災害の小箱

かざみ まゆみ

第1話 

「あなたァ! 逃げてェー!!」


 俺は結を抱きかかえながら全力で駆け出した。


「杏奈……杏奈……!」


 後ろにいるはずの妻の声はもう聞こえない。

 俺は溢れ出る涙を流しながら、腕の中にいる幼い娘の顔を見た。

 娘”結”は泣きもせず、ただただ眼を開けて俺の顔を見つめている。

 何が起きたのか俺にもわからない。


 俺と杏奈は生まれたばかりの結を連れて、近所の公園に散歩に来ていた。

 地震なのか? 戦争なのか?

 何も分からないまま、突如起こった大きな揺れと地割れ。

 周囲には大轟音が響き渡り、近くの建物はすべて崩れ、ものすごい砂煙に包まれ視界が奪われた。

 公園内も地割れや倒木が相次いだ。


「公園にいるのも危険だ!」


 依然として激しく揺れる大地を駆け、俺は杏奈の手を取って安全な場所を探した。

 あたりは騒然としており、絶え間ない悲鳴や怒号が聞こえる。

 何度目かの大きな揺れで、足元のアスファルトが大きく割れた。

 三人とも地の底に吸い込まれる寸前、杏奈が俺達の体を突き飛ばした。

 振り返った俺の眼の前で杏奈が地の底に消えていった。

 逃げて! の声だけを残して……。


 それから俺は必死に逃げた。

 大勢の人が傷つき、逃げ惑う姿も見た。

 他人を助けている余裕などない。みな、自分のことで精一杯だった。

 避難場所であった高台も山ごと崩れ去り、きれいに無くなってしまった。

 人々はゴミや瓦礫のように消えていく。

 俺は結を抱えたままこう叫んだ。


「この世には神も仏もないのか! 我々に滅びろというのか!」


 誰も答えてはくれなかった。

 ただ、ビルが倒れてきた……。



 ○△□○△□○△□○△□


「ケッチ〜、なにやってるの?」

「う~んと、石蹴りしてたんだけど、途中からちっちゃな箱みたいなのを蹴飛ばしていたんだぁ」

「へぇ~」

「でもね、蹴りすぎちゃったら潰れて中身出てきちゃった」

「うわ~、汚え! どっか蹴っ飛ばしちゃえよ」

「ウン、そうする」


 小さな潰れた箱は幼子のひと蹴りで宙を舞い草むらへと消えていった。

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