の横に割り当てられた席が書かれていたため、僕は僕に割り当てられた席に向かう。
僕の席は一番左の端っこで、窓があるから時々空を見て気分転換もできそうな席だった────けど、その手前に居る人物のことを見て、僕は少し驚いた。
「フ、フローレンスさん!?」
「おはようございます、ルクス・ロッドエル様」
そう穏やかに挨拶すると、フローレンスさんは僕にニッコリと笑った。
まさか、僕の右隣の人がフローレンスさんなんて……すごい偶然だ。
僕は一度席に着いて、挨拶をしてからフローレンスさんと話始める。
「おはようございます……フローレンスさんが隣なんて驚きました」
「私も黒板に書かれている私とルクス・ロッドエル様の席が隣だった時は少し驚きました」
「わざわざ僕の席を確認してくれたんですか?」
「はい、ルクス・ロッドエル様に興味がありますから」
「僕に興味……ですか?」
「はい、実は────」
「これより、最初の授業を始めます」
フローレンスさんが何かを言いかけた時、身なりからして先生らしき女性が黒板の前に立ってそう言ったため、さっきまで雑談をしていた生徒たちは僕たちも含めて静まりこんだ。
「最初の授業と言っても、本日の全講義は全て貴族学校の一日の流れを理解してもらうためのものなので、基礎中の基礎しか話しません……そして、仮にこの基礎がわかっていなかったとしても明日から本格的に基礎から細かく講義を受けていただくので、今日は流れを把握することを第一優先とするように」
結構堅い感じの先生だが、貴族学校の先生と言われればイメージ通りだ。
そして────僕は、その今日の基礎中の基礎というところすら理解できなかったらどうしようと思ったけど、一通り今日一日授業を受け終えて、本当に基礎中の基礎で僕にも全然わかるぐらいのことだったことに安心感を覚えた。
流れもとりあえずは講義を受けて休み時間に入って、お昼になったら昼食を食べるとかぐらいで、剣術とかどこかに移動する必要のある講義とかが入ってくるとまた何か変わるのかもしれないけど、少なくとも講義室内での基本的な座学だけの一日の流れは完璧に把握出来たと言っても良いだろう。
僕が心の中で安堵していると、隣のフローレンスさんが話しかけてきた。
「ルクス・ロッドエル様、本日の講義内容は全てお分かりになられたようですね」
「はい、一応……先生の言っていた通り、基礎しか無かったので」
「基礎と言っても、全ての分野を理解できた人は少ないようですよ」
「それだけ、皆さんはそれぞれ特有の得意な分野を持ってるってことですよね……僕はもう手当たり次第必要そうなことを勉強してる感じなので、皆さんのことを尊敬します」
「とても素敵な考えです、やはりあなたに興味を持った私は間違っていなかったようですね」
フローレンスさんが優しい表情でそう言ってくれた後、僕の前に身知らない男の人が現れた。
少し太り気味の体型で、目つきは悪く髪の毛はおでこが隠れるけど目にはかかっていないぐらいの長さで均一化されていた……見るからに裕福な家庭で育ったことがわかる人だ。
「お友達ですか?」
フローレンスさんが普段通りの様子でそう聞いて来たから、僕はそれに返事をする。
「いえ……知らない人です」
僕がフローレンスさんにそう伝えると、その男の人は僕に話しかけてきた。
「俺は貴族の中でも最上位とされている公爵家の次に上位とされている侯爵家のザルドだ」
侯爵……僕の伯爵という爵位よりも一つ位の高い爵位だ。
伯爵よりも下のくらいの人に対してそんなことを気にするつもりはないけど、礼儀として上の位の人にはその辺りのことを注意して接しないといけない。
「僕は伯爵家の────」
「お前の名前なんてどうでもいいんだよ!それよりも言いたいことがある!」
公爵、侯爵の人でも色々と高圧的な人は居たが、名乗りを妨げられたのは初めてだったから少し驚いた……気が立ってるみたいだし、僕が何かしてしまったのかもしれない。
とりあえず、僕はザルドさんの言いたいことというのを聞いてみることにした。
「なんですか?」
「お前!伯爵家の分際で、第三王女とパーティーで話してたな!」
「そうですけど……それが、どうしたんですか?」
「第三王女のような血筋から高貴で見た目も良い女と関わっても良いのは、俺のように血筋にも能力にも恵まれている人間だ!お前のような奴が関わっていいわけねぇだろ!」
……僕は確かに全然能力は無いし、血筋に良い悪いがあるのかわからないけど、爵位で言えばこの人の方が高い位だからその辺りも聞き逃しても良い。
でも……一つ聞き逃せないことがあるとしたら。
「第三王女フェリシアーナ様は、血筋と見た目だけじゃなくて、性格が優しい人で、たくさんの努力の結果尊敬される結果を出して来た人です……そのフェリシアーナ様に対して、そんな発言はいくら侯爵家の人だったとしても失礼だと思います」
「そんなもんはどうでもいいんだよ!伯爵家の分際で、侯爵家の俺に口答えしてんじゃねぇよ!」
◇黒のフードを被った少女side◇
黒のフードを被った少女は、主人であるシアナからの命を受けてルクスの貴族学校での生活を見張っていた……シアナの意図としては、見守っているという受け取り方でも良いかもしれない。
そして、当然だが今現在ルクスとザルドが言い合っているところを、視覚としても聴覚としても捉えていた。
────そして、黒のフードを被った少女はザルドのことを見ながら呟いた。
「講義初日から、大変興味深いことが起きているようですよ、お嬢様……お嬢様を軽んじた発言に、ロッドエル様への暴言……私が手を下しても良いですが────この手に関しては、私よりもお嬢様の方があの愚か者を残酷な目に遭わせてくれるでしょうから、お嬢様にお任せするとしましょうか」
そう呟いて、黒のフードを被った少女はそのフードから微かに見える口元の口角を少しだけ上げた。
その後、ルクスは貴族学校からロッドエル伯爵家の屋敷に帰ると、シアナに出迎えられた。
◇
この作品が連載され始めてから二週間が経過しました!
作者は今後も楽しくこの物語を描かせていただきたいと思いますので、読んでくださっているあなたにもこの物語をお楽しみいただけたら幸いです!
今後もよろしくお願いします!
◇
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