1章 始まり

第1話 背負っている運命

 202X年。

 日本。東京都白蓮市。

 あの出来事から、二十数年の月日が流れた。

 それは秘密裡に処理されたため、何がおきたかは一部の者しか知らない。

 

 その当時者の一人、紅鏡家当主・紅鏡郷太郎の孫、星辰せいしんは、この春中学二年生になっていた。


 その日の白蓮中学二年A組の教室。

 時計の針は八時三十分を指そうとしていた。

 担任の教師が教室に入り、生徒たちの挨拶が終わると担任は出席を取り始めた。


「紅鏡。おい紅鏡はまた遅刻か?」

 担任がそう言うと、教室のドアが勢い良く開いた。


「はいはーい! 紅鏡星辰、出席してます!」

 中学二年生にしては小柄な少年が元気に教室に入ってきた。


「ギリギリセーフ!」


「何言ってるアウトだろ! ……まあ良い、今日はなんで遅れたか聞いてやる?」

 そう言うと担任の教師はやれやれと言った感じでため息をついた。


「はい、朝から散歩していたらおばあさんが足を挫いて道で座っていて困っていたのでおんぶして家まで送っていたら遅れました」


「……ああ、そう。……分かった。今日はおまけで出席扱いにしてやる」


 担任は少しあきれた様に言った。

「本当ですか? 先生ありがとうございます!」


 少年はそう言うと、丁寧にお辞儀をした。

 紅鏡星辰現在十四歳。

 紅鏡家当主の孫であることは学校中で知らないものはいない。


 それでいて偉ぶることもなく、だれに対しても公平で屈託がなかった。

 ただ登校中に困っている人を助けて遅刻したり、帰宅が遅れたりすることは日常茶飯事である。


「授業始めるぞ。席につけ」


「あ、はい」

 星辰は、いそいで自分の席に向かい席についた。


 その時。

 学校の校舎屋上から星辰を見ている二つの人影があった。二人ともパーカーのフードをかぶっている。


「さっき、あの学校の校舎の中に入っていった奴がターゲットだよ。姉さま」

 二人のうち、小柄な方が背の大きい方に話しかけた。二人とも女性の様だ。


「ふーん、あの最後に入っていった小さいやつか?」


「うん、そう。で、どうするの?」


「そうだな、少し様子を見るか。あの小さいやつだけでなく、ファミリアも手に入れないといけないしな」


「わかった。私たちにとってもこういことは初めてだしね」


「そうだ。気は進まねえがな……」

 背の大きい方が、そう答えた後は二人とも押し黙った。

 そして、そのまま二人は空中へ浮かぶとどこかへ飛んで行った。


 また、その頃の紅鏡家の邸宅。

 その日、紅鏡家の邸宅にて当主の郷太郎が仕事の書類に目を通していた時。郷太郎の執務室のドアを叩く者がいた。


「誰だ?」

「朝日です。旦那様」

「月影さんかい? 入れ」


 ガチャリと音と共にドアが開きスーツ姿に眼鏡をかけた三十代前半~中盤くらいの年齢の男が入ってきた。

 物腰が柔らかでいて知的な感じがする男である。

 月影と呼ばれた男はドアを閉めた後にドアの前で郷太郎に一礼した。


「どうかしたのかい?」

 目を通していた書類を机に置いて月影の方を向いた郷太郎は月影に話しかけた。


「旦那様に一つご報告がございます」

 月影はそう言うと郷太郎に近づいた。日本人にしては長身の方である。


「……なんじゃと? 本当かね?」

 月影に耳元で報告を受けると郷太郎は少し険しい顔をして問いかけた。


「はい。無視できない数の指名手配犯たちが日本に集まってきているとの情報が入りました」


「そやつら、星辰を誘拐するために犯罪組織が雇った連中か?」


「全員ではないかも知れませんが、それにしても数が多いかと」


「想定外の数ということか……我らの取り越し苦労だと思いたいが……」


「念のため、報告いたしました。本日の下校から私が星辰君を送り迎えに参ろうかと思っております」


「……そうか。よろしく頼む」


「はい。では、失礼いたします」

 月影はそう言い郷太郎に一礼すると、くるっと踵を返した。


「そういえば身代金目的の誘拐から星辰や菖蒲あやめを救ってくれたことが何回もあったな」

 郷太郎に話しかけられた月影は再度郷太郎の方へ体の向きを変えた。


「紅鏡家に仕える者としての当然のことをしているに過ぎません」

 そう言うと月影は少し微笑んだ。


「そうは言っても、感謝はつきんよ。あんたにはあんたの人生があっただろうて」


「亡くなった星辰君のご両親から彼のことを託されておりますから。菖蒲さんも。それに誘拐犯と言っても普通の人間が相手ならば、どうと言うこともありません」


「そうか。まあ、あんたならそうじゃな」

「では」

 月影はもう一度、一礼するとドアの方を向いて部屋を退出した。


「これが、星辰の運命なのか……」

 ドアが閉まると郷太郎は少し悲しそうな顔して、窓の外を見ながらため息をついた。

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