箱推し

くにすらのに

箱推し

「誰推しなんですか?」


「僕、箱推しなんですよ」


「その気持ちわかります! みんな可愛いですもんね」


 ライブの開演前にはこんな風に声を掛けれることが多い。自分がソロ参戦なのが大きいと思う。友人と一緒に来て盛り上がっているところにあえて話しかけるやつは少ないだろう。


「自分はレナちゃん推しではあるんですけど、それでもみんな応援しちゃいます。逆に箱推しでも順位とかないんですか?」


「うーん。強いて言うならぽいぽいですかね。バラエティに出た時の存在感が強いので」


「そう! ぽいぽいの独特の感性は誰にもマネできない! 唯一無二の才能って感じです。それでもぽいぽい単推しを名乗らず箱推しって断言できるのすごいです」


「はは、そうですかね」


 ステージに設置されたスクリーンには繰り返し同じ映像が流れている。今までに発売された楽曲のCMだったり、冠番組の特別編などファンにとっては嬉しい映像ではある。だが、何度も見ていればさすがに飽きてくるのは仕方のないこと。


 隣の男性は全身にレナちゃんグッズを纏い、いかにも熱烈なファンという印象を受ける。きっとここ以外の会場にも足を運んで、ライブと一緒にこの映像を何十回と見ているのだろう。


「おーい! ここ!」


 知人を発見したのか急に立ち上がりペンライトを大きく振り出した。その視線の先にいる男も同じようにペンライトを振っている。違うのはその色だ。僕に声を掛けたレナちゃん推しは黄色、知人と思われる方は青色になっている。


 特定の誰か一人を推しているならその色だけを振っていればいいが、箱推しとなればそうはいかない。


 ここ、白銀カルチャーホールでライブをするラブキャッツは5人組アイドルグループだ。箱推しの俺は5本のペンライトを振らないといけないことになる。


 箱推しがそういう意味ならば。


 アイドルオタクの間では会場を『箱』とも言う。


 文字通り俺はこの箱、白銀カルチャーを推している。


 小学生の頃は外から見るだけだったこの場所に、中学の合唱コンクールで舞台に立てた時は感激で泣きそうになったくらいだ。


 白銀の名に恥じない、何年経っても綺麗な白い壁。それでいてカルチャーホールという安っぽい名前が市民に寄り添う懐の広さを表現している。


 地元の人間が使うだけでなく、こうしてアイドルがステージに立ち多くのファンを熱狂させる。時には落語家の独演会や、クラシックのコンサートも開かれたりする。


 成人式がこの場所だったのも一生の思い出だ。あの頃はお金もなく、こんな風にライブに参加することができなかった。

 

「おおおおお!?」


 客席の照明が暗転するとスクリーンの映像も切り替わる。会場に集まったラブキャッツのファンがどよめき、その熱量はさらに上がる。


 自分がこの会場を作ったわけじゃないのに、この場所があるからラブキャッツはライブができるんだぞ。となぜか誇らしげになるのは彼氏面というやつかもしれない。


 一人で5本もペンライトを持つなんてできるわけもなく、1本だけ持ってきたそれを白色に光らせてステージに視線を送る。


 ライブに参加する以上、ラブキャッツのことを何も知らないわけじゃない。メンバーの中でぽいぽいが気になるのだって本当だ。


 バラエティ番組で爆弾発言をするので記憶に残りやすい。だけどペンライトを白色に光らせる理由は当然、僕が箱推しだから。


 ラブキャッツにイメージカラーが白のメンバーがいて良かった。心置きなく箱推しできる。


 すごいよ白銀カルチャーホール。ラブキャッツをすごい引き立ててる。今日の天候はあいにくの雨。それを忘れてライブに熱狂できるのは箱があるおかげ。


 僕だけがそれをわかっていればいい。誰がステージに立っても、僕だけは箱推しを続ける。


 大きな声で名前を叫ぶことはできない。だけど周りのファンに負けない熱量と想いを箱に送った。

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