第2話

薄暗い路地にしめやかな歌が流れ出す。

 

 ──わたしはここに

   そこかしこに そこら中に


歌に誘われて、家路を急ぐ人々の群れの中からはぐれ、ふらふらと暗がりの路地にさ迷い混むいく人かの人々がいる。

 

 ──あなたが嘆けばわたしはそこにいる

   絶望があればあなたにはわたしが見える


 目隠しをしたフードマントの少女が歌っている。歌をしるべにやってきた人々の前でフードマントを脱ぎ捨てると、魔物の腕が現れる。

魔物の腕が触れると人々は静かに虚ろに倒れ息を引き取る。

安息の死へただ静かにいざなわれる。


目隠しした少女が人の行き交う大通りに目をやって呟く。

「そしてあの人たちには、わたしが見えない」

 少女は人の群れへ向かって歩き出す。


 ──わたしはここにいる

   そこら中にいる 至るところにいる

   でもあなたたちはわたしを見つけない

   

   わたしはここにいる

   そこかしこにいる

   でもあなたたちには見えない

   絶望のないあなたたちには


   わたしはここにいる

   そこかしこにいる

   でもあなたたちには見えない

   わたしの哀しみが


 人の流れの中に存在しない者として立ち、魔物の腕を流れに浸す。肩に触れ、髪に触れ、頬に触れ、歌う。


 ──わたしはここにいる

   そこかしこにいる

   でもあなたたちには見えない

   絶望のないあなたたちには


   わたしはここにいる

   そこかしこにいる

   でもあなたたちには見えない

   わたしの哀しみが

   

   わたしの居場所をあなたたちに教えよう


人々が彼女を中心にバタバタと倒れていく。触れられていない人までもが感染したように連鎖して倒れ鼓動を止める。

先行きは? 夢は? 生活は? 何か起こったら? あなたがそこにいる意味は?

小さな不安があれば魔物の腕にとってはそれで事足りた。

 

次々と、次々と──。

すべてが終わり、彼女はしばらく死で描いた静寂に耳を澄ませていた。まるで誰かが自分を探しにでも来るように。

 

生まれてはみたものの少女の心ががゆっくりと死んでいった町は、町の滅びによってかすれて読めなくなっていた少女の名前を完全に失ったけれど。

彼女はそれと同時に「ここにいる」と居場所を刻んだのだった。

 

彼女はそこにいた。──が、やがて飽いて、別の場所へ自分の居場所を描くためにそこを後にした。

死滅した町は水に沈んだ。


新聞やテレビで次々と大量死が報じられた。それはどこで起こるかまるで気まぐれでわからなかった。ただ「死」と「水没」によってそれが起こったことを知るばかりだった。

やがて人々のあいだでは世界の終末が囁かれ始めた。



彼女がはじめの町を去って数分後、彼女の脱ぎ捨てたフードマントがムクリとふくらんでひとりの死神が空気の揺らめきとともに出現した。

死神は背後を肩越しに振り返ってから足に生えた根っこを引き抜くが如くの歩みでゆっくり彼女の後を追い始めた。

 

これをそっと壁から覗いていた黒ピエロは、死神が遠くに離れてから、控えめに万国旗の笛を吹いた。



       ***


 一方、留守番をしている白ピエロの方は、ぐっすり眠って冠を傾けている王様の横でワタアメの魔方陣を作っていた。

 

世界を怖いものから救う天使を召喚するのだ。『白ピエロの書』を開いて呪文を唱える。

 オモチャが一斉に楽しげな音楽を奏でた。

 

──召喚されたのは小さな女の子の天使。


手に持っていたパイナップルアイスを食べ終えると、王様の隣で眠ってしまう。

 白ピエロは天使の頬をつつく。天使がうるさげに星のステッキを振ると、王国にシャボン玉が降ってくる。

 


白ピエロは、神のユーモアは及第点に達していないと言いたげに首を大袈裟おおげさに振って天を仰いだ。

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