聖女が大人気配信者なら黒騎士は大人気ない背信者で良い

@aro0212

第1話燃え上がる背信者(1)

 アルテナ旧歴2022年ウロボロスの月3日──


「さて、どうしたものか」


 薄暗い部屋でそう呟くのは、配信機材に囲まれたテーブルの前で椅子に腰掛ける男性。彼は数分後に初配信を控えるアイクォーサーの卵だ。アイクォーサーとは主に動画共有プラットフォーム・アレクサンドリアにて活動する配信者の形態の一つで、配信画面に己の分身となるデジタルキャラクター、いわゆるアバターを表示しそれに成りきって配信活動を行う人々の総称とされている。


 しかしその男性の風体は配信者やアイクォーサーと呼ぶにはあまりに異様だった。まるで格闘家かスポーツ選手のような背の高さ、体格の良さ。それは別に珍しいだけで取り立てておかしいわけではない。問題は着ている衣類、正確にはその上を包む異形の影。そう、彼は黒い甲冑を着ていた。それも顔まで覆い隠すプレートアーマー。その風変わりな人物に背後から声を掛ける人影があった。


「アスティマさん、緊張してます?」


「魔王城侵入以来の緊張感だな」


「大丈夫ですか、それは」


「血湧き肉躍るというやつだ、あの時だって上手くやれた。心配するな、エイト」


 黒い甲冑の男性に質問したのは傍らに立つ金髪碧眼の青年で、むしろ暗い部屋の中モニターの光に照らされ浮かび上がる青年の顔こそ強張っている。


「武者震いってことですね、流石です‥‥‥僕は自分の時より緊張してるし怖いですよ。アイクォーサーの先輩として色々と教えたのは僕だから伝え忘れたことはないかとか‥‥‥鎧姿のアバターを使うアイクォーサーが実際に甲冑を着て配信するのも前代未聞だし、何度もテストしたのに本番に限ってトラッキング事故らないかとか嫌な想像が延々と‥‥‥‥‥‥」


「トラ‥‥‥?なに、問題が起きても全ては俺の責任だ、お前はどんと構えてろ」


 このアスティマという男性、スタイルが良く甲冑を着た配信者ならそれだけで十分過ぎるほど話題性があると説明されてなお、その強みを活かせないアイクォーサーとしてデビューする判断を下していた。実は全身を覆う甲冑には3Dモデルを用いた配信を可能とするモーションキャプチャスーツの機能が搭載されている、というわけでもない。


「‥‥‥しかし昔から四六時中鎧を着ていて奇人扱いされたものだが現代では輪を掛けて変人か、それはそうか」


「いや変ではなく非常に興味深いだけです!それと純粋に強靭なお体だなと!」


 何やら焦った様子でフォローを試みたエイトを気にも止めずアスティマはマイペースに話し続ける。


「うむ、本当に面白いなこのアバターというやつは、絵だというのに俺の動きに合わせて影のように動く。腕は立体感のある動きが無理とはいえ指の状態まで多少認識する」


「ええ、平面の立ち絵なので動きが反映されるのは頭と上半身と腕だけですが、結構凄い技術ですよ。更に甲冑の奥のアスティマさんの目の開き具合を認識してアバターの目元が数パターンに光る機能、装飾の毛の細かな動きや甲冑の各パーツの独立の再現。父さんたち張り切りましたね、本当に。何ならまだ張り切ってる途中ですし‥‥‥」


「まだ何か‥‥‥?この配信機材とアバターもそうだが、鎧などとっくに廃れた時代に精巧なレプリカの甲冑とオーダーメイドの椅子まで二週間と待たず用意してもらった。お前の父が如何に資産家と言えど相当な金と労力を使わせてしまったと言うのに」


 アスティマの言う精巧なレプリカの甲冑とは今彼が着ている甲冑のことで、歴とした金属製だが元々着ていたものではない。彼が「かつて実戦に用いた本物」はこの部屋の隅で大きな杖と共に鎧立てに飾られている。事情によりあのオリジナルは配信に使えないため急遽エイトの父がレプリカを用意した。オーダーメイドの椅子は甲冑を着たまま快適に座れるように造られた椅子を指している。


「お気になさらず、父は好きでやってますし、あなたはそれを享受するべき人ですから」


「そんな大した人間じゃない、今は特に。まずは稼いで借金返済だ」


「贈与だから借金ではないです」


「俺は何人の施しも受けない、この体がまともに動く内はな」


「やっぱり根っからの騎士様ですね」


 そう言って少し微笑んだエイトだが、次の瞬間には神妙な面持ちに戻ると「そろそろ時間です」と短く告げてテーブルに片手を付き、アスティマに代わってマウスを操作しながら説明を始めた。アスティマは説明に耳を傾けながらもその手の動きと画面の変化の連動を凝視する。


「事前にあらかた終わらせてたので配信準備はこれで完了です。では耳にタコかもしれませんがもう一度。画面上の矢印でここを押すと少し時間をおいて生配信が始まります」


「押してもこの部分の表示に変化がなく異常を感じたら携帯でお前たちに合図を送る、と」


 アスティマは指を指し入念に確認する。


「そうです、配信が始まってないなら僕らがこの部屋で対応できます。それと左右のモニターは今回は使いません、正面だけです。終わる時はここを押して下さい。配信がきちんと終了していれば例の報告書みたいな画面が表示されます」


「開始失敗よりも終了失敗を警戒する、だったな」


「その通りです、何度でも言いますがここは慎重に確認して下さい。いつもと同じ操作をしても機械側の都合で通常の処理がされないこともありますし、慣れてる人でもたまにミスするので。少なくとも当面の間は僕か姉さんが配信終了を確認してこちらの携帯に合図を送ります、それを目視してから行動して下さい」


「何かと面倒をかけるな」


「いえ、それと姉さんがアドバイスを書いたタブレットは左手側に置いておきます。配信中見てるのがバレても別に問題ないので必要ならいつでも確認して下さい」


「了解した。お前たちにも今日まで世話を掛けた。悪いがこれからもしばらくの間は頼む」


 テーブルから少し離れたエイトは、中腰になりアスティマの耳元で囁くように話し掛ける。


「お気になさらず、僕も楽しんでますよ。あなたの境遇を思えば良くないことですが」


「俺の身に起きたことはお前が気にすることじゃない」


「‥‥‥僕が何か責任取れる訳じゃないからこんなこと言うのも変ですけど、思うままに気ままに振る舞って下さい。あなたには配信者として最強の武器があります」


 そう伝えるとエイトは再びアスティマの背後へと引っ込んだ。


「お前、人をその気にさせるのが上手いな。女が放っておかないだろ」


「‥‥‥ヘっ?いや別に。彼女‥‥‥恋人とかいないですし」


「俺の勘はまだ錆びついちゃなさそうだ」


 椅子を軽く回してエイトを見ると、今一つピンと来ない様子で自分の携帯を取り出し時間を確認していた。配信開始時刻が迫っているからだろう。


「それではアスティマさん、ご武運を」


 アスティマの「おう」という短い返事を訊き、エイトはほんの少し後ろ髪を引かれる様子で部屋を後にする。大手事務所からデビューする新人アイクォーサーの初配信に、同性とはいえ他人が同席していると様々な憶測を招く恐れがあるためだ。アスティマの動きを読み取りアバターに反映するウェブカメラは部屋を映さないが、例えこの広い部屋の隅に息を潜めても視聴者にはマイク越しに他の誰かの気配が伝わってしまうと、アスティマはエイトからそう聞かされた。


「いざ戦う時は一人か、それも悪くない」


 アスティマがこれから初配信を行う場所は世界最大の動画共有プラットフォーム・アレクサンドリア。アスティマにとって馴染み深い名の付いたそのアレクサンドリアでは、現在約1万5千人のアイクォーサーが活動しているという。ケースバイケースとはいえ個人で活動するアイクォーサーならコンスタントに100人強の視聴者を集める力があれば専業で暮らしていけるとも言われるが、アスティマはアイディアという事務所所属であり収入の取り分は減るので、生活と借金返済のためにもっと多くの視聴者を稼ぎたい。当然ながら有名な事務所に在籍する恩恵も大きく、デビューした時点で相当な話題性と個人ではなかなか届かない五桁のチャンネル登録者が保証されるような状態だ。特にアスティマは先日起きたある事件を彷彿とさせるキャラクター性を引っ提げてデビューし良くも悪くも注目を集めたのか、配信開始前にも関わらず現在の視聴者数は既に5万人に達していた。無論、この内の何人が彼を支持するチャンネル登録者となるか、明日からの配信を継続的に視聴するかはアスティマの実力次第となる。


 アスティマは配信開始をクリックしエイトのアドバイス通りに少し待つ。画面端で配信開始を告げる「ライブ」の文字が赤く光っていた、問題はなさそうだ。


「こちらアスティマ、聞こえるか」


 それがアスティマのアイクォーサーとしての第一声だった。視聴者が書き込むチャット欄では既に困惑の声が目立っている。


『ぬるっと始まった』『声は良いけどなんか、え?』『声くぐもってない?エコー?』『甲冑再現!?』『見た目も大分本格的ではある』『アイディア何でこんなふざけた奴デビューさせたん?不謹慎だろ』『いつまで続くんだ歴史上の偉人アイクォーサーにする流れ』『コイツに関してはタイミング露骨過ぎる』


「チャット欄を見る限り聞こえているな。視聴者は‥‥‥7万人か。ガワ‥‥‥立ち絵も正常に動いている」


『えっ腕動いてない?』『何で一人だけモデル良いの?』『自分で金出すからモデル作り直したいって言った先輩がダメって言われた話なかった?』『いや今ガワって』『普通に同接に触れるのか』


「同接?‥‥‥ああ同時接続数、視聴者数の別の言い方か」


 アスティマは当たり障りのないことを呟いたつもりだが、この時点で既にアイクォーサーとして二つミスを犯していた。それはまだ不可抗力と言える些細なミスのため、洪水のように流れるチャット欄の中に否定的な意見が目立つ程ではないものの、元から不謹慎な存在だと思われているせいかチャットはポツポツと荒れ始めていた。


『どうせ炎上狙いならエロい女出せ』『コイツ風呂から配信してんの?』『明日には声透き通ってそう』『コレ最初の3Dモデルは甲冑確定?ライブとかフェス甲冑でやんの?』『どうせすぐ中身でイケメン出すんじゃね』『便乗商法』『調子乗り過ぎ』


 早くもインターネットの洗礼に晒されるアスティマだが何一つ動揺はしない。視聴者が何を書いているのかあまり理解出来ていないこともあり、初めて見る虫を眺めている気分でしかなかった。


「それにしても口汚い連中が目立つな。文だとよく分からないが女もいるのか、これは?弱い男と女ほど陰口が好きだものな」


 そして流れるように三つ目のミスを重ねる。この時代に人気が命の商売を始めようとする人間とは到底思えないその発言にチャットは更に荒れていく。


『今のアリなん?』『何コイツ』『教育行き届いてねーなアイディア』


 自業自得とは言え通例通りの初配信よりも相当に当たりの強い視聴者たちを前に、アスティマは怯まず淡々と話を進める。


「さて初配信でやることリストには‥‥‥自己紹介。それはそうだな」


『カンペ見てない?w』『やっていけんのそれで』『まだ見るような段階じゃないw』『てか金属擦れる音鳴ってね?』『マジだw』『嘘でしょ?これPCで出してる音?』


 テーブルに置かれたタブレットを確認する様子はアバターにほぼ反映されないが、包み隠すつもりのない口振りから何か見ていることは視聴者には丸わかりだった。


「俺は聖堂騎士団所属大審問長官アスティマ・ヒール。考えたらこれを見てる人間の素性は分からないのにこちらの素性だけ明かすのもおかしなものだ。しかし他に何を話すんだ?」


『そういう仕事だよw』『話すことないなら配信やめていいよ』『歴史の知識一般人と同レベルかよ』『甲冑の音あるのにそこの作り込み甘いの何』『学歴と経歴とか』


「ああ、経歴な‥‥‥アルテナ歴1212年エレボスの月24日、ルーファウス戦術指南学院名誉卒業、同年同月30日聖堂騎士団正式加入、同日決闘権の行使により大審問長官に就任、翌年クロスの月5日アルテナ正教会大司教アビゲイル、聖堂騎士団最高大総監シルヴェリオより司教エレノアの騎士に任命、これを受諾。アルテナ歴1220年レヴィアタンの月12日ヘルグラード攻略戦に遅参、大総監代理オースティンより聖剣イノセントローズを託され最高大総監を拝命、のち魔王城脱出用通路より内部に侵入し勇者イーサン、アンジェリカ、エレノアと合流、魔王と交戦し聖伐達成。以上だ」


『ここだけ何回も練習してそう』『画面のどっかに書いとけよ聞き取れんってw』『ウィルソン教授が話した内容まんま盛り込むのエグ』『名誉卒業とか血統権?がどうとかは初耳』『申し訳程度のオリジナリティきた』『教授が似た話はしてたけどな』『勝手に騎士団のトップになった設定追加笑う』『終戦日に持ってた聖剣手放してるのおかしいだろw今ユースティア博物館にあるやん』


 並みの新人ならば既に心が折れかねない悪意の濃いチャット欄をアスティマは冷めた目で眺め語り続ける。


「他に質問はあるか、答えるかは気分次第だが」


『どういうつもりでデビューしたん?』『デビューした動機』『特技とか好きなゲーム話せば良いんじゃない?』『趣味とか好きな本とか』


 現段階でもアイディア所属アイクォーサー最大の問題児と疑わしき新人は話題性抜群なのか、視聴者数は9万人弱に達していた。しかし表示されてから流れるまでが早過ぎるチャット欄をしっかり目で追えば、この態度で配信していても悪意のないチャットの方が圧倒的に多いことにアスティマはようやく気付いた。


「まともな奴もいるじゃないか、いやまともな奴の方が多いな。どうも罵詈雑言ばかり目に付くのは職業柄か」


『職業柄?始めて数分じゃね?』『騎士の方の話じゃね』『騎士ってそんな悪口気にしてんの?』『テニスの審判かよ』


「さて動機は敢えて後回しにしてまず特技は戦うこと、尋問、拷問、影絵。好きなゲームはポーカー、チェス、囲碁。ポーカー以外は大して強くはない。好きな本は様々な国の言語辞典だ。趣味は仕事との境目が分からないが少なくとも尋問と拷問ではない。強いて言うなら心身の鍛錬」


『大審問長官ってそういう仕事なんだやっぱり』『影絵?』『好きなゲームなんか思ってたんと違うか』『チェスとか強いというと後々首締めるからかしこい』『配信でやるようなゲームは何得意なん?最近はFPS得意な人多いけど』


「‥‥‥FPSとは?このパソコンや謎の小さい機械を操作する類いのゲームのことか?それらは一切やったことがないから答えようがない。どうせ知らないなら配信を始めてからやった方が面白そうだろ。今後は手広くやっていくぞ」


『配信者になってそんなことある?』『まぁ明らかに裏でサポートしてる人はいそうだが』『デジタルゲーム知らんで配信者に!?』『FPSの勘違いは結構ガチなロールプレイだがそのノリ貫くと活動に支障出ないか』『なんかアスティマとしてのキャラ作りは徹底してる気がしてきた』『最近では珍しいが一週間もたなそう』


 アスティマの発言が俄かには信じ難いのか視聴者たちは困惑する。この時代にパソコンを使って配信するような人間がアナログゲームしか触れたことがないというのは、アイクォーサーとしての設定だと考えてもかなり苦しいと思われるのは仕方のないことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る