君に渡したい箱

月村 あかり

君に渡したい箱

蒼には渡さねばならないものがあった。

いつもなら和やかな食卓のはずなのに、緊張で食べ物が上手く喉を通らない。

恋人である凛津と付き合い始めて4年が過ぎようとしていた。


「あんまり食欲無い?」


凛津が心配そうに蒼の顔を覗き込む。

蒼は全力で首を横に振って、凛津の作ってくれた美味しいご飯を頬張った。

4年記念日を彩るために凛津が作ってくれたご飯が美味しくないわけが無い。


「美味い!美味すぎて感動しちゃって…」


我ながら苦しいと思いながらも、頭は後のことでいっぱいで上手い言葉が思いつかない。

ポケットに忍ばせてあるものが蒼の心臓を暴れさせていた。

同棲を始めて、2年目。


「何それ、変なの」


蒼の気持ちは大きくなるばかりで、だからこそ覚悟は固まっていた。

だがしかし、凛津はどうだろう。

蒼は社会人として働いて3年目になるが、凛津はまだ大学三年生だ。


「い、いやぁ…凛津は本当に家事が得意だよなぁ…」


まだ早い、まだその気はないと言われたら蒼はショックで倒れそうだ。

でも、その可能性は十分にある。

蒼の気持ちだけ突っ走っている可能性は限りなく大きい。


「そう?普通だと思うけど」


何となく匂わせるそれっぽい話題もあまり広がることなくかわされてしまう。

それが別に意図のないことなのか、凛津はその話がしたくないのか。

同級生たちの結婚ラッシュはもう少しあとだろう、やはりタイミング的には少し早いのかもしれない。


「凛津、あのさ」


声が震えそうになる。

ポケットの中の小さな箱を握りしめる。

勇気を出せ、いつも情けないところばかり見せているのだから。


「うん?どうしたの?」


改まった僕の態度に、凛津が首を傾げる。

僕は目を真っ直ぐに見て、小さな箱の蓋を開けながら凛津に差し出した。

言うことは決まっている、さっさと口を動かせ。


「これからもずっと隣にいるなら、凛津しかありえないってそう思うんだ。だから、俺と…結婚してください!」


小さな箱の中で、石のついた指輪がきらりと輝く。

凛津は口元に手を当てて、声を出すこともできないでいるみたいだ。

受け入れてもらえるだろうか、焦りすぎではないだろうか。


「いつか…いつかこうなれたらってずっと思ってた…。私もずっと蒼とずっと一緒にいたい…よろしくお願いします」


凛津が頭を下げる。

心臓が信じられないくらい大きく跳ね上がった。

これは…これは…。


「っっっっっっっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁ!」



大きな雄叫びをあげた俺に凛津が静かにするように促す。

凛津が、俺の奥さん…。

最高の未来しか思い浮かばない。


「ちょ、ちょっとうるさい!」


「だって!早過ぎないかなとか色々心配しててっ、凛津、結婚っぽい話題とかサラッと流すし…」


思わずこぼれた本音に凛津が驚いた顔をした。

だいぶ情けないことを言ったような気がするが、凛津は優しい笑みを浮かべている。

やばい、俺の嫁可愛い…(気が早い)。


「そ、それは…。蒼の重荷になったら嫌だし…蒼のタイミングで蒼が私をお嫁さんにしたいってそう思ったタイミングで言って欲しかったから…」


言ってなかっただけでずっとそう思ってましたけどね!?

でも、それをあえて言葉に出さずに凛津を抱きしめた。

今までの中で一番の力強さで抱きしめた。

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君に渡したい箱 月村 あかり @akari--tsukimira

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