カクヨムユーザー、悩む

どこかのサトウ

受付嬢の後輩と

 箱、箱……やばい、やばいぞ。このままじゃまずい。

 カクヨムが恐ろしいお題を出してきた。それは昼休みの時間帯に発表された「カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024、第三回目のお題『箱』」のことである。

 早くも本気で俺の皆勤賞を阻止しにきたようだ。

 昼休み中、トイレに籠もって考えてみたものの、全くもって良いアイデアが浮かんでこない。

 くっ、所詮貴様は凡人なのだ、向いていないから書くのをやめろと言われている気分である。——いかんいかん。行き詰まったとき、何事も悪く捉えてしまうのは悪い癖だ。

 まだ発表されてから初日。焦ることはない。そろそろ昼休憩が終わる。そういえばこのトイレの個室も箱ではないか。ここから何か良いアイデアは浮かんでこないだろうか。

 ……だめだ。何か、何かないか。箱、箱

 だが無情にも時間は過ぎていく。残念ながら時間である、仕事に戻らねばならない。


 * * *


 せっかくの週末だというのに仕事が長引いてしまった。

 さらに追い討ちをかけるように、帰りの駅のホームには人が溢れかえっている。

「——間の人身事故により、大幅なダイヤの乱れが生じており〜」

 ここまで運がないとは、正直お手上げである。

 思い返せば今日一日、おかしなアクシデントばかり起こっている。

 仕事中、少し大きめの段ボール箱の中に魔が差して入ってしまい、偶然やってきた受付嬢の後輩に見られて笑われてしまったのだ。しかもお邪魔しますと入ってくるとは、彼女は俺と肩をくっつけて何がしたかったのだろうか。

 正直な気持ち、襲いたくなるのを死に物狂いで我慢した。性犯罪者にならなくて良かった。本当に自分を褒めてやりたい。

 ん、いや、待て。もしかして脈あり、なのか……ってダメだ。

 今は彼女のことを考えるな。締め切りのあるKAC2024の方が先だ。箱、箱、後輩、箱、後輩、箱入り……

『これが本当の箱入り娘、なんちゃって』

 ——鬼畜っ、可愛いかよぉぉっ!

 ダメだっ、今日のあの出来事があまりにも刺激的すぎる!

 このままでは、トリのぬいぐるみストラップのチャンスが消えてしまうことになる。何か、何かないか——

「——先輩!」

「うぉっ、木下か」

 心臓が飛び跳ねた。平静を装う。

「なんだか今日はお昼からずっと様子がおかしいですけど、どうしたんですか?」

「どうしたも何も——いや、何でもない。少し考え事をな」

 お前のせいだとは言えなかった。社内のアイドルと一緒に箱の中に入って密着していたとバレたら、間違いなくセクハラ相談窓口に匿名で通報されるだろう。事実関係を調べるために偉い人に呼び出され、噂を嗅ぎつけた同僚から吊し上げられ会議室で裁判だ。


『「「 ——ギルティィッ!! 」」』


 悪夢を振り払うように首を振る。どこに関係者の目や耳があるか分かったもんじゃない。

「あっ、やっと電車が来ましたね」

「電車が遅延していたんだったな」

 窓側に押しつけられた人々が通り過ぎるたびに、死んだ目でこちらに乗ってくるなと訴えかけてくる。

 まさに寿司詰状態だ。箱の中に押し詰められる寿司の気持ちが分かるかもしれない。擬人化してみるのも悪くない案だ。そのためにもこの満員電車に乗り込んで……

 ふと後輩を見ると青ざめた顔をしていた。

「お前も乗るのか?」

「は、はい。仕方ありませんし……」

 この瞬間、俺のカクヨムの箱ネタは、寿司のネタから後輩と満員電車の中で必死に我慢する最低なネタになった。密着などすれば下半身の理性など無きに等しい。一瞬で限界突破するだろう。

『先輩、硬いものが……当たって……』

『先輩って変態だったんですね』

『最低——』

 身震いがした。何かに目覚めそうだ。下手をすれば弱みまで握られかねない。というか全く箱が関係していない。電車という箱の中でと無理やり関連性を……いやいやいやいや。それは早計というか安直すぎるだろう。

 少なくとも彼女とは距離を取るべきだ。幸い今日は週末。明日は休み。何より夕食はこれからである。

「……頑張れよ」

「えっ、先輩は乗らないんですか」

 ぎゅうぎゅうと押し込まれる彼らを眺めていると、無性に寿司が食べたくなってきた。

 携帯を取り出し、近くにある店を検索しようとしたとき、ふとカクヨムのお題が頭を過った。

『箱 寿司』と入れて画像検索をする。これだと思った。これこそ探し求めていた小説のネタだと。

「——先輩、もしかしてお寿司ですか?」

 非常識にも携帯を覗き込んきた。すぐさま後輩を電車に押し込もうとしたが、何故か彼女は必死に抵抗をする。

「帰るんじゃ、なかったのか?」

「——先輩と夕食ですよ? こんなチャンス逃しませんって!」

 こいつ、どんだけ寿司が食いたいんだ!

 だが所詮非力な女性。抵抗は無意味である。無理やり押し込んでみたが、体よく弾き出された。

「——酷くないですか!?」

「ふむ、まるで生き物のように飲み込まれるかと思ったんだが……」

「ちょ、先輩——怖っ! 何を考えているんですか!?」

「決まっているだろう。お前が集ってこないかだ」

 案の定、どさくさに紛れて身体を触ったと脅迫してきた。こちらとしては乗車するのを助けただけである。だが彼女は受付嬢なだけあってが顔が広い。彼女の口から出た言葉はすべて真実となるだろう。

 結局、夕食の寿司奢りで手打ちになった。箱寿司が食べられる場所を検索し、俺たちはそこに足を運んだ。

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