書き出し祭り/過去作置き場

本庄 照

書き出し祭り

第10回/会場3位/総合10位

1-5 俺はサル山のボスになる。

【あらすじ】

高校の進路希望調査に「サル山のボス」と書いた友人の服部が失踪して十年。彼の居場所を探しに、久しぶりに旧友が集まった。

服部が失踪した理由。僕らが服部を探す理由。服部がいるサル山はどこか。服部はサル山のボスになれたのか。それらは徐々に明らかになり、一つにつながる。


【本文】

 参加者はわずか三人、場所は僕の家。同窓会というより飲み会なのだが、この軽口と笑いが飛び交う光景は高校の昼休みの雰囲気そのままだ。……ここに服部がいれば完璧なのに。

「小林、服部の連絡先持ってる?」

 ほろ酔いの僕はスルメをかじりつつ尋ねた。


「服部? サル山に行けば会えるでしょ」

 相変わらずのドライな口調で小林は最後の缶ビールを開けた。

「じゃあ、小林も服部の連絡先を知らないんだ」

「俺だって知りたいんだけどねぇ」

 小林は寂しげだった。気持ちは分かる。仲の良い友人が失踪しているともなれば。高校の時にあんなに仲が良かった僕ら四人は、この十年間で一度も揃ったことがない。服部のせいだ。


「真田にも聞いてみようか」

 僕の言葉と同時に部屋のドアが開く。コンビニで酒を買い込んできた真田が帰ってきた。

「お、噂をすれば」

「俺の噂?」

 真田の顔がぱっと輝く。顔に出るのは相変わらずだ。


「真田と服部の噂だよ」

「服部かぁ。懐かしいな。今どこにいるんだろ」

「だからサル山でしょ」

「そういやサル山のボスになるって言ってたな。その夢、叶ったのかな」

 もし動物園にニホンザルに混じって本当に服部がいたら、僕は泣く。


「案外、サル山は俺たちの比喩なのかもよ」

「僕らがサル山?」

「ほら、うちの教室って授業中うるさかったでしょ。まさにサル山」

「確かに服部、うるさい奴の筆頭だったな……」

「昼によくバナナ食べてたし」

 本人不在の場で貶されまくる服部に、僕は少し同情する。


「じゃあ服部は、今頃俺たちの中で一番すごい男になってるのかな」

「まあ、服部がそんな高度な比喩を使うとは思えないけどね」

 おい、そのへんにしといてやれ。


 服部のことをボロクソに言う二人だが、決して嫌っているわけではない。服部と最も仲が良いからこそだ。


「真田は服部の連絡先知らない?」

「……いや、知らないけど」

 真田は不思議そうに首を振ってビールの缶を机に並べた。

「服部とも同窓会やりたいと思ってさ」

 僕らは、もはや服部の顔すら忘れかけている。旧友としてそれは寂しい。


「確かに、同窓会やりたいな」

「でも、僕も小林も真田も知らないとなると、完全に消息不明だぞ」

「せめて住んでる県だけでもわかればなぁ」

 住んでる県だけわかったところで、どうしようもない気もするが。


「北海道で就職したって聞いたよ。十年前の話だけど」

 ポテチを開ける小林が、思い出したように言った。

「北海道? 随分遠いな」

「親の実家があるんだって」

 一気に酒を煽った小林は、早くも次の缶を開ける。


「じゃあ、服部は旭山動物園にいるのか?」

「そう思って旭山動物園に行ったんだけど、サル山に服部はいなかったよ」

 行ったんかい。

「北海道の動物園は旭山動物園だけじゃない。他の動物園に内定もらったのかも」

 動物園に内定の意味が違う。


「他の動物園か。のぼりべつクマ牧場は?」

「クマ牧場だぞ、クマしかいないに決まってる」

「…………」

「…………」

 僕らの動物園の知識など所詮こんなものだ。服部の居場所推理はすぐに行きづまった。


「服部のやつ、一体どこのサル山にいるんだろう」

 真田は真剣に考えこむ。サル山から一旦離れろ。


「何でもいいから情報ないかな」

「こないだは電波が悪かったからな、どこにいるかまでは……」

「真田、服部と電話したの?」

 冷静な小林は、真田の何気ない一言を聞き逃さなかった。真田は一瞬間をおいて首を振る。真田は昔から嘘が下手だ。


「……本人の許可なく番号を言うのはマズいだろ」

 目を逸らして真田は呟く。それを自白と僕は捉えた。

「頼む、許可を取ってくれないか?」

 僕は真田に頭を下げる。拳をぐっと握った。大チャンスを逃すわけにはいかない。

「なあ頼むよ」


「……山村、お前はなんでそんなに服部にこだわるんだ?」

 親友とはいえ高校の同級生が行方不明になるのは珍しいことではない。それなのに、何としても電話番号を聞き出そうとする僕の姿が、真田には異様に見えるらしい。


 ……正論だ。

 理由をはっきり言わないと、真田は納得しないだろう。僕は真実を話すことに決めた。

服部あいつ、指名手配されてるんだ」

 一瞬で凍り付いた部屋に、僕の声がよく響いた。



「嘘だろ?」

 真田は絞り出すように言った。

「本当だよ」

「指名手配なんて、いったい何をしたの?」

「密輸だよ。ロシアから拳銃の密輸をしてたんだ」


「みみみみ密輸!?」

 真田が大袈裟に驚く。大袈裟すぎて、逆に怪しいまであるぞ。


 僕も服部の動向の詳細は知らない。せいぜい、服部がロシアから密輸された拳銃を売り捌いていたということだけだ。

 しかし一年ほど前、密輸した拳銃を客に渡す過程で服部はミスをした。輸入した数が合わなかったらしい。しかし客から金は受け取っている。このままでは客に命をもって償わされることを察した服部は、全てを警察に密告し、自分は仲間と共に逃げた。


「こうして服部は指名手配されて、警察に追われているというわけだ」

「拳銃を買った客にも、ね」

 小林はビールをもう一缶開けながらクールに微笑む。

「……犯罪はヤバいな、うん。犯罪はダメだ」

 真田は爪を噛みながら呟く。なんだか様子が変だ。


「しかし、警察と客の両方から追われて、よく一年も逃げられるよね」

 小林は感嘆した。その感嘆は『バカなのに知恵が働いてえらいね』と同義である。

 ――だが、それは僕も一度思った。


「服部には仲間がいるらしい。その協力があるから逃げられるんだろうな」

 僕の言葉に反応して、真田の身体がびくりと動いた。

「……どうした?」

「なななな仲間なんて、知らないぞ俺は」

 そんなこと、僕は一言も言っていない。


「真田、もしかしてお前、服部の仲間なのか?」

 真田は明らかに服部の連絡先を知っている。そして、服部が指名手配されていると知った瞬間から挙動不審が甚だしい。相変わらず嘘のつけない真田は、明らかに服部のことを隠している。


「おおおお俺は違うよ! なななな仲間なんかじゃない!」

 いくらなんでも嘘のつき方が下手すぎる。

「ほほほほ本当だよ!」

 ツッコミ待ちか?


「まあ何か隠してるのは事実だろうけどね」

 冷静に事態を見ていた小林が頬杖をつく。

「でも、それは山村も同じだよね」

「え?」

 不意打ちの攻撃に僕は焦る。


「結局、服部の連絡先を知ってどうするかは答えないままだよね? 強請ゆするの? 逃がすの? なら、俺は山村を通報するよ」

「好きにしろ。僕はただ、服部と話がしたいだけだ」

 僕は精一杯の虚勢を張る。

「ふーん……」

 小林は明らかに納得していない様子だったが、意外にもすんなり引き下がる。


「真田も真田だよ。何を隠してるの?」

「何も知らない! 俺は服部の仲間じゃない!」

 今度は真田が吠えた。

「でも、番号を知ってるんでしょ」

「……うん」

 やはり真田は嘘をつけない。


「頼む、番号を教えてくれ」

「絶対に嫌だ!」

 真田は首を大きく横に振る。

「服部は、拳銃を売買するようなヤバい奴に追われてるんだろ? 下手に喋ったら、俺の命が危ないじゃないか!」


「その点なら大丈夫だよ」

 横から小林の声が割り込んだ。

「だって、山村って警察官だもん」

 ちょっと待て、僕は職業を小林に言っていないぞ。

 

 僕の困惑が伝わったかのように、部屋が静まりかえった。少なくとも僕はそう思った。

「……なんで知ってるんだ?」


「拳銃密輸事件について詳しすぎるからだよ。警察のサイトには、せいぜい指名手配犯の特徴くらいしか載ってないさ。警察官じゃなければ、こんなに正確に事件の内容を知っているわけがないだろ。通報すると脅しても平気な顔だったしね」

 小林に詰められ、僕は自分のミスをようやく悟った。まあ別に隠すような職業でもない。諦めた僕はポケットから警察手帳を出して二人に見せた。


「真田、服部の話を山村にしてあげなよ。これ以上信頼できる相手、他にいないよ」

 小林に警察官だと看破された時は焦ったが、どうやら彼は味方のようだ。


「……先週、服部から、電話があったんだ」

 真田は途切れ途切れに話し出した。

「借金取りから逃げてるんで一泊させてくれ、って。俺は喜んで泊めたよ。久しぶりだったし、なにより友達だから」

 借金取りから逃げてるという時点で怪しめ。と僕は言いたかったが黙っていた。


「服部が俺の家を出るとき、『俺のことは誰にも言うな』って言ったんだ。俺は黙ってると約束した。指名手配なんて、全然知らなかったんだ!」

 だから指名手配のことを知った瞬間に態度が急変したのか。そう考えると真田の怪しい振る舞いに全て説明がつく。


「本当だ、信じてくれよ!」

「ああ、信じるよ」

 僕は深く頷いた。真田が服部の仲間でなくて良かった。飲みの席で旧友に手錠を掛けるなんてごめんだ。


 その時、冷たいものが僕のこめかみに当たった。それが何か、直接は見えないがはっきりと分かった。拳銃だ。

「カマをかけて正解だったよ」






 拳銃を握っていたのは小林だった。僕は呆然としたまま両手を上げる。



「銃ってすごいね。持ってるだけで、警察官でも俺の言いなりだ。サル山のボスって、きっとこういう気分なんだろうね」

「小林、どこで拳銃なんか……」

 銃口の冷たさに震える僕は、恐る恐る小林に尋ねる。


「俺はね、服部から拳銃を買った客なんだ」

 微笑んだ小林は、左手でゆっくりと真田のスマートフォンを指さす。

「ねえ真田、服部の連絡先、教えてよ」

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