開ける?

最早無白

開ける?

「ねえ、ちょっと蔵の掃除をやってくれなぁい? 母さんは出かけるから」


 どうやらウチの母は、リビングで友達と映画を観ている時にも、ガンガン頼みごとをしてくるタイプの人間らしい。一時間ほど前に招き入れたくせに、今は私のことしか見えていないのだろうか?


「えぇ……母さんさぁ、今友達が遊びに来てるってのに。そんな頼みごとするかねぇ?」


 友達の方を見ると、やはりというか苦笑いを浮かべている。そりゃそうだ、自分一人を置いて掃除をするというんだから。リビングには彼女と気まずさしか残らない。


「いいじゃなぁい! なんなら二人でやっちゃってよ、蔵にあるものを全部外に出しとくだけでいいから!」


 それはもうリビングにの気まずさが蔵に移動しただけなんだよ。そして負担を私以外にも乗せてくるな。苦しむのは私だけでいい。


「まあ、二人でやればすぐ終わるっしょ。あたしもやるよ」


 私はなんていい友を持ったんだろう。うちの親なんかよりよっぽど人間ができている。彼女の言う通り、さっさと終わらせて映画の続きを観るとしよう。


「「せーの……よいしょっ!」」


 硬い扉を二人がかりで開けると、そこには三輪車や小さいブランコなどの、幼い頃の遊び道具たちで溢れかえっていた。懐かしいな……。


「マジか、これを全部外に出すのはキツいっしょ。いけるもんなの?」


「分かんないけど、とりあえずやるしかないかぁ……」


 気合いを入れて、一番手前にある三輪車へ手をかける。これくらいであれば一人で持てるので、まずは『体積の割に重くないヤツ』をどんどん外に出していく。結局このタイプのものがほとんどであり、作業時間はそこまでかからなかった。


「ふう……疲れたぁ、でもこれで終わりだね」


「だね。だけどさぁ、なんかヤバそうなのあるんだけど……」


 蔵の最奥にあったのは、縦横三十センチ、高さが十五センチほどの、緑色の箱。しかしその見た目といい、眠っていた場所といい、もはや怪しさしかない。

 大きさからして、お菓子のカンカンだろうか……? とりあえず外に出すべく持ってみると、やはり缶でできている。ずっしりとくるような重量感もない。


「――開ける?」


 さっき私はこの子を『人間ができている』と心の中で評したばかりだが、訂正した方がよいのかもしれない。絶対に開けちゃダメな気しかしないこの箱を、彼女はなぜ開けてしまおうと思い至ったのか。

 アレかな? 『やっちゃダメだって注意されたらやりたくなっちゃう』パターンかな? 絶対やめろ!


「いや、なんでそうなるの……? 確かに中身が気になるのは分かるけどさぁ、言葉にできないヤバそうな雰囲気が漏れ出てるじゃん。正気?」


「正気かどうかと聞かれたら、多分正気じゃない。ただ、この箱から瘴気が出てるのは確かだと思う」


 微妙に上手いこと言わなくていいから。このまま放っとこう? こういうのって、大体開けたら痛い目を見るパターンでしょ? 公開して後悔するヤツだって。


「――女には、やらなきゃいけない時ってのがあるんだよ。だからあたしはこの箱を開ける!」


「なんで『一仕事やってくる』みたいなノリ出してくんのさ。しかもそれダメなパターンのヤツだって」


 『ヤバそうなものに触れる』のと『死亡フラグ』、これでツーアウトってとこ? いや、実際には死なないだろうけどさ。むしろ、下手したら死よりまずいシロモノが入っているのかもしれない。

 どちらにしても私たちがとるべき行動は『開けない』のが正解なのだが、そこまで煽られたらやはり中身が気になってくる……よし!


「――開けよっか。別に死んだり、おばあちゃんになったりはしないだろうし。ヤバいものがあれば、すぐに閉めればいいし!」


 大体、開けちゃまずいものを蔵に保管している方が悪い。そんなもん捨てろ。意を決して、箱のふたを開けて中身を確認する。そこには、


「「なにも……ない?」」


 私たちはただの空箱に、ただ怪しがっていて葛藤していただけらしい。なんだか全てがバカらしくなってきて、もう笑うことしかできない。


「ふふっ……あはは……」


「あたしたちダッサ、こんなオチってある……あれ? ふたの裏に何かついてる」


 見ると、確かにふたの裏にセロハンテープで紙が貼りつけられている。ここまできたらもう後には引けない、テープをはがし、紙になんて書かれているか確認する。


「どれどれ……『大人になった私たち、ひっかかってやーんの!』、だってぇ!?」


「うわ思い出した! これ、あたしたちが小学校でタイムマシンを埋めた時のヤツじゃん!」


 彼女の説明で、やっと私も思い出す。タイムマシンを埋めた後『私たちだけのヤツ』も蔵に保管しておこうって話になったんだ。

 だけど大事なものはもう埋めてしまったので、仕方なくこんなふざけた大人を舐めくさった手紙を添えたわけだ……。


「……やられたね」


「完全に忘れてたわ……なんで昔のあたしたちから煽られなきゃなんないわけ?」


「ほんとそれ。でもさ、それだけ大人にってことじゃない?」


 無邪気さの塊のような字体とコンセプトに、私たち大人は翻弄されてしまった。昔の私たちが考えついていたことを、いざ今になって思いつけるかと聞かれたら……それは全くのノーだ。

 いつの間にか容れ物は成長してしまっていて、肝心の中身は満たされていないんだ。


「あーあ、歳をとるとダメになっちゃうもんだね。でも……ちょっとだけ子どもに戻れたね」

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開ける? 最早無白 @MohayaMushiro

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