生きテイル

小狸

第1話

 *


 今日はスーパーに行った。


 忘れっぽいので、あらかじめメモに書いた。


 人の少ない時間に行ったつもりで、実際いつもより人は少なかった。


 しかしこころの状態の方が良くなかったのだろう。


 スーパーに向かう足取りが、てつもなく重かった。


 人と人が、すれ違う。


 緊張する。


 いつの間にか、背筋が強張っていた。


 無人のセルフレジの会計音が、妙に頭に反響した。


 ――気持ち、悪い。


 そそくさと会計を済ませて、リュックとエコバッグに買った物を詰めた。


 今日は食料品が多い。


 一度肉をそのまま入れたために、バッグを一つ駄目にしてしまったので、ビニール袋に包んで入れた。


 その程度のことも当たり前に出来ない自分が、心底厭になる。



 隣で、話している主婦がいた。

 

 何の話をしているのかは分からない。


 ただ何となく、私のことを言われているような気がして、厭だった。


 足早に――それでいて、世間一般的な「普通」の速度から逸脱しないような歩幅と速度に注意しながら、私はスーパーから出た。


 今日は、どうも、調子が悪いらしい。


 早く帰ろう。

 

 信号機の青い点滅が、妙に強調して、頭にガンガン鳴っているように感じる。


 赤くなって、変化がなくなって、少しだけ落ち着いた。


 その思考の余白に、すぐさま乗り込んで来るのは、希死念慮である。


 ここから一歩先に出れば、死ねる。


 死んでしまおうか?


 当たり前のように、私の回路の中には組み込まれている。


 どうにかこうにか、小さく足踏みをすることで、念慮を抑圧した。


 行きかう車の音に掻き消されるように、小さく――


「死にたい」


 と、言葉がこぼれ出た。


 慌てて私は、口を押えた。


 幸いなことに、他に歩行者はいなかったので、気味悪がられることはなかった。


 そのまま家に帰ると、背中には大量の汗をかいていた。


 食料品を冷蔵庫に入れたら、シャワーを浴びようと、私は思った。




《Living Tale》 Began in March.

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