僕のデスゲーム

不明夜今宵

プロローグ「エンターテイナー」

『これから、ゲームが始まります。観戦者の方々は、このサイトを開いたままにしてお待ち下さい。本日のゲームの参加者は以下の四名…』





「…ねえ、起きて!」

体を揺さぶられて、僕は薄く目を開ける。

「うぅ、ん…?」

目の前には同い年くらいの少女と少年、少し離れたところには若い男性と女性が立っていた。

僕はカーペットのひかれた床に、あおむけに倒れているようだ。

「大丈夫か?」

「えっ、あ、はい」

少年に手を差し出され、とりあえず上体を起こして立ち上がる。

あたりを見回してみると、そこは少しレトロな雰囲気の広めの部屋だった。

僕たちの横には細長い机と両サイドにソファーが置かれており、机の中央には画面の大きなテレビもある。

「…えっと、これはどういう状況?」

少年に尋ねると、若い男性がこちらに一歩近づいた。

「君もここに来た記憶が無いんだね?」

「そう、ですけど…」

「実は私たちもなのよ」

女性は困ったというように、眉間にしわを寄せる。

「ねえ、これってさ」

少女が何か言いかけた時、『ようこそ!』と機械じみた声が響いた。

みんなの視線が一気にテレビに集まる。

その画面には仮面を付けた人の肩から上だけが映っていた。

『今からみなさんには生き残りゲームをしてもらうよ』

ボイスチェンジャーで変えた声で、仮面は意気揚々と言う。

『さて、この「人狼の館」から無事に出られる人はいるかな?では、ゲーム…』

「ちょっと、待て!『人狼の館』って何だよ!?っていうか、何で僕らなんだ!?」

勝手に喋る仮面に、僕は慌てて質問を投げかける。

『う~ん、まあそうなるよねえ』

スーツで包まれた肩を少しすくめると、仮面の中で少し笑ったような気がした。

『じゃあ、説明するとしよう!これはいわゆるデスゲームさ』

「デスゲームって」

『そこの少年!元気が良いのは分かるけど、人の話は最後まで聞こうね』

再び口を挟みかけた僕に、仮面は言葉に薄くイライラをにじませる。

『他のみんなも、静かに聞いててね!質問は受け付けないから。分からないことが多いからこそ、ゲームは面白くなるというものさ』

芝居がかった口調に戻った仮面は、説明を再開する。

『この屋敷の名前は「人狼の館」。みんなにはここで命をかけてゲームをしてもらう。ここには君たち以外に屋敷の従業員がいるんだが、その中には夜になると人を殺す「人狼」が一人いるんだ。君たちは人狼を見つけて銀の弾丸が入った拳銃で打ち抜くことで、ゲームクリアとなる。だけど夜になって殺されたらゲイムオーバー!ただし、注意点としてはこの屋敷では夜は不定期に来るんだ。この屋敷の近くにある時計塔の鐘の音が鳴り始めたら夜が来る合図だよ。鐘は夜の一分前から鳴り始める。その間に人狼が見つけられないような場所に隠れることがおススメだけど、まあ逃げ回っても良いよ。でも、夜は屋敷が全て真っ暗になるし、人狼は夜目がきくから圧倒的に不利だとは思うけどね。夜は一回十分間。夜が終わってから少なくとも十分間は昼が続くよ。十分以上経ったらまた夜が来る可能性があるけど、昼は絶対に安全なんだし、結構楽なゲームだろう?さあ、昼の間に情報を集め、人狼退治を目指そう!君たちの幸運を願ってるよ』

仮面は一気に説明すると、テレビの電源を落とした。

部屋が急に静かになり、五人は誰からともなく顔を見合わせる。

「どうします?」

「こんなのただのイタズラじゃない?」

「いや、我々がここに連れてこられたときには、睡眠薬が使われたと考えられる。そしてこの屋敷、さっきの仮面の男…。悪ふざけにしては手が込みすぎている。念のため、最初の『夜』とやらが来る前にそれぞれ隠れる場所を見つけた方が良いだろう」

男性はそう結論付けると、てきぱきと指示を出す。

「全員が隠れられる場所を見つけられるために、これから最初の『夜』まではみんな別行動としよう。人狼かもしれない人間に出会うかもしれないが、情報収集は安全な隠れ場所を見つけてからだ。夜が終わったら十分間は安全だと言っていたから、その時にまた全員で集まって情報交換をする。二回目の夜までどう過ごすかもその時に決めれば良いだろう。何か意見がある人は?」

片手を挙げる男性に、他の四人は互いに視線を交わす。

「特に無いなら、もう隠れる場所を探した方が良い。君のお陰で大まかなルールは知ることができたんだから、今はそれに従うのが賢明だよ」

男性は僕の方を目で示しながら、みんなを諭す。

その言葉に、まだ納得はしていないようではあるが、全員がそれぞれ頷いた。

「よし、じゃあひとまず解散!また後で会おう!」

そう言うと、男性は率先して部屋を出ていく。

女性もこちらをチラチラと確認しながら、それについて行った。

「ねえ、どうしよう…」

少女は部屋の扉と僕たちを交互に見ながら、戸惑ったように尋ねる。

「うーん、とりあえずルールに従ったほうが良いとは思うけど…」

「じ、じゃあ、もしかしたら殺されたり」

「そんなことないって!いや、さすがにテレビとかのドッキリでしょ。漫画じゃあるまいし」

僕が少女を元気づけようと明るく言うと、隣の少年が吐き捨てるように言った。

「芸能人ならともかく一般人にこんなドッキリ仕掛けるとか、あり得ないだろ。批判が集まって困るのはテレビ局じゃない?」

まあ、それはそうなんだけどさぁ…。

沈黙に包まれた中、空気読んでよ、と視線で伝えようとするが、少年はこっちを見向きもしなで考え込んでいる。

そして急に顔を上げると、男性たちと同じように扉へと向かい、部屋を出ていった。

うーん、難儀な奴。

「えっと…、まあこれが何にしろさ、ルールに従っていれば大丈夫だよ。一緒に頑張ろう!」

僕が手を差し出すと、少女も小さく頷いて握手を交わす。

「僕はシュウ。君は?」

「私は春香」

「春香ちゃん、よろしくね。えっと、春香ちゃんはこの部屋を出て隠れる場所を探す?この部屋にも隠れる場所はありそうだけど」

部屋にはクローゼットや棚などがある。

僕は一番近かったクローゼットに近づき、開けてみる。

中にはコートなどが掛かっており、その中になら一人は入れそうだ。

「こことか隠れられると思うよ」

「シュウさんはここに隠れるんですか?」

「ううん、僕は外の様子を見ておきたいから。良かったらここ、使っていいよ」

「えっ、あっ、じゃあ、そうします…」

「よし、僕もそろそろ外出て自分の隠れる場所を見つけないと。また後でね!」

「は、はい!」

ペコリと頭を下げる春香に手を振って、僕は扉から外に出る。

部屋はカーペットが敷かれた廊下に面していた。

ここからどうするか…。

とりあえずさっき出ていった人の中から誰か探すかな。

廊下には左右交互に部屋の扉が並んでいる。

この階にある部屋はちょうど中央のこの部屋も含めて五部屋。

僕は左斜め前の扉に近づき、中に入った。

そこは書斎のようで、本棚と机が置かれている。

そして、本棚の前にはさっきの男性。

「あっ、君」

男性は振り返ると、僕を見て微笑んだ。

「ここは隠れるところは無さそうだよ」

「そうですか…。あの、ではあなたはここで何を?」

「ああ、僕はさっき良い場所を見つけたから、早速情報収集をしようと思ってね。鐘が鳴って一分後に夜が来るなら、十分隠れられるし。それにここは本がたくさんあるだろう?住人の趣味や詳しいことなどが分かる」

「なるほど…!この状況でも冷静に判断できて、凄いですね」

「あはは、そう見えるか?これでも結構混乱してるよ。なにせ、こんなことは初めてだから」

「ですよね。僕も平静を装おうとはしてるんですけど…」

苦笑いしながら視線を足元に落とすと、小刻みに震えている両足が目に入る。

それを見て、男性も苦笑した。

「そうだよね。でも、こういう時こそ僕が冷静じゃないといけないからさ…。君も、さっきの仮面のヤツに口を挟んだのは勇気あったよ」

「あの時は焦って思わず…」

「それでも、この状況について詳しいことが分かったからお手柄だよ。ところで、君はまだ隠れる場所を見つけてないんだね?」

「はい、まだ」

「よし、じゃあ君の隠れる場所を僕も探そう!この階の他の部屋も見てみたいし」

「えっ、ありがとうございます!」

「良いんだよ。不安だろうけど、一緒に頑張ろう」

男性はそう言うと僕の隣に並び、声のボリュームを下げた。

「ちなみに僕は警察官だからさ。このゲームが本当にしろイタズラにしろ主犯を捕まえたら、きつくお灸をすえてやる」

「えっ、警察官!?」

驚く僕を置いて、男性は部屋を出ようとする。

「そう、だから安心していいよ」

「そうなんですか、なら良かった…」

僕は大きく息をついて、笑みを広げる。

「さ、早く隠れる場所を見つけないと」

「はい。僕、ここの隣の部屋はまだ見てなくて」

「そこは僕も見てないな」

二人で廊下に出て、左横の部屋に入る。

そこにはピアノやギターなどの楽器が置いてあった。

「へえ、すごい」

男性は早速、楽器のケースなどを確認し始める。

僕は少し重い部屋の扉を閉めると、同じように大きなケースに近づいた。

「これ、僕なら入れるかな?」

「ん?どれ?」

男性がこっちに近づいてくる。

僕はケースの前でしゃがみ込むと、落ちてきた横髪を耳にかける。

「これです。チェロかな?」

ケースを開けると、中には楽器が入っている。

「この大きさのケースなら、僕は入れます!あとは、これを出せば…」

「それはチェロじゃなくて、コントラバスだね。…ところで君、ちょっとこっち向いてくれるかい?」

「え?」

僕が顔を上げると、男性は引きつった表情をしていた。

「あの、どうしましたか?」

男性の様子に、鼓動が自然と早くなる。

彼は少しだけ視線を泳がせると、意を決したように言葉を発した。

「…さっきのビデオさ、もしかして一人芝居?」

…。

「なんのことですか?」

「…君、さっきの仮面のヤツだよね?」

…………。

「…どうしてそう思うんですか?」

「耳だよ。耳って人によって形が違うんだ。目元も同じく人を見分ける手がかりとなるけど、仮面でよく見えなかったからね。少し似てるな、と思っていたんだけど…」

胸の中がスーッと冷たくなっていくような感覚がする。

…ふ~ん、よく見てるな。

演じるのを止め、思考に意識を持っていく。

でも、仮面を付けていたのに見分けられるって、警察官って言っても流石に…。

あ。

「そうですか」

僕は一人で納得し、チラッと壁の時計を確認する。

…うん、ナイスタイミング。

隠すことを諦め、表情を崩して芝居がかった声を出す。

「バレちゃったかぁ。不運だなぁ」

「いや、ゲームに参加する人の職業とか見てなかったのか?」

「うん、僕は知らないよ。ゲームの進行を任されてるだけで、参加者を決めるのは主催者だから。でも、その観察眼からして見当たり捜査班とか?」

「そうだ」

「へぇ、本当に凄いんだね!指名手配犯の顔を覚えて、群衆の中から見つけ出す…。聞いたことはあったけど、本物に会ったのは初めてだよ!でも、このタイミングでは会いたくなかったなぁ」

「そりゃあ、確かに不運だな」

「うん、僕にとっても、あなたにとっても…ね」

バチンっ

音を立てて部屋の電気が消え、真っ暗になる。

目の前で人の動く気配。

「逃げんなよ」

自分のシャツをめくり、ベルトに挟んでいたテーザー銃を取り出し、引き金を引いた。

何かが倒れる音と振動。

ポケットの中から暗視スコープを出して確認する。

倒れた男性が一人。

僕は駆け寄って男性の耳元に口を近づけた。

「…」

男性は何も発しない。

うーん、大丈夫そうかな?

「逃げないでくださいよぉ。いきなり電気が消えてびっくりしたのは分かりますけど」

男性は動かない。

「ちなみにさっきのはテーザー銃です。打つと電極が対象に刺さって、電流が流れ動けなくなる…。って、警察官なら知ってそうだな。とにかく、あなたにはスターターピストルを見届けてもらいましょう」

僕は体の向きを反転させて、部屋にある監視カメラの方へ視線を向ける。

そして、仰々しくお辞儀をすると、ニッコリと微笑んだ。

「レディース・アンド・ジェントルメン!本日も我々のゲームを観戦いただき、誠にありがとうございます。さて、今回の参加者たちはどのような活躍を見せてくれるのでしょうか?いつ『夜』が来るか分からない恐怖、暗闇で迫ってくる『人狼』…!いつも通りスリル満点の舞台を用意させていただいたので、ぜひ最後までお付き合いいただきたく」

その時、ザザザっという音が鳴って、部屋についている放送のスピーカーが点いた。

『朱雨くん、今日も頑張りなさいね』

常連のマダムの声。

「はい、もちろんでございます」

『今回は君も人狼とやらに殺される可能性があるんだろう?君が死物狂いとなって逃げ回るのは、実に見ものだろうな』

こちらも常連の旦那の声。

「ふふ、そんな場面があるでしょうかねぇ。僕は自分の描いた台本通りに全員をゲームオーバーにさせるだけですよ、だって僕も人狼なんだから」

倒れている男性に刺さっている電極を素早く回収し、もう一丁持っていた拳銃を彼に向けた。

「さぁ、前置きが長くなってしまいましたが、開幕の時間です。それではゲーム、スタートぉ!」

僕は拳銃の引き金を引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る