幽霊なんて恐くない

エモリモエ

***

「もしかしてお客さん、見えてます?」

「あ、分かりますか」

「そりゃあ四件目ですからねえ。幽霊がいると噂の場所をじっと見ていたすぐ後に別の物件を要請されたら。見えてるんだろうなあ、と思いますよ」

「ハア、なるほど」


「どれも事故物件とかじゃないんですよ」

「そうなんですか」

「ただ東京の下町地区はどこもこんなカンジで」

「どこにでもいるってわけですか」

「ま、そうです」

「それは困りました」


「でしたら近くにクリーンな物件もあるので見てみますか?」

そういうことになった。


最寄りの駅から徒歩八分。

六階建ての築五年。

商店街を脇にそれた閑静な住宅地。

建物の前にはマグノリアが咲いている。


清潔に掃除されたエントランスに入った途端。


「ざっけんな、てめえ!」


見れば、開いたエレベーターに向かってモップを持った中年女性がひとり。

仁王立ちで怒鳴っている。


「出てけよ、あたしのマンションだぞ。なんの権利があってそんなところに突っ立ってやがる」


エレベーターの中には景気が悪い顔をした幽霊が一体。


「なーにが恨めしいだ、あたしに関係ねーだろ」


女性を威嚇する幽霊。


「騙されて借金して自殺した? ばっかじゃねえの。騙した相手のトコ行けよ。そういう道理も分かんねーよーだから騙されんだよ」


のたうち回る幽霊。


「あーあー、這いつくばってんじゃねーよ。血とか吐くな、汚ねーなー。今から内見が来ンだよ。契約取れなかったらてめーのせいだぞ。代わりに家賃払えンのか? だったら払え。いますぐ払え」


怯えて萎縮する幽霊。


女性の背後には見たこともないような真っ黒い影が……。



「あの方、大家さんですか?」

「ええ。このマンションに幽霊は居つきません」

「でしょうね」

「で、どうします?」

「……四件目に見たところにします」


あそこなら首を吊った老人が揺れていただけで害はない。


でも、大家の黒い影。

あれは悪魔だ。

幽霊じゃ勝てっこない。


ってか、あのおばさん、普通に怖いし。

私もムリ。



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