夏目海

第1話

ある晴れた日のことである。


目の前にある箱を手に、廊下を歩く。


これは、とてつもなく貴重なお役目だ。


なぜ私がこんな大役を、と思いつつ、余計なことを考えてはいけない、と我に返る。


けして、失敗してはならない。失敗すれば、全国民の知るところになる。


今、私の表情がテレビでアップで写っているのだろうか。


それを見た人々は私のことをどう思うのだろう。不男だな、頬にニキビができている、シワがよっているな、だなんて思うのだろうか。


ああ、また余計なことを考えていた。そんなことテレビの前の人は思わない。


国民の関心はこの箱であり、この箱を持つ男であり、男が箱を持って運んでいることである。


私に関心はまるでない。


少しだけつまずく。しまった。


つまづいた私を見て、SNSは盛り上がるのだろうか。「つまづいた」という単語が、トレンドの上位を占めるのだろうか。


そんなことはないだらう。おそらく、国民の大半は、一部始終を凝視しているわけではない。テレビをつけ「今どのあたり?」と、日常を送りながらたまに確認する程度だろう。


それに、上半身のみをテレビで放映しているだけであり、下半身まで写っていないかもしれない。


いやいやそもそも、この廊下の様子はテレビで映されないかもしれない。


ずっと先の部屋に集まる人々のみを放送しているかもしれない。


こんなことを考えているだなんて、誰も思わないだろう。


私の前を歩く者はどうだろう。私の後ろを歩く者はどうだろう。何を考えて運んでいるのだろう。へまだけはしないように、と思っているにちがいない。何かしでかしたら大変だと。転ぶだなんてもってのほかだ。


大役を頂けたことは光栄な一方で、あまりにも荷が重い。いやいや、私なんかがそんなこと思ってはいけない。これからこの箱を受け取る人は、もっと重責を担うことなるのだから。


さあいよいよ到着だ。あと少し。頑張れ私。


ああやはり、余計なこと思いながら運ぶのは不敬だろう。

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夏目海 @alicenatsuho

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