第8話

 天井に張り付きながら、俺は眼下を見下ろす。

 視線の先には巨大蜘蛛がいた。


 今は先ほどまで戦闘していた巨大蛇を引きずって歩いている。

 どうやら蜘蛛の方は糸で罠をつくって獲物が引っかかるのを待つといった狩りの仕方ではなく、自らの足で狩りを行うタイプのようだ。

 蜘蛛の糸に関しては蛇に巻き付けて引っ張るために使用している。

 それは自分の能力に自信があるからこそのやり方だ。


 その実力がある相手。

 俺にトラウマを植え付けた宿敵に今から挑む。

 気配も完全に遮断し、透明化も同時に使用しているからか奴はまだ気づいていない。


 やることは簡単だ。

 狩りの後で油断している蜘蛛を上から強襲し、一撃で頭胸部を切り落とす。

 これで俺の修行の成果が化物に通用するのかが判明する。


 集中する。

 イメージは巨大な刀だ。それを極限まで研ぎ澄ませる。

 そのまま落下していく。


【身体変化:部分巨大化+刀剣化】


 空中で球体の一部から巨大な刀を生み出した。

 結果は一瞬。

 俺の放った一撃は巨大蜘蛛の身体を一刀両断した。

 そのまま次の攻撃をしようと地面を転がり、視線を蜘蛛に向けた。


(よし! 次は魔法で追撃を……)


 だが、どうやらその必要はなかったらしい。

 地面に綺麗に半分に切断された蜘蛛が倒れていた。

 足がピクピクンとしていたが、それもすぐに止まった。


(OH)


 その光景に俺はドン引きしてしまった。

 紫の血が吹き出し、謎の贓物がズルズルと溢れ出る光景なんて気持ち悪い以外のなにものでもない。

 自分がやったことだけど、少しやり過ぎたかもしれないと心の中で『蜘蛛さんごめんなさい』と謝ってしまった。


 手を造ってから南無~と一応言っておいた。

 そこでやっと修行の成果に喜びが湧いてきた。


 ぶっちゃけて言うと、今回の闘いは俺は勝てるとは思っていなかった。

 たった数回の遭遇で逃げることしかできず、あまり情報がなかったのもあるが。

 なにより攻撃が通用するのかが未知数だったからだ。

 正直いうと、攻撃が通用しなかったら魔法で敵を攪乱して逃げようと考えていたのだ。


 けど、俺の予想とは違い思った以上の威力でオーバーキルしてしまった。

 奇襲だったということもあるが、攻撃が通用する以上はやりようはあるということがわかった。これはいい収穫だ。

 加えて、蜘蛛の攻撃もすでに認識できることがわかった。

 それはつまり真正面からの戦闘も通用するということだ。

 だからといって、別に思い上がるつもりなんてない。自信はついたけど、よっしゃー敵は駆逐だ!とはならない。


 なぜならまだ全然怖いからだ。


 怖すぎる。死んでもなお蜘蛛にビビッてしまう。

 人間そう簡単には変われないってね。あ、光球か。あははははは。

 はぁ。若干ハイになりかけたが自制して、蜘蛛と蛇の死体に向き合う。


(さて、この死体どうするべきか)


 目の前には大きな死体の山が二つだ。

 拠点の洞穴からは少し遠いが腐敗したり、死体におびき寄せられて危険な化物が拠点近くに来るのは避けたいところだ。


 そこで俺は死体を持って帰ることにした。

 俺は身体を巨大化させて死体を身体に吸収していく。

 これも修行の成果の一つだ。どれくらい収納できるのかは不明だが、身体の中にものを収納できるようになったのだ。

 ただ魔力消費量が多すぎてあまり頻繫には使えないというのと、収納したものは体内に入れると時間が停止するわけではないという点だ。

 つまり、生ものは腐って地獄みたいに臭くなるのだ。


(はやく帰って体内から取り出そう)


 そうして俺は初めての戦闘の戦利品を持って拠点に帰った。



 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 拠点に帰ってから数日。

 俺は持ち帰った死体を使ってさらに色々と検証を重ねていた。


(死体は魔力に変換して吸収することができるのか)


 俺は体内に格納した死体を魔力に変換することができるようになった。

 それで相手の力を吸収するなんてことはできなかったが、少しだけ魔力総量が増えることに気が付いた。

 これは中々にすごい発見だった。これまでは魔力総量は倒れるまで使い果たして、周囲から魔力を集めて最大値まで回復しなければ増えることはなかった。

 

 最近では最大値も多くなり、倒れるまで魔力を使用することは難しくなっていたからありがたいことだ。

 それに気づいてから日に一度はワンターンキル戦法で怪物を倒して吸収するようにした。けれど、通算100体目を超えた当たりで魔力総量はピタリと増えなくなった。

 しかも、どういうわけか洞穴の周辺には怪物が出ないという現象が起きた。


(……これはチャンスなのでは?)


 そこにきてようやく俺は思い出した。

 そういえば洞窟の外に脱出するために修行していたんだったと。

 当初の目的を思い出した俺はすぐに行動を開始した。


 そして、ある程度の支度をして洞穴から出ようとした時だった。

 鈍化していた感情が奥底から湧き上がってきた。


(大丈夫。大丈夫だ)

 

 修行しているという感覚で洞穴の外に出るのは大丈夫だったが、

 いざ行動に移そうとすると身体が震えた。

 何度も戦闘を繰り返した。自身の実力が通用するのは証明済みだ。

 しかし、それでも怖い。


(もし俺の力が通用するのがここの奴らだけだったら)


 今更になって怖くなるなんてなさけない話だ。

 トラウマだった蜘蛛も何度だって倒したし、他の化物だって倒してみせた。

 だったら後は勇気の問題だった。

 そして、俺は一度深呼吸すると洞窟の脱出のために拠点を後にした。

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