第2話燃え上がる背信者(2)

「えー指南書によると‥‥‥初配信では主にボックスで使う各種タグ、ファンの名称、ファンマークを決めます‥‥‥?この世界の大勢が利用している掲示板、ボックスでファンが配信の感想を書き込んだりファンアートを公開する際に使う目印、または合言葉がタグ。こちらの記号、ハッシュタグを文頭に付けると続く単語の色が変わり、そこに触れると同じタグの投稿のみ収集されたページに切り替わるので、その単語の部分を決めます、と。合言葉を決めるという理解であってるか?昔似たような魔術を使ってる奴がいたな」


 アスティマは解説だけではイメージし辛いため実際に携帯端末でボックスのアプリを開きながら話していたが、アスティマが携帯を見ている動作を認識したアバターの手にはどこからともなく書類の束が現れ、さも報告書を読んでいるかのような状態になった。


『また何か見てるw携帯?』『小物まで出てくんの!?』『特別扱いし過ぎだろ、なんで?』『大分言葉選び頑張ってるな』『言いながら携帯見てるのガチ感あって笑う』


「何々、良い案が浮かばない時は視聴者の方から募るのも良いですよ‥‥‥か。些細でも俺に関わることを顔も知らない奴に決められては堪らん、却下。俺の配信の内容についてボックス等でとやかく言いたい時のタグは‥‥‥‥‥‥ん?単語だけでの検索もあるなら別に不要じゃないか?アスティマが世界最大宗派の禁句ならアスティマで検索すればどうせ全て俺に関わる話だ」


『長く話した末に自己完結するなw』『それくらい事前に決めとけ』


「‥‥‥それとファンの名称もあの安っぽい紋章のようなものもいらないだろ、虎の威を借る狐のような真似をされるのも御免だ。大体ファンという言葉は神殿の連中を思い出して気に食わない。指南書の作製者には悪いがこの辺りは俺には不要だな、知識として頭の片隅に留めておこう」


『人に資料作らせて使わんのw』『ファンという言葉に文句付けた史上初のアイクォーサーだろ』『安っぽい紋章ってファンマ?ファンマ否定とか大切にしてる先輩たちやリスナーに失礼じゃね』『てかアスティマなら大審問長官様だけが知ってること何か話せよ』


「‥‥‥大審問長官だけが知ること?そんなもの服務規定上話せるわけがないだろ馬鹿が。逆に審問官は尋問する側だ、チャット欄にお前らの素性と所在地でも書いとけ」


『ヤバw』『バカがってw』『若干オモロい』『初めて笑えた』『そもそもアイクォーサーやってんのに今も大審問長官なの?』『アイクォーサーなのか大審問長官なのか最高大総監なのかハッキリしろ』『それな』


 一見手厳しい視聴者の意見の中には一理あると思わせるものがあった。先の説明を聞いた他人には今の己が何者かは伝わらないだろうとアスティマは納得し、経歴や立場の部分について補足する。


「そうだな、最高大総監とは騎士団全体を統括する立場の者、部下がいない今はもう名乗れない。大審問長官とは最高大総監に代わりあらゆる真実の究明を責務とする者、こちらは辞めたつもりはない。だから俺は今でも大審問長官であり、現代でその職務を遂行する手段としてアイクォーサーを始めた」


『今の返しが咄嗟に出たなら頭回るか?』『事前に想定できる質問の範囲じゃね』『出だしカンペ見てたのにここはスラスラ話せるの何?』


「大審問長官は任務遂行のために必要とあらば殺人以外の全てが許容される。つまり俺が任務に必要と判断したなら何を話そうと誰にも咎められることはない」


『それ組織内の話?』『一騎士にそんな強権あるわけなくね?』『世界の法の崩壊だろ』


「‥‥‥‥‥‥そろそろ頃合いか」


 アスティマは10万人を超えてまだ伸びる視聴者数を見てそう判断した。話すことが得意とは言えない己の能力でこのままのらりくらりと続けたところで視聴者がこれ以上増えるとも思えなかったからだ。


『何か話すの?』『ん?』『頃合い?』『何だ?』『言うほど頃合いか?全然規定の時間余ってね?』


 含みのある言い方に多少の期待感に包まれるチャット欄、しかしそれは本当の地獄の始まりを意味していた。


「現在の俺の調査対象はエレノア聖教会公認アイクォーサー・聖女エレノア。今この世界のトップだそうだな、チャンネル登録者は7億人だって?俺が元いた時代の人口より多いとは恐れ入る。現実もインターネットもコイツの話で持ちきりだ」


 アスティマは遂にその名を口に出した。新人が同事務所の先輩の名前を不用意に出すだけでも「擦り寄り」等と一部の心無い人々に批判され、異性ならほぼ確実に荒れる。そんな殺伐とした世界で別組織の異性のアイクォーサーの名をはっきりと、それも配信者の枠組みに収まらない影響力を持つ相手への言及。案の定チャット欄の雰囲気が変わった。明らかに悪意が膨れ上がる。


『調査対象ってなに?ストーカー宣言?』『合コン目当てなら他の女性アイクォーサーも狙われるやんこわ』『キモ』『名前出すなよ痴漢』『コイツって言うな』『○ねカス』『やはり露骨な炎上商法』『アスティマのつもりならまぁ触れるだろうな、教授の話が事実で通すなら』『だからこんなヤツデビューさせんなよと』


「フッ、信心深いようで大変結構。だがそのエレノアは偽者だ。一般的なアイクォーサーと違いやってることは天気予報だったか?ただし絶対に的中する。災害まで言い当てたというのは大したものだが‥‥‥どうにも不可解なことだらけだろう」


『これ炎上商法どころじゃなくね?』『普通に犯罪ではない?』『もしかしてアイクォーサーなのにアイクォーサーの中身の話してるのコレ?』『コイツ顔キモそう』『先日のウィルソン教授に続く事件だろもう』『最近事件多いなアレクサンドリア』『ていうかその目が光るやつ手動?』『手動なら笑う』


「同じくお前たちにとって素性の知れないこの俺が、素性は知れずとも神秘の力を示す幻想の聖女にとやかく言ったところで今は負け犬の遠吠えに等しい。今日のところは所信表明以外やれることはないが」


『ちょっとだけ謙虚なの何?』『身の程弁えてるのか弁えてないのか分からん』『結局何が言いたいんだコイツは』


「ただ純粋に、素性の分からない者が大いなる力を持つことにお前たちは何の恐れもないのかという点は疑問だ。仮にあのエレノアに目の前の橋を渡りなさいと言われたら、今の世の中の多くの人間が崩れる橋でも疑うことなく渡るだろう。いずれは大審問長官として何者か把握せねばならない」


『言い掛かり過ぎ』『短いスカートで電車乗るなってキレながら痴漢してきそう』『背信者かよ』『ホントにアイクォーサーの初配信かコレ?宗教対立の表面化とかじゃない?』『ウィルソン教授もコイツもアルテナ教の刺客ってこと?』『何で大勢の人の命を何度も救ってるお方に喧嘩売るような真似してんのコイツは?』『アイディアに抗議するわ』『災害で○ね』


 ここに来て視聴者数は不気味なほど爆発的に跳ね上がり13万人を超えてまだ増え続け、チャット欄は遂に困惑と罵詈雑言で埋め尽くされ穏やかなものはほぼほぼ目に付かなくなった。


「ついでにエレノアに比べれば小物だが登録1千200万の勇者イーサン、コイツも偽者だ。こちらは言うまでもないか?」


『全方位攻撃するやん』『大物狙いダル絡み悪質過ぎる』『そういや実物がヤベー奴だったのは教授も例の人も否定してなかったな』『まぁ800年前の人はコンプラ意識とかないだろうが』『いや王侯貴族に舐めた態度取ったらアウトの時代だろ』


「仮にもし本人たちならとっくに俺に会いに来てる、大切なものを預かっているしな」


 その自信過剰とも取れる一言にチャット欄では視聴者の嘲笑が渦巻く。しかしアスティマにとってそんなことはどうでも良かった。これは眼前の文字の群れへの挑発ではなく、この配信を見ているかも分からない仮想世界のエレノアとイーサン、それを補佐する連中に対して行っている宣戦布告だからだ。


「俺は知己の名を騙る身の程知らずどもの化けの皮を剥ぐため連中と同じアイクォーサーになった。人々の命を救う、楽しませる、世の為になる活動は後ろ暗い思惑がない限り好きに続けたら良い。だが騙りは許さん」


『ウソだろコイツ』『BANされないの?』『聖教会と全面対決する気?』『ここまで来るとある意味立派か?』『命かけてる』『これ即日解雇した方が良くね』


 今や視聴者数は17万人、大手事務所からのデビューとはいえこの人数は平均を大幅に上回る。受け手の快、不快を顧みず過激な発言で注目を集める炎上商法としてはこの時点で成功の部類と言えるのかもしれないが、アスティマの発言の数々はあまりにも危険だった。それを承知の上で彼は止まらない。


「アイツらの話をした途端いきり立ち過ぎだ、現代人ども。決して歴史の舞台に上がれない観客は指を咥えて見ているといい、お前らが盲信するエレノア聖教会の嘘が白日の下に晒されていく様を。そうだ、ファンネームは不要だが名乗りたいなら黒子で良いんじゃないか。今日の配信はこれまで、さらばだ」


『えっ!?』『終わり!?』『はぁ?』『こんな短くて良いんだっけ?』『マジで終わったw』『話す才能ないだろもはやw』


 突き放すような挨拶に困惑する視聴者たちを残してアスティマは配信終了をクリックする。時間を引き延ばせばその間に過激な発言が各種SNSで拡散され更に視聴者が増える可能性を多分に秘めていたにも関わらず、アイクォーサー・アスティマの初配信は平均より遥かに短い時間で終わった。配信を終えたアスティマが携帯に合図が来るのを待っていると、それはすぐに送られて来た。


 エイトからのメッセージを見て「ふぅ」と息を吐き椅子にもたれかかっていると、しばらくしてノックの音が聞こえて来る。向こうから扉を開けることはないと知るアスティマはリモコンを操作し部屋を明るくした後、席を立ちドアを開ける。そこには不安げな顔をした少女が立っていた。

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