第3話 花嫁候補たち
長い馬車の旅が終わり、ギャレット伯爵の城に辿り着いた。廊下の至る所に騎士の鎧が飾られ、槍まで携えられている。今にも動き出しそうだ。
玄関ホールに着くと、私より先に2人先客がいた。女性であるため、おそろく花嫁候補なのだろう。1人は注意深く周りを見渡し、もう1人は扇子で口元を隠しながら、品定めをするかのように鋭い視線をこちらに向けた。
「遠路はるばるよく来てくれたね」
ギャレット・キャンベル伯爵は人当たりの良さそうな笑顔で出迎えてくれた。
「長い馬車の旅で、もうクタクタよ」
真っ赤なドレスに、レースがたっぷり施された扇子。派手で華やかな女性が、伯爵に歩み寄った。
「テイラー伯爵家の長女、ブリジット・テイラーと申します。以後お見知りおきを、伯爵」
ブリジットは慣れた手つきで伯爵へ手の甲を差し出し、伯爵もその手に恭しくキスをした。
「会えて光栄だよ。そちらのお二人も、自己紹介を頼むよ」
私より先に着き、辺りを見ていた女性がカーテシーを行い、挨拶した。
「ミッシェル・マックイーンと申します」
モーニングベールのような、顔を隠す黒いベールがついた帽子をかぶり、あまり表情を見ることはできない。それでも、一つ一つの所作が美しく、優雅という言葉にふさわしい人物だった。
だが、伯爵は花嫁候補の顔が見えないことに不信を抱いたようだ。
「その顔はどうしたんだい?それに、マックイーン家にはまだ未婚の女性が居たとは聞いていなかったから、今回花嫁候補として来てくれたのには驚いたよ」
「マックイーン家には養女となったのです。そしてこの顔は、幼少の頃に火傷を負ってしまいまして。伯爵が花嫁候補と交流を通じ、運命だと感じられた方と婚姻されたいと聞いて、外見ではなく中身を重視されると思ったのです。もちろん、選んでいただいたら顔はお見せしますし、顔に火傷を負っていても、伯爵に気に入ってもらえるように最大の努力を致しますわ」
凛とした佇まいに澄んだ声。伯爵は少々疑念を抱きつつも、ミステリアスなこの女性に関心を寄せたようだった。
私もミッシェルに見入ってしまっていたが、この場でまだ自己紹介をしていないことに気づき、慌てて自己紹介した。
「お久しぶりです、ギャレット伯爵。姉のメアリとの結婚式ぶりでしょうか。姉に代わって参りました。この度は誠に申し訳なく思っております…」
「やあ、アンジェリーナ君だね。メアリのことは残念に思ってるよ。貴族同士の利害で行った結婚だから、気が進まず、出ていってしまったのかもしれないと僕は思ってる。だから次は、恋愛で相手を選びたいと思っている。」
想像では、伯爵は姉が戸塚いなくなって怒っているかと思っていたが、そうではなかった。寂しそうだが、自分にも非があると思っているようだ。
「それにしても、随分見ない間にアンジェリーナ君も綺麗になったね。見違えたよ」
ただのお世辞だと受け流そうとしていたが、伯爵の目が笑っておらず、視線で射止められたような気がして背筋が凍った。
異様な雰囲気を壊してくれたのはミッシェルだった。
「ギャレット伯爵。まだ荷解きが終わってないので、一度自室に戻っても良いでしょうか。アンジェリーナ様はまだ自分の部屋にも行ってませんし、案内しますわ」
私はその言葉を聞いてほっとした。あのままでは伯爵の視線にとても耐えられなかった。
「あら、それではやっと二人きりになれますわね。伯爵、薔薇のお庭をぜひ案内してほしいわ」
「もちろん。それではアンジェリーナ君、ミッシェル君、失礼するよ」
ブリジットはその豊満な胸を伯爵の腕に押し付けながら、二人で庭園へと出ていってしまった。
まだ着いたばかりなのに、疲れがどっと押し寄せてきた。
ギャレット伯爵の侍女が私の荷物を次々と持っていくのを眺めていると、いよいよこの奇妙な生活が始まったのだという自覚が出てきた。
小さくため息をついた私に、ミッシェルはくすっと笑った。ため息を見られてしまって、私の顔は赤くなってしまった。
「案内してくださってありがとうございます、ミッシェル様」
「いいえ、とんでもない。どうか、ミッシェルと呼んで。これから、しばらく共に生活するのですから」
不安な私の心中を察したのか、ミッシェルは優しく私の手を握った。
「アンジェリーナ。天使という意味の名前ね。私の名前も、大天使ミカエル様の由来の名前なの。何だか、とても親近感がわくわ。アンと呼んでもいいかしら?」
「もちろん、ぜひ呼んでください。ミッシェルさん」
花嫁候補、という立場同士のため、仲良くしてくれる人がいるとは思っていなかった。初めて会ったはずなのに、穏やかで優しくて、隣にいてとても落ち着ける人だ。
花嫁候補達の自室は隣同士のようで、私の部屋が真ん中で、右がミッシェル、左がブリジットの部屋のようだった。ミッシェルとは自室前で別れた。
自室はベッドやクローゼットなど、一人部屋にしては充分な広さであり、外に出られる大きなベランダが着いていた。ベランダから出てみると、下は絶壁となっており、落ちたら命の保障は無さそうだった。
城は外観だけでなく、中も豪華絢爛であり、一度はこんな城に住んでみたいと思うような所だった。しかし、姉はいなくなってしまった。何があったのか手がかりを見つけたいと、私は決意を新たに抱いた。
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