第10話 再会

「フェリシアーナ様……?どうかなされましたか……?」


 何故か表情を暗く変化させたフェリシアーナ様のことを心配に思いながらフェリシアーナ様にそう声をかけると、フェリシアーナ様はその暗い表情のまま言った。


「絶対に婚約しない、とは言い切れないんじゃないかしら……?いえ、それよりも……あくまでも、私と婚約できないというだけであって、私と婚約したくないというわけではないのよね?」

「僕なんかがフェリシアーナ様と婚約したくないなんて上から物を言うようなことはできるはずもないですし、そんなことは思ってもいないので当然そういうわけではありません」

「そう……それならいいわ」


 フェリシアーナ様は一度呼吸を整えてから暗く変化させていた表情から、落ち着きのある表情になった。

 ……近くで見てみると、さっき講堂で遠くから見た時とは比べ物にならないほど綺麗な人だ。

 顔立ちから佇まいまで、本当に全てが整っている。


「ルクスくん……?」


 僕が思わずフェリシアーナ様に見惚れてしまっていると、フェリシアーナ様が僕に声をかけてきた。

 僕は、すぐに返事をする。


「はい!なんですか?」

「私の顔を見ていたようだけれど、私の顔に何か付いているの?」

「そ、そういうわけじゃないです!その……綺麗だったので、つい」

「っ……!」


 僕がそう言うと、フェリシアーナ様は僕から顔を逸らして、自分の顔が僕から見えないようにした……不快にさせてしまったのかもしれない。


「変なことを言ってしまってすみません!」


 僕がそう謝ると、フェリシアーナ様は僕に顔を向けてくれた。

 ……フェリシアーナ様は落ち着いた顔つきだったけど、口調はどこか落ち着きのない様子で言う。


「き、気にしなくていいわ……こ、口角が……」

「口角……?」

「なんでもないわ」


 フェリシアーナ様は少し間を置いてから僕のことを見て言った。


「それと、こんな場所で片膝をつかれたままだと話しづらいから、立ってもらってもいい?」

「……わかりました!」


 フェリシアーナ様の前で普通に立って話すなんてとても申し訳なかったが、それ以上にフェリシアーナ様の言ってくださったことを無視する方が良くないことだと判断した僕は、フェリシアーナ様に言われた通り立ち上がった。

 ……フェリシアーナ様は女の人だけど、僕と同じぐらいに身長が高い。

 僕は一応男の人の中でも平均よりは高い身長だから、フェリシアーナ様は女の人の中ではかなり高身長ということだ。

 改めてフェリシアーナ様の十全十美さを感じていた僕だったけど、ふと気になったことがあったのでそのことを聞いてみることにした。


「フェリシアーナ様、失礼かもしれないのですが、一つお聞きしても良いですか?」

「えぇ、良いわよ?一つじゃなくても、二つでも三つでも、知りたいことがあるなら何でも教えてあげるわ」


 フェリシアーナ様……とても優しい人だ。


「ありがとうございます……ではお聞きしたいのですが、どうしてフェリシアーナ様は僕の名前を知っていたんですか?」


 フェリシアーナ様は、僕が名乗る前から僕の名前を知っていた。

 フェリシアーナ様が僕の名前を知っていたから、僕は本来ならするべき名乗りを無意識の内にしなかったけど、どうしてフェリシアーナ様が僕なんかの名前を知っていたのかが気になった。

 そう思いこの質問をした僕に対して、フェリシアーナ様は少し微笑んで答える。


「ルクスくんは覚えていないかもしれないけど、昔のパーティーで私とルクスくんは一度だけ会ったことがあるの……その時に名乗ってくれたから、名前を覚えているの、伯爵家のルクス・ロッドエルくんよね?」

「パーティーでのことはもちろん覚えています!フェリシアーナ様の仰る通り、僕は伯爵家のルクス・ロッドエルです!ですが、フェリシアーナ様があんな小さな時に出会った僕のことを覚えてくださっていたことには驚きました!」

「……えぇ、ずっと記憶に残っているわ」


 フェリシアーナ様は、大事なものを懐かしむような表情でそう言った。

 ……すごい人だということはわかっていたけど、実際に話してみてそのすごさが実感できた。

 学力、剣術、その他の難しいことは当然のこと、人格面も優れている────この人が、第三王女フェリシアーナ様。

 僕が今日で何度目かわからないほどにフェリシアーナ様に胸を打たれていると、フェリシアーナ様が言った。


「……それより、ルクスくんはここに居てもいいのかしら?」

「え?あぁ……入学祝いパーティー、ですよね、実は少し参加するか迷ってるんです」

「どうして?」


 フェリシアーナ様に僕の話を聞かせるのも少し申し訳なかったけど、フェリシアーナ様がどうしてと聞いてくださっているのにその優しさを無碍にはしたくなかったため、僕はその理由を話す。


「今後のことを考えれば入学祝いパーティーには参加した方が良いと思います、でも……僕の家の屋敷に居る従者のことが、少し心配で」

「……それで、その従者のことを心配だから早く帰ったほうが良いかどうかでこの講堂前で一人になるまで悩んでいたの?」

「はい……その従者っていうのはメイドの女の子なんですけど、本当に優しくて良い子なんです!頭も良いし、自分も大変なのに僕のことをちゃんと支えてくれたり、雰囲気は全然違いますけど、フェリシアーナ様に似てるところも────すみません!フェリシアーナ様が僕の従者になるなんて、それこそ絶対にあり得ないことなんですけど、とにかく本当に……今の僕の支えになってくれてる存在なので、僕が居ない今どんな気持ちになってるのか少し心配で」

「……」


 僕が長々と自分の事情を話すと、フェリシアーナ様は少しの間何も言わなかった……一人で話しすぎてしまったから、もしかしたらフェリシアーナ様の気を落としてしまったのかもしれない。


「すみません、長々と語りすぎてしまって」


 そのことを謝った僕に対して、フェリシアーナ様は僕の予想とは反対に優しい表情で言った。


「いえ、従者のことを大事にする優しさに思わず感銘を受けていたのよ……でも、その従者のことを思うなら、ルクスくんは自分のことを大切にして考えた方が良いと思うわ……きっと、その従者の子もそう考えていると思うから」

「っ……!そう、ですよね……ありがとうございます!ちゃんと自分のことも考えて、するべきことをしてからシアナ────じゃなくて、えっと、従者のところに胸を張って帰りたいと思います!」

「えぇ、そうしなさい」


 そう言うと、フェリシアーナ様は優しく僕に微笑みかけてくれた。


「では、失礼します!こんな僕とたくさん話してくださって、ありがとうございました!」

「私の方こそ礼を言うわ、またお話しましょう」


 僕は一度フェリシアーナ様に頭を下げると、入学祝いパーティーが開かれるという貴族学校校舎一階のダンス会場に向かった。

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