第12話 ダンスパーティー当日

 ダンスパーティーは盛大に行われ、たくさんのご馳走にお酒が振舞われた。ギャレット伯爵はダンスする暇もないほど、大勢の貴族達の相手をしていて忙しそうだった。


 ジュリオとダンスの練習をしてから、あの夜のことが忘れられない。


 ジュリオに触れた手で、他の男性とダンスしたくなかった。でも、ダンスしないとどこでギャレット伯爵の機嫌を損ねるかわからない。


 渋々とダンスしている集団に参加しようとしていた時、大勢の男性に囲まれたブリジットが興味深げに話していた声が聞こえた。


「この城に財宝ですって?」


「ああ、そうさ。この城には秘密の部屋があって、そこには金銀財宝がたんまり眠っているらしい。ギャレット伯爵は仕事をして稼いでいるように見えて、財宝を隠しもっているとか」


 貴族の男性の1人がそう話すと、隣にいた貴族の男性がその話にこう応えた。


「でも、その部屋の場所を知った花嫁はみんな行方不明になるとか。まあ、真相はわからないが、この城は花嫁が消えてるだろ?こういう噂が絶えないんだよ」


「ふうん…でも、伯爵が不在の時に一部でも財宝を取れれば、しばらくは贅沢できそうね」


 不敵な笑みを浮かべるブリジットを見て、背筋が寒くなった。初めからお金目的でギャレット伯爵に近づき、好かれるためなら自分の体も差し出した。でも、うまくいかないため、城から立ち去る前に金品を頂こうということか。


 巻き込まれないように人混みに紛れ、そっとダンスパーティー会場から抜け出した。





 会場から離れると、絵画の部屋にギャレット伯爵の姿があった。ジュリエッタの肖像画をじっと見つめた伯爵の姿は、どこか寂し気であった。


「伯爵、どうなさったの?」


「やあ、アン。昔の妻の肖像画を見ていたのさ」


 以前、ジュリオと探索中に見かけた絵画だ。神秘的で美しく、他にどんな女性が現れても、比べ物にならないだろう。


「妻がワルツが好きでね。ダンスパーティーをするとつい、思い出してしまうんだ。本当に美しくて、理想的な女性だった。だが、すぐに亡くなってしまっていつも脳裏から離れない。これではいけないと思ってはいるんだ。まさか階段から転落死してしまうなんて…あの時、何かできなかったのかといつも悔やんでしまうんだ」


 うつむく伯爵の表情は本当に辛そうだった。大切な人が亡くなって、心に傷を負ってしまったら、その傷はすぐに癒えることはない。それは、両親を亡くした私もそうだった。そして、最後の家族である姉でさえ、いなくなってしまった…。肖像画を見ながら、私は伯爵にこう話しかけた。


「亡くなっても、奥様との思い出は伯爵の心に生き続けています。大切な思い出なんです。忘れられるわけがない。ずっと、大切にしていけば良いと思います」


 話し終わって伯爵の顔を見ると、伯爵から異様な視線を向けられていた。まるで猛禽類のようだ。先ほどまでの悲しげな雰囲気とはまるで違う。私が言葉を詰まらせていると、急に伯爵はにこやかに笑った。


「やはり、君にこの城に来てもらえてよかったよ」


 ギャレット伯爵の不敵な笑みに背筋を凍らせながら、会場に戻ると、ベールをつけたミッシェルが焦った様子で話しかけてきた。


「アン、ここにいたのね。大変なの。もうパーティーは終わりになるというのに、ブリジットがどこにもいないのよ」


「少し席を外しているだけじゃないかしら?」


「それが、もうほとんどの来賓は帰っているし見失うことはないはずなんだけど、使用人がだれにも見ていないらしくて…」


 もしかしたら、この城に眠るという財宝を探しているうちに、城の罠などにかかってしまったのか、それとも、だれかに命を狙われてしまったというのか…。


 私が考え込んでいると、ミッシェルが私の手を握り、心配そうに話した。


「ねえ、アン。この城は怪しすぎる。いっしょに抜け出しましょう」


 ミッシェルの言いたいこともわかる。穏やかに過ごせていたのが奇跡で、この異様な雰囲気が本来のこの城の正体なのかもしれない。でも、姉がいなくなった真相がわかるまでは、離れるわけにはいかない。


 私が言いよどんでいると、ギャレット伯爵がワインを持って近づいてきた。すかさず、ミッシェルが話しかける。


「伯爵。ブリジットがどこにも見当たらないようなのですが…」


「ああ、お酒に酔ってしまったようでね。先に部屋に戻っているよ。それより、今日はパーティーに参加してくれてありがとう。良いワインがあるんだ。乾杯しよう」


 ブリジットがいなくなったのは杞憂だったなら良かった、と私は安心した。伯爵からもらったワインは美味しかったが、強いお酒だったのか、時間が経つにつれ、眠くなってきたように感じた。


 眠さを気取られないように早々に部屋に戻り、何とか意識を保ってカギも施錠し、すぐに眠りについた。

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