エモーショナル・ボックス

無頼 チャイ

箱庭の光景

 ポロリ、と彼女の服が落ちた。

 目を追うと、雪のような肌に、紅葉のような赤みが帯びている。

 息を飲むって、何だろう。

 服が直され、彼女と目があった。

 夏の灼熱を思わせる濃い感情。けど、桜のようなカレンで儚い顔には、不釣り合い。


「肩みてぼーっとするの、やめて、ね」


 肩紐を直したことに寂しさがある。でも、ワンピースで現れた彼女に喜ぶ自分もいた。

 僕は彼女に惹かれてる。けど、それが恋じゃないと知ってる。

 朧月を見上げ、セミの声に人生を感じ、焼き芋の香りに腹を空かし、ストーブの熱にあたる。

 そんな一巡を、カノジョは美しく彩る。


「それとも、変、かな」


 純白の服に影が差す。

 ミモザ模様が差す。

 羽状複葉うじょうふくようのそれが、彼女の白を撫でる。不安そうなまなざし、僕は、遅れて気が付いた。


「変じゃないよ。似合ってる」


「そっ、か。えへへ」


 ひかえめに咲いた微笑み。やわらかそうな指を背中に回し、肩にかかる髪の房が滑り落ちる。


「機嫌良いね。なにか良いことあった」


「…あった」


 ミモザ越しの光をシャランと浴びて戯れる彼女。

 瞳の紗幕が濡れているのは、気のせいかもしれない。


「……いつもありがとうございます」


「急にかしこまられると調子狂っちゃうよ」


「ごめんね。でも、…ありがとうございます」


 遠慮と迷いが見え隠れて、感謝になる。

 水彩のような透明な声。感情の色が薄くとも繊細に感じられるのは、彼女が本来、感情豊かな人、なんだと思う。


「気にしないで。写真を撮るのは好きだし」


「ううん、そうじゃなくて」


 ぎゅっと握られた手が胸に沈んでいく。

 何となく、ミモザを見上げた。


「感情が出ないことに、不安を感じてた。色を抜かれていく罰を、知らないうちに受けたみたいな、気付いたら減っていく大切なものがあって、怖かった。だからありがとうって、言いたくて」


 晴れた空に、いた雲がある。

 ふんわりとした花に、重厚な黄色がある。

 透明な少女に、不透明な感情がある。


「僕は写真が趣味な人間だから、こうして撮ることしかできない。けど、大切なものを大切にする方法は知ってる」


 頭より高く掲げて、手に持ったそれを見せた。


「このカメラでたくさん写真を撮ろう。このレンズの付いた箱に、思い出を映そう」


 液晶画面を、そっと彼女に見せた。


「エモいよね」


「エモい、ですね」

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