魔法少女はマスコットを殺しました

とまみザワ・トマミン

第1話 血塗れの魔法少女

 気弱、ぼっち、落ちこぼれ、そんな三拍子揃った普通より下の女子高生、闇崎ミヤコはある転機を迎えていた。


「闇崎ミヤコ、はじめましてボクの名前はイヴァース、魔法少女になる力を授ける妖精だよ」


 彼女の目の前には小動物によく似た生物が浮遊している、黄色のケモ耳に、猫のような柔らかそうな体、そして触り心地の良さそうな体毛。


 魔法少女のアニメやマンガなどでよく見る、紛うことなき妖精であった。


「わ、わたっ私に魔法少女の才能があるって....ほほ、本当ですか!?」


 絶対自分なんかには勧誘など来ないと思っていた。

 ミヤコは期待で胸を踊らせる。


「この世界には魔法少女たちと、それに対立する悪魔たちが存在するのは分かるね、もちろん魔法少女の支援は国ぐるみで行われているのも」


 この日本、いや世界の各国では魔法少女保護政策という体制が敷かれている場合が多く、これは悪魔と戦う魔法少女を全力で支援しようという政策である。

 ミヤコもメディアに多く露出している魔法少女を多く見てきたので知っていた。


「でも私みたいな陰キャに悪魔との戦闘経験なんか無いですよ、どどどうすれば....」


「心配いらないよ、魔法少女は変身さえすれば強大な身体能力と様々な能力や武器を扱うことができるんだ」


 それを聞いた途端、ミヤコは目を輝かせた。


「なっなんですかそれは! めちゃくちゃかっこいいじゃないですか! こんな私なんかで良ければ魔法少女になりますよ!」


「君は苦悩とかないんだね、大抵の女の子はこんなこと急に言われたら、大概悩むものだと思ったんだけど.......」


 イヴァースはミヤコのテンションに若干引き気味だったが、気を取り直して光る宝石の様なものを取り出した。


「ほら、これが魔法少女に変身するアイテム、エボリューション・クリスタルだ、それを手に持ちながらマジック・エボリューション と宣言するんだね」


「はわわっ....これで私も魔法少女に....マジック・エボリューション!!」


 渡されたエボリューション・クリスタルを握って、元気よく宣言する、すると。


 着ていた服が眩く真っ向したかと思いきや、魔法少女の衣装を形作っていく、いつの間にかミヤコは黒とピンクを基調とした可愛らしい服装に変わる、いつもの黒髪も色素が抜け落ちたかのような白髪に変化していた。


「変身おめでとうミヤコ、いや魔法少女ミャーコと呼んだ方がいいかな」


「はわわっ....可愛いっ! あんな地味な私がこんな姿に....イヴァースさんっ、勧誘してくれてありがとうございますっ!」


「礼には及ばないさ、これからの活動頑張ってね、ミャーコ」


 そして魔法少女ミャーコとしての生活が始まった。

 ちなみに彼女の持つ武器はチェンソーブレードという物だった、刀の様な長い刀身部分がチェンソーで出来ている、これで悪魔を苦しませながら一刀両断するのだ。

 ミャーコの固有の能力については何故か不明であった。


 彼女は着々と悪魔を殺し、メディアへの露出が増えていった、もはやこの国を代表する魔法少女といっても差し支えないレベルにまで到達していたのだ。


 この日もイヴァースから悪魔が現れたとの呼び出しがあり、現場に急行するとそこには、大勢の警官と自衛隊が厳戒態勢を敷いており、悪魔と交戦していた。


 肝心の悪魔の見た目は、巨大な薔薇の形をしたものであった、先程から周囲に巨大なトゲをばらまいて威嚇しているようだ。


「イヴァースさん、あの悪魔は?」


 思わずミヤコは尋ねてしまう。


「あれは見ての通り、薔薇に取り憑いた悪魔だね、このままだと警察の自衛隊も危ないよ、ほら君の出番だ魔法少女ミャーコ」


 ミヤコはいつも通り、エボリューション・クリスタルを取り出して宣言する。


「マジック・エボリューション!!」


 変身を済ませたミャーコは物陰から飛び出し、警官たちの前に躍り出た。


「魔法少女ミャーコが来ました! これより本格的な交戦に入ります!」


 警官たちはミャーコの後方から銃器を構える。


「撃て!!」


 そして無数の弾丸が薔薇の悪魔に撃ち込まれた。

 しかしそんなもので倒せるのなら魔法少女など必要ない、さも当然かのように銃弾を耐え切った悪魔はトゲをロケットランチャーみたいに飛ばした。


 が、そこにミャーコの姿はなかった、この銃撃はいわば陽動だ、彼女は既に悪魔の後方に回っていた。


「ミャーコ、おそらく奴の弱点はあの大きな花の内部にある、心臓部をチェンソーブレードで断ち切るんだ!」


「わかりました!」


 ミャーコは驚異的な身体能力で、悪魔の体を駆け上がる、悪魔は触手を伸ばし、ミャーコを叩き落とそうとするも、彼女はチェンソーブレードでお構い無しに切断していった。


 そして薔薇の花の元にたどり着いたミャーコは内部に赤く光る宝石のようなものを発見する、どうやらあれが悪魔の心臓部のようだ。


「あそこだミャーコ!」


「はいっ! 一刀両断ですっ!!」


『グギャアアアア!!』


 チェンソーブレードが心臓部を一刀両断すると、悪魔は断末魔を上げながら崩壊していった。


「おおおっ! 魔法少女の活躍で悪魔を倒したぞ!」


 警察や自衛隊は歓喜の声を上げる。


「今日もよくやったねミャーコ、疲れたかい?」


「いえ、これくらい朝飯前ですっ!」


 勝利の歓喜に酔いしれるミャーコたちだったのだが、その油断が彼女の人生を大きく変えてしまう事になる最悪の悲劇を招いてしまう。


『グッ....ギゴッ....』


 なんと薔薇の悪魔が、最後の力を振り絞って、ミャーコ目掛け巨大なトゲを飛ばしてきたのだ。


「....イヴァースさんっ! 後ろです! 奴が....」


 いち早く気がついたミャーコは、トゲを切断する為にチェンソーブレードを振りかぶった。


「大丈夫だよ、ミャーコ、ボクのシールドさえ展開出来れば....」


 そう言って彼女の前方に躍り出たイヴァースは黄色のシールドを展開した、しかしそれより早くミャーコはチェンソーブレードを振り下ろし始めていたのだ。


「イヴァースさんっ! 危ないっ!!」


(ダメだ、間に合わないッ....)


 ミャーコのチェンソーブレードはイヴァースの体を完膚なきまでに両断してしまった。


「あぎゃああああああああああああああ!!」


 イヴァースは、上げたことの無いような断末魔を上げながら、血飛沫を撒き散らす、当然ミャーコは体の至る所に返り血を浴びた。


「あっああっ....嘘....イヴァースさん....嘘ですよね、いやあああああああああ!!」


 ミャーコはその場で発狂する。

 現実から目を背けたいと思いつつも、目の前の両断された妖精という光景は否応無しに現実を突き付けてくる。


 周りの警官や自衛隊たちも大慌てで事態の収集に取りかかった。


 それから自分がどうしたのか分からない、自然に変身は解け、警察に保護され事情聴取、その足で家に帰された。


 家でミヤコはひとしきり泣いた、とにかく泣いた。


「イヴァースさんっ....どうして....こんなっ....」


 改めてこれは現実だと認識する、創作とは違うのだ、これは紛うことなき現実、理不尽に塗れたリアルだ。


 その日からミヤコは部屋に閉じこもった、もう変身する気も、悪魔と戦う気も無かった。

 ミヤコにとって魔法少女というのはイヴァースと二人で協力しながら活動するものだったからだ。


「....もう何日もお風呂入ってないや....入ってこよう」


 彼女はフラフラした足取りで部屋の扉を手をかける。


 あの日から一週間、ミヤコはようやく部屋の外に出る、両親は二人とも仕事に出ていて、平日の昼間特有の静けさがあった。


 服を脱ぎ、下着を下ろして、浴槽に浸かる。

 ようやくまともにものを考えられるようになってきた。


「はぁ....どうしてこんなことになっちゃったんだろう....私はただ、イヴァースさんを助けたかっただけなのに....」


 偶然が重なってしまった不幸な事故と思いたかったが、それだとしても手をかけたのは自分だ、彼には申し訳なかった。


 途端にあの時の光景がフラッシュバックする、続いて吐き気がグッと襲ってきた。


「うっ....おええっ!」


 彼女は浴槽から出て、床のタイルに向かって吐き散らかしてしまう。


「ううっ....」


 やはり涙が止まらなかった、精神的に参ってしまったのだろう。


 再び浴槽に浸かると、段々と落ち着いてきた。


「そろそろ出よう」


 体を拭きながら、引き出しを空け、着替えの下着と私服を取り出した。


「食欲はないけど....お茶くらいなら....」


 ミヤコは冷蔵庫からペットボトルを取り出し、コップに注ぐ、好物の冷えた緑茶がコポコポと音を立てる。


「やっぱり落ち着かせるならこれだよね....」


 グビッと一息に飲み下すと、ほんのり苦い味が口の中に広がった。


「はぁ....おいしい」


 そういえば最近、魔法少女ミャーコが活動しなくなった為、町が大丈夫だろうかと思い、彼女はテレビを付ける、すると臨時ニュースがやっていた。


「何かあったのかな....?」


 キャスターは淡々とニュースを読み上げる。


 テロップには一週間前の事故の事が書かれていた。


『速報です、一週間前の悪魔駆除作戦に乗じて保護指定生物、妖精イヴァース氏を殺害したとされている魔法少女ミャーコこと、闇崎ミヤコ容疑者に対して警察は正式に逮捕状を発付しました』


 驚くべき情報を見てしまったミヤコは手に持ったコップを取り落とした。

 ガラスが砕け散り、辺りに飛び散る。


「な、なんで....あれは事故のはず....私はそう説明したのにっ!!」


 そう、彼女は事情聴取でしっかりと事の次第を説明していたのだ。


「に、逃げなきゃ....早くここから!」


 もし逮捕されれば死刑になる可能性は高いだろう、妖精保護法という法律を破れば重罪は確定なのだ。


 ミヤコは青ざめながら、階段を駆け上がり自室に入る。


「必要なのは財布と....ええと着替えと....早くしなきゃ....ここに来ちゃう!」


 大きめカバンに財布などの貴重品や着替えを詰め、エボリューション・クリスタルはいざと言う時の為にポケットに仕舞う。

 そして外に出る用の服に着替え、頭には大きめのハンチング帽子を被った。


「ひっ....もうそこまで....」


 近くからサイレンの音が聞こえる、そしてその音はミヤコの家の前で止まったのだ。

 申し合わせたかのように呼び鈴が鳴らされた。


「闇崎ミヤコさーん、居ますか?」


 扉がドンドンと音を立てて叩かれ、ミヤコの心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。


(どうすれば逃げられる....多分外は大勢の警官に囲まれている....もしかしたらあそこなら!)


 ミヤコは一つの可能性に賭け、ある場所に向かう、そこは裏口だった。


 ミヤコ宅の裏口は外からでも見えにくい場所に設置されており、警察にマークされている可能性が低かったのだ。

 出てこないことを悟ったのか、警察は電動工具の駆動音を響かせ始める。


 昔、ニュースで見たヤクザの事務所にガサ入れする時と同じやり方だった。


「出てこいコラァ!!」


「はよ開けんかい!!」


 最初は優しく呼びかけていた警官の声が荒れ始める。


「怖い....怖いよ....お願いここにはいないでっ!」


 心の中で必死に祈りながら、キッチン横の裏口の扉を開けた。


 そこには誰も居なかった、そしてちょうどいいところに裏口には父が使っているバイクが置いてあった、鍵も差しっぱなしだ。


「免許はないけどお父さんの後ろに乗せてもらったから運転のやり方は何とかなりそう....!」


 もう考えている暇など無い、ミヤコは素早くバイクに跨り、ヘルメットを被ってエンジンを付けた。


 エンジンの大きな音と共にバイクが震え始めた。


「頼んだよ....本当にっ!」


 そしてアクセルを掛け、裏口から飛び出した。


「うわわわっ、やっぱりちょっとキツイかもっ! きゃっ! 危なっ!」


 初めてのバイクにバランスを崩しそうになるがかろうじて体勢を立て直した。


 後ろからミヤコに気が付いた警察が何かを叫んでいるが、聞こえないフリをして彼女は必死にアクセルを踏み続けた。


(いざとなれば魔法少女としての力もある....こんなよく分からない罪で捕まってたまるもんですか....!)

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