第14話 異常事態

「ロッドエル様が、お嬢様と婚約したいと思わない……ですか────それはそうでしょう」

「え!?」


 黒のフードを被った少女がその事実をすんなりと受け入れたことに、シアナは驚いた。

 驚いた……というよりも、納得がいかなかった。


「どうしてそんなにすんなりと飲み込めるの!?あなただって、ルクスくんの性格を知っているでしょう?ルクスくんは爵位に関係なく────いいえ、例え爵位なんて持っていない平民だったとしても、ルクスくんなら『婚約したいと思わない』じゃなくて『性格が優しいなら、僕は婚約したいって思えるんじゃないかな』って言うはずよ!そんなルクスくんが、私と婚約したいと思うかどうか聞かれて『思わない』って断言したのよ!?これがどれほどの異常事態かわかってるの!?」

「わかっています、お嬢様は一度落ち着いてください」

「落ち着けるわけないわ!」


 シアナにとって、ルクスと婚約するというのはシアナの人生目的の大半を占めていた……当然その婚約というものには、ルクスと過ごす楽しい日常や、ルクスとの愛情を感じる日常のことも含まれている。

 そう、今現在学力を高め、剣術に励み、国をより良い方向に動かす大きな助力をしているのは、当然半分は王族としての務めを果たすと言うものだが、王族として果たさなければいけないそれらのことでさえ半分はルクスと婚約しても何不自由なくルクスと楽しく過ごしていくため、ルクスが過ごすこの国をできるだけよりよくするため、ルクスが苦しまず楽しい日常を過ごすためにと考えてしていること。

 そんなルクスに『婚約したいと思わない』と言われてしまえば、当然シアナは落ち着くことなどできるはずもなかった。


「私の魅力が足りなかったのかしら、それとも王族だからって偉そうって思われた?」

「ロッドエル様のこととなると、本当に頭の機転が緩みますね、とてもあの完全無欠なお嬢様と同一人物とは思えません……おそらくですがお嬢様、その二つはどちらも違います」

「じゃあ何?」

「一言で言えば……ロッドエル様は、自分とお嬢様のことを天秤にかけているのでしょう」

「天秤……?」

「伯爵家の生まれで十五歳のロッドエル様は、貴族学校を卒業してから本格的に領主としての力を発揮する場が設けられますので仕方ないことではありますが、今現在ロッドエル様には表立った実績というわけがない……それに比べて、お嬢様は人並みならぬ努力と才覚あってのものですが、それでもその力を存分に発揮する場を今よりずっと幼少の頃より与えられ、今ではたくさんの実績を残している……きっとロッドエル様は、そのことを考えてそもそも自分とお嬢様が婚約することなんて現実的に考えてあり得ないと考えているんでしょう」

「そんな、ルクスくんは存在してくれるだけで私にとってその他全ての生物よりも尊い存在なのに……」


 シアナはそれと同時に考える。

 貴族に生まれたというだけで、ルクスとは違い何の努力もしていないのに態度だけ大きな貴族が居るということ……そういう貴族の偽りの自尊心を、少しでも本物の自尊心を持つべきルクスに分けられれば、と。

 だが、それを簡単にできないのもルクスの優しさであり、その優しさもまたシアナが唯一この世界で惚れ込んでいる男性、ルクス・ロッドエルという男性の魅力だと考えると、シアナは思考の迷路に陥りそうになったため、そこで思考を止めた。


「はぁ、どうしたらいいのかしら」

「今のロッドエル様は、第三王女フェリシアーナ様という存在をかなり高い存在だと認識していると思います……それはもう当然、自分のことなんて眼中に無いと思うほどに」

「困ったわね、私は逆にルクスくんのことしか眼中に無いのだけれど……」

「……今後は、第三王女フェリシアーナ様としてロッドエル様と深く交流するしかないでしょう」

「でも、個人的にルクスくんと接触しようとしたら、どうしても目立つ……そうなったら、私がルクスくんと接触していることがお父様にバレてしまうわ」

「幸い、ロッドエル家の現当主の方には、お嬢様がメイドとしてロッドエル家で雇われることになった時からお嬢様の立場はご理解いただいていますので、このロッドエル家の屋敷の中であれば、ロッドエル様と接触することは可能でしょう」

「そうね────近々行動を起こすために、計画を立てることにしましょうか」


 ここまでの話も重要なことだったが、シアナにはもう一つ気がかりなことがあった。


「……そういえば、任務の方はどうだったの?」

「はい、ロッドエル様は青髪の女性、名前をフローリア・フローレンス様という女性と食事と音楽を楽しんだのみで、それ以外はロッドエル様やフローレンス様に視線を向けるものが居たぐらいで、特に接触はありませんでした」

「そう……確か公爵家の人間だったわよね、あの露骨に露出した胸を使ってルクスくんのことを誘惑したりしていなかった?」

「少なくとも、第三者から見た場合はそのようなことをしているようには見えませんでしたが、細かな視線誘導などもあるので何とも言えません」

「……公爵家なら資料がある程度まとまっているはずね、あなたはフローレンス家の情報と、今後も貴族学校に通うルクスくんの周辺を見張って、何かルクスくんの周りで変化があったらすぐに私に報告を」

「かしこまりました」


 それから、シアナと黒のフードを被った少女は一緒に計画を立て始めた。

 第三王女フェリシアーナとして、ロッドエル伯爵家の屋敷に来て、ルクスとさらに距離を縮める計画。

 そして、それが実行されるのは、そう遠くない日のことだった────

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