二十一の巻 成就
[二十一]
幸太郎は我のお祓いを必死にお願いしたが、貴堂沙耶香は無理の一点張りであった。
話を聞く限り、どうも、祟り神のお祓いはやった事がない上に、そもそも、人に憑いた事例がないとの事だそうじゃ。
つまり、やり方がわからんという事なのじゃろう。
おまけに、我の霊力が強い為、普通の術者では負けてしまうとも言っておった。
もしできると仮定するなら、相当に強い霊力が集まる場所で行い、且つ、複数の術者によって共同で行わないと無理かもしれないとの事じゃ。
これは少し興味深い話であった。
じゃが、何れにしろ、可能性としてなくはないが、今すぐどうこうするのは無理なのじゃろう。
しかし、我はなぜ、幸太郎に憑くことになったのじゃろうな?
誠に不思議な縁じゃわい。
まぁそれはともかく、アテが外れたのう、幸太郎よ。ほほほほ。
「さて……とりあえず、貴方は年下だし、三上君て呼ばせてもらうわね。それで話を戻すけど、今言ったとおりよ、三上君。私は元々、邪気の調査や結界専門の術者だから、除霊やお祓いは苦手なの。ごめんね」
「やっぱり、無理ですか。他の術者の方でも無理ですかね? できそうな人とか知りませんか?」
幸太郎は元気なく、貴堂沙耶香に訊ねた。
じゃが、無情にも貴堂沙耶香は頭を振ったのである。
「残念だけど……私は普通の術者の方しか知らないわ。その人じゃ、恐らく、貴方に憑いた祟り神のお祓いは無理だと思う。というか、見た瞬間に、多分、諦めると思うわよ。私もビビるくらいの霊力の威圧だったから」
それを聞き、幸太郎は青褪めていた。
恐らく、改めて専門的な者に言われたので、ショックが大きいのじゃろう。
「そんな……て、事はもう、手はないんですかね? 何か知ってる事があれば、教えてください。俺はもう……限界ッス」
貴堂沙耶香は困った表情で腕を組み、溜息を吐いた。
「そう言われてもね……とりあえず、貴方のような事例は特殊なのよ。私も、祟り神に呪いを掛けられたとか、強力な悪霊に憑かれたとかは聞いたことあるんだけどね。でも……祟り神に憑かれたなんて聞いた事ないもの。ごめんなさいね……力になれなくて」
貴堂沙耶香は意外にも、申し訳なさそうに頭を下げた。
まぁ無理な事は無理という事じゃろう。
そして幸太郎は、それを聞き、両手で顔を覆ったのじゃった。
「そうですか……無理ですか。ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒィン……」
幸太郎から笑い声が聞こえてきた。
「ほほほほ、幸太郎よ、何を笑っておるのじゃ。余裕じゃな、お主」
と、その直後、幸太郎は即座に面を上げ、我を睨んだのじゃ。
しかも涙目であった。
どうやら泣いてたようじゃ。
「泣いてんだよ! 疫病神! ああ……もう誰か、タイムマシン作ってくれよ。過去に戻って、あの時の自分を止めたいよぉ……」
貴堂沙耶香は我等のやり取りを見て、キョトンとしていた。
「ねぇ、三上君。貴方……あの空洞での話は本当なの?」
「ええ、本当ですよ。だって、嘘つく理由はないですからね。洗いざらい話したので、少しすっきりしましたよ」
すると意外にも、貴堂沙耶香は口元に手をやり、噴き出したのじゃった。
「ぷっ、あははは、ああ、オッカシィ。本当に、アホの子だったんだ、三上君。あははは、何それ、ウケる、あははは」
貴堂沙耶香は腹を抱えて笑っていた。
ツボったようじゃ。
「あの……傷付くんで、笑わないでもらえます? 人生最大の黒歴史なんで」
幸太郎はひんやりとした流し目を、笑いまくる貴堂沙耶香に送った。
「まぁでも……今見た感じだと、それほど危険な祟り神じゃなさそうだし、別にそのままでもいいんじゃないの? それに、古代日本の祈祷師みたいな感じだから、たぶん、人柱になった方が祟り神になってしまったのかもね。というか、普通に会話できる祟り神なんて初めて見たわよ」
貴堂沙耶香は感心したように頷いておった。
ほうほう、我はどうやら特殊な存在のようじゃな。
「しかし、古代日本のう……我は昔の事が思い出せぬのでな。じゃが、人柱か……記憶にないな」
我は何で、このような姿になったのじゃろうのう。
まるで思い出せぬわ。
「あの、貴堂沙耶香さん……そのまましといたら、陰の気が溜まる一方なんで、俺が不幸になるばかりじゃないですか。もうコリゴリなんですよ。なんとかなりませんかね?」
「でも、他に方法ないわよ。私は祟り神を鎮める術者は知ってるけど、憑りついたのを祓える術者なんて知らないもの。それに……言い方は悪いけど、その祟り神は、三上君に憑いてる事で、ある意味、鎮まってると思うからね」
そのあんまりな言い方に、幸太郎は天を仰いだ。
「ああ、もう……また、振り出しか。仕方ない……また適当に厄落としていくしかないか。それか、どっかの俳優みたいに、山籠もりでもするかな……はぁ」
すると貴堂沙耶香は、そんな幸太郎を面白そうに見ていたのじゃった。
この女子の顔……案外、気に入ったのかもしれぬのう。
「ねぇ、三上君、ウチに来る?」
「貴堂沙耶香さんの家にですか?」
「違うわよ、ウチの会社よ」
幸太郎は軽く鼻で笑った。
「フッ……貴堂沙耶香さん、この疫病神の力を見くびると、エライ目に遭いますよ。今まで3社渡り歩きましたが、それらの会社全てで、業績悪化と信用悪化と資金繰り悪化が、理不尽な理由で起きましたからね。自分で言うのもなんですが、コイツを甘く見ると、足元を掬われますよ。俺が言うんですから、間違いないです。今まで、何人の者達が泣いてきたか……」
そして幸太郎は、遠い目をして窓から見える夕焼けの海辺を眺めたのじゃった。
経験者は語るじゃな。肩のあたりに哀愁が漂っておるわ。
ちなみに、貴堂沙耶香はそれを聞き、笑みを浮かべていた。
この女子はこの女子で、わけのわからぬところがあるのう。
「あら、面白いじゃない。それに、適度に厄落としをしていけば、大丈夫なんでしょ。ねぇ、疫病神さん?」
「まぁのう。じゃが、陰の気を沢山放出するには、今回のような極悪人が絶望したときか、あるいは、邪悪な怨霊や妖魔を呪術や方術を使って倒すかせねば、上手く消えてくれぬからのう。なかなか大変じゃぞ。幸太郎は、妖魔退治はあまりしたくないみたいじゃしな」
貴堂沙耶香は意外そうに首を傾げた。
「え、そうなの? なんでしたくないの、三上君?」
「んなもん、決まってるじゃないですか。危険だからですよ。何回かしましたけど、アイツ等は火吹いたり、凄い動きで襲い掛かってきたりしますからね。対応間違えると、コチラが危ない。おまけに、怨念の籠もった変な気を沢山出してきて、その度に、俺が陰の気を集めてしまうんで嫌なんですよ。倒したとしても、プラマイゼロという日もありましたしね。まぁ早い話が、効率が悪いんです」
そう、そこが問題じゃった。
幸太郎も何回か、妖魔の類と相まみえる事もあったが、それがある故、思ったほど陰の気を放出できなんだのじゃ。
極悪人の方がすんなり取り込んでくれるので、幸太郎はそっちに重きを置いていたのじゃった。
世知辛い世の中じゃて。
「へぇ……でも、呪術を使えば、溜め込んだ邪気は消えていくのよね?」
「まぁね。でも、呪術で放出した陰の気はですね、目的を持って対象にちゃんと届かないと、自分に返って来るんです。ただ放出すれば良いってわけでもないんですよ。人を呪わば穴二つじゃないですけど、そうなるんですわ。困った事に……」
今までの苦労が蘇ってきたのか、幸太郎はゲンナリとしていた。
「なら、術具に霊力を籠める作業をすればいいんじゃない? 陰の気と霊力は同じだから。それじゃあダメなの、祟り神さん?」
「術具に陰の気を籠めると言っても、呪符に籠める程度じゃ、たかが知れとるからのう。それでは幸太郎の陰の気は落とせぬぞ」
すると貴堂沙耶香は、首を左右に振ったのじゃ。
「ふふふ、そうじゃないわ。今の世には、もっと大きな霊媒の術具があるのよ。それこそ池に水を蓄えるみたいにね。ま、精霊石みたいなモノかしらね」
今の世は呪術関係のモノも、意外と便利になっておるようじゃ。
「ほうほう……それは初めて聞くのう。して、どのようなモノなのじゃ?」
「大きな結界を張る時に使う霊力源として使うから、そこそこ大きいわよ。といっても、まぁ大きさはそれぞれだけどね。大きいモノだと、普通車くらいあるかな」
「へぇ、ちなみに……それってどれだけの陰の気を溜めれるんですかね?」
幸太郎も興味が湧いたのか、話に食いついてきおったわ。
「そうねぇ……大きいモノだと50人分の霊力を溜め込めるのかな。といっても、術者の霊力の強さにもよるから、一概には言えないけどね。でもまぁそんな感じよ。だから、厄落としは捗るんじゃないかしら」
それが本当ならば、幸太郎の厄落としはお釣りがくるくらいかもしれぬのう。
「どうする、幸太郎よ。それだけの陰の気を籠められるなら、お主の悩みはほぼ改善されるかもしれぬぞよ」
すると幸太郎は居ずまいを正して深く頭を下げ、また土下座をしたのじゃった。
「貴堂沙耶香様、お願い致しまする。私にはもう選択肢はございませぬ。何卒、よろしくお願い致しまするぅ」
「じゃあ、決まりね。これからはよろしくお願いするわよ、三上君。給料面に関しては、後日、打ち合わせしましょう」
「はい、承知しましたぁ」
そして貴堂沙耶香は、少しほくそ笑んだのであった。
これは良い人材を見つけたと思っておるのじゃろう。
とはいえ、幸太郎に嫌悪感を示さなかったので、この女子もそれなりに不幸じゃとは思うのじゃがな。
何もなければよいがのう。
ま、どうでもええ話じゃがな。
さて、また幸太郎に楽しませてもらうとするかの。
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