物流革命

新座遊

文明は物流にかかっている

とりあえず、トラックに跳ねられて死んだ。

文明を支えるのは物流であり、物流という巨大な体系の重要な要素として、箱を運ぶトラックがある。


箱というのはコンテナとも言うが、統一規格の大きさで、様々な輸送手段に対応可能な万能に近い入れ物だ。コンテナつまり箱こそが文明だと極論しても良いくらいだ。

そんな文明を象徴するコンテナを運ぶトラックにぶつかったのだ。逆に、文明の営みを阻害してしまった感もあるな。


つまるところ文明によって命を失ったわけであり、文明の中で生かされていたと自覚している身としては、本望と強がるしかない。ま、しょうがないか。


で、そういう諦めの境地が影響したのかしないのか、異世界に転移してしまった。

特に神様からチートなスキルを授かったわけでもなく、さらに残念ながら現代社会で高度な知識を学んだわけでもない凡人のままである。


それはそうと、なぜここが異世界と判るのか判らない。

しかし異世界という確信がある。

なぜだろう。回りを見回しながら考える。


森林を伐採して通したとおぼしき道路。

獣道よりはマシだが路面は舗装されておらず、土が踏み固まれた様子。

日中なのに、両側面の木々が、太陽の光を遮り、斑な影を作っている。影の延び方が不規則で何か違和感が。

空を見上げる。

あ、太陽が二つある。これが違和感の根源、理由なき確信の理由だった。

間違いない。異世界だ。太陽が二つある世界。ハビタブルゾーンを安定させるのが難しそうだが、絶妙なバランスで成り立っているのだろう。まあこれは人間原理的な結果論と判断すべきか。


こんな世界でどうやって生きていけばよいのやら。


せめてアウトドアな趣味を持ちサバイバルスキルでもあれば良かったが、インドアなオタクであり、漫画やアニメの知識くらいしか持ち合わせていない。

どうしたもんかな。


「おい兄ちゃん、なにボーッと突っ立ってるんだ。交通の邪魔だ」

馬車の御者台にいる男が声をかけてくる。

道は狭い。また、幅が一定を保っているわけでもなく、今立っている場所は、中でも狭い方なのだろう。馬車がギリギリ通れるくらいの。

どうやらインフラ開発に気を遣っている文明ではなさそうだ。


ともあれ、だ。言葉が通じる世界ってことは判った。

言葉は文化の歴史を積み重ねて間主観的合意の元に、音と意味とを変遷させる。

従って異世界で言葉が通じることが偶然というわけにはいかない。

とすると、先ほど、神様からチート能力を授かったわけでもなく、と思ったのは早合点であり、それが善意か悪意かは別として、何らかの意図によって言語能力のアジャストが行われたと判断できる。


「何考え込んでるのか知らんが、どいてくれ。まさか盗賊の一味で、荷物を奪うために馬車の足止めをしてるわけでもないだろ」

「盗賊。やっぱりそんな連中がこの世界には存在するんですね」

「この世界もどの世界も人間がいる限り盗賊はいるだろうよ。お前さん、どうやら異世界転移者だな」


異世界転移が認知されている世界か。

ここは腹を割って相談すべきか。どのような文化でどのような生活を送っているのかを聞き、今後の立ち振舞いを決めなくてはならない。質問は慎重に持っていこう。

「腹減ってるんで、とりあえず何か食い物ないですかねえ」

慎重に、と頭では考えていたのに、口から出た言葉は不用心極まる粗忽な内容になってしまった。

「しょうがねえ奴がいたもんだ。まずはこの世界の現状を質問してくるのが定番だろうに。あまり頭良くないな。まあいい、荷台に乗れ。町まで連れていってやる。町にある教会で転移者の生活を支援してくれる」


荷台に乗せてもらう。見ると大きさの統一された箱がいくつも並んでいる。コンテナより小規模だが、重要なのは、統一規格って点だ。

文明の灯火を垣間見た気分である。物流に気を遣う文化には、価値観をすり合わせできる秩序意識が浸透しているに違いない。


町に到着した。馬車はそのまま教会まで進む。わざわざ送ってくれるのかと感謝したが、御者台の男は首を振る。

「荷物の宛先が教会ってだけだよ。お前さんはついでだ」

教会から神父っぽいのが出てきた。

「ご苦労だったな。今回は何人死んだかね」

「箱の数だけ死んでますよ。まあ棺桶だからね」

「で、そこの兄ちゃんは誰だ。見かけない顔だが」

「多分異世界転移者だと思いますがね。ボーッとしてるんで、使い物になるのかどうか」

「使い物になろうがなるまいが、転移者のやることはひとつだけだ。教会が後ろ楯になって、魔族との闘いに送り込むだけだ。その兄ちゃんもチート能力で魔族と戦ってもらうからな」


嫌な予感がした。

「もしかしてその箱、つまり棺桶の中身は、異世界転移者の成れの果て、ってわけですか」

神父っぽい奴が嬉しそうに答える。

「ご明察。棺桶の規格が統一されてから、転移者の死体を回収しやすくなってね。大丈夫、教会まで持って来れば、復活の呪文で再生するから」

馬車の御者台の男が同意する。

「いわば、物流の革命ですな。はははは」

「わはははは」


その後、復活の呪文で生き返った転移者と一緒に、教会で生活しながら魔族との闘いに備えているとき、ふと思いついたことを言ってみる。

「統一規格の箱を、棺桶ではなく様々な生産品の運搬に使うと役に立つよな」と提案したが、

「アイテムボックスっていう魔法のせいで運搬の効率化に気を遣う奴は居ないよ。人間の死体はアイテムボックスに入れないという宗教的な制約があるから棺桶が役立ってるだけらしいね」

とのことだった。


まあいいか。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物流革命 新座遊 @niiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ