継ぎ目のない箱

λμ

調査依頼

 成人式以来、五年ぶりに再会したA子は、挨拶と近況報告もそこそこに、思い詰めたような顔をしていった。


「――で、相談したいことっていうのは、動画配信のことでね?」


 大学卒業後、A子は定職につかず、アルバイトの合間に顔出しなしの動画配信者として活動していた。再生数は四桁を少し超える程度だが、熱心なファンが数人ついてくれているのか、投げ銭や贈り物があるのだという。


「言っとくけど、俺は動画のことなんてわからないよ?」


 私は予防線を張るつもりで先にそう伝えた。そもそも成人式と同日に開かれた小学校の同窓会で連絡先を交換してから、先週まで一度も連絡はなく、急に会って話せないかと言われたときは断ろうかと思っていた。それでも応じてしまったのは、恥ずかしながら私にも多少の下心があったからだ。


「うん。相談したいのは動画のことじゃなくて、その、ファンからのプレゼント――っていうのかな? 贈り物があって、それについてなんだけど」

「贈り物で相談……GPSが仕込まれてるんじゃ、とか?」

「ああ、うん。その可能性もなくはないんだけど……とりあえず見てもらえる?」


 いって、A子は歳の割に妙に子供っぽいリュックを開き、小さな木箱を出した。

 おおよそ十センチ四方の、木目の色薄い灰色の木箱だ。


「……なに? それ?」

「わかんないから相談しようと思ったんだけど」


 A子はムッと頬を膨らませた。顔出しなしとはいえ動画配信者だ。リアクションが大きい。


「……触ってみてもいい?」


 と私は了解を取り、その木箱に触れた。古い箱なのだろう、表面は乾燥しきっていて、手入れをされていないからかザラザラしていた。古い以外に何の変哲もない木箱のように思えたが、手にとってぐるりと回してみると、妙な事に気づいた。


「……これ、継ぎ目がないね」

「うん。そうなの」


 不安そうにポツリといって、A子はカフェラテを口に運んだ。

 その木箱は、かなり正確な正方形であるにもかかわらず、まるで丸太から切り出したかのようだった。継ぎ目がないのに箱だと思ったのはどうしてだろう、と、箱をくるくる回して観察していると、内部でコトリと小さな音が鳴った。


 なるほど、視覚と触覚、重量感などから箱だと推測したのだろう。

 人の空間認識能力は意外とあなどれず、この手の直観は往々にして当たる。

 ――つまり、何か嫌だな、と思うこの感覚もまた、間違いではないのだろう。


「これがファンから贈られてきたって?」

「うん、そう。私、一人暮らしだからさ、いちおう警戒はしてて、格安レンタルスペースの近くの私書箱に届くようにしてるのね?」


 見かけよりしっかりしてるのだな、と私は失礼ながらに思った。


「化粧品とか肌につけるものは未開封の既製品だけ受け取って、食べ物なんかは個包装のものでも廃棄してるの。ちょっと申し訳ないけど、注射器とか使えば、目に見えないように色々と仕込めるじゃん?」

「そこまでする奴……まあ、いるかもしれないか」

「うん。それで、この前の配信のとき、変なコメントがついてさ。どうも私が読み忘れちゃった人みたいで。凄い怒っててさ? 謝ったんだけど――そのあと、この箱を送ってきたみたいなんだよね」

「それはなんで分かったの?」

「贈り物は届きましたか? って同じ人がコメントしてて。怒らせたくないから頂きましたーっててきとうに返したんだけど。そのあと……」


『嘘つき』


 とコメントがあったという。思わずA子は嘘じゃないと答えたのだが、すぐに、


『嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき』


 と、同じコメントが大量に流れた。あまりの連呼に他の視聴者も怖がり、配信を止めたほうがいいと言われ、A子は配信を終えた。プレゼントの確認に走ったのはその配信のすぐあとだ。プレゼントが送られること自体はそう多くない。私書箱に届いていたのは小型のダンボールが一つだけで、古新聞を緩衝材に、この継ぎ目のない木箱が収められていたという。


「……経緯はわかったけど、それで、なんで俺? 警察案件じゃね?」

「いやだって、小学校の頃さ、怖い話とか得意だったじゃん? それにほら、成人式の後の同窓会でも……」

 

 私は天を仰ぎたい気分になった。同窓会に備えて卒業アルバムと文集を持ってきた奴がいたのだ。その中で、私は将来なりたい職業に怪談師と書いていた。もちろん当時の私も冗談で書いたのだが、その流れでせっかくだからと一席、頼まれ、いくつか話したのを覚えていた。


「そのなかで、ほら、なんとか箱っていう――」

「あれはネットの……」


 恥ずかしさのあまり、私は思わず反論しかけ、口を噤んだ。

 不安そうなA子の顔を見て、嫌な予感の正体に気づいたからだ。

 なぜ警察ではなく、ただの怪談好きの男に相談をもちかけたのか。

 

 これは呪術の類かもしれない――と直観したからである。


 いまではよく知られているように、呪いというのは、呪いをかけられていると本人に気づかせることが、最も重要なのだ。得体のしれない不安を煽り、それが日常的な災いを呪いとを紐付ける。するとさらに神経質になり、より被害を大きくしてしまう。


「まあ……じゃあ、預かって、調べてみようか?」


 この手の呪いの解呪に必要なのは、専門家――と当事者が思える相手――に呪物を仮託し、対処をしてもらえたと直観するのがなによりも効果的なのである。今となっては希薄な関係であっても頼られるのは悪い気分ではないし、下心を抱いていた後ろめたさもあって、私はひとまず安心させるために依頼を受けることにした。


 答えた後の、ようやく肩の荷が降りたと言わんばかりの、心底ホッとしたようなA子の顔を見れただけでも、いいことをしたような気分になった。


 その後、私はA子に自分の住所などを教え、梱包に使われていたダンボールと古新聞も一緒に送るように言って別れた。


 正直、オカルト好きはいまも変わっておらず、久しぶりに血が騒いでいた。

 鞄に入れた木箱の内側で、時折なにかが、カタカタと音を立てていた。

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