十八の巻 真相

    [十八]



 幸太郎の指先はある人物へと伸びていた。

 この場にいる者達は皆、その指先を追っている。

 そして、息を飲んだのじゃった。


小早川孔明こばやかわよしあきさん……貴方が、この連続失踪事件の犯人です」


 その瞬間、この場は時が止まったかのように、シンと静まり返っておった。

 幸太郎は鋭い目で、小早川を見据えている。

 小早川は何が起きたのかわからない表情であったが、程なくしてその意味に気付き、慌てて立ち上がった。


「お……おい、おいおいおい、いきなり何を言うんだ、三上君! 俺が失踪事件の犯人だって? そんな馬鹿な事があるわけないだろう!」


 声を荒げる小早川に対し、幸太郎は真顔で首を左右に振った。


「いいえ……貴方ですよ、小早川孔明さん。貴方が失踪事件の犯人だ」


「君ねぇ……いい加減にしたまえ! 人の善い俺でも、それは流石に聞き捨てならないぞ! 大体、どういう根拠があって俺が犯人だと言うんだ。馬鹿馬鹿しい……ん? 君……さっきから何してるんだ?」


 幸太郎はそこでウンウンと頷きながら、隣りにいる女子の霊の言葉に、耳を傾けていた。

 謎を解くなどと言いつつ、霊の証言を聞いて、追い詰めるつもりなのじゃろう。

 他の者達も、この行動に首を傾げておるわ。

 まぁ無理もないところじゃな。

 この者達に幽世かくりよの者は見えぬからのう。


「ああ、すいませんね。失礼しました。今、電波受信してたところです」


「は? で、電波? 何を言ってるんだ、君は?」


 幸太郎は不敵に微笑み、話を続けた。


「それは内緒です。では、話を続けますね。ええっと、小早川孔明さん……貴方が犯人ですが、貴方だけではないそうですね。他に協力者がいたようです。実はね、この失踪事件は、1人では出来ないんですよ。そう……協力者がいないと、絶対に警察の目を搔い潜れない。そして……その事こそが、貴方を犯人だと指し示しているんです」


 春日井が勢いよく立ち上がった。


「協力者だって!? ……どういう事だ一体?」


「皆、コイツの言うことを真に受けるな。全部、デタラメだッ!」


 小早川は幸太郎を指差し、大きな声を上げておった。


「ある方から聞きましたよ……このホテルを管理していた指定管理業者、株式会社SCフォートは、貴方の父親が代表を務めるKYマネジメントコーポレーションの子会社みたいなモノらしいですね。まぁ共同出資の会社なので、厳密には違うのかもしれませんが、そういう立場の会社であった。つまり、貴方は……このホテルに対し、強権を振るえる立場にあったわけだ」


 小早川はそれを聞き、目を大きく見開いた。


「な、なんでその事を……い、いや、違う。ふざけるな! 俺は何もしちゃいない! 大体、親父の会社の子会社というだけで、そこまでできるわけないだろう!」


 おおう、動揺しとるわ。

 案外、落ちるのが早そうじゃ。


「そうですかねぇ? 貴方は恐らく……このホテルの支配人に、こう言ったんじゃあないですか? 『俺さ、SCフォートの親会社であるKYマネジメントの社長の息子なんだよね。明日、彼女と泊まりに来るから、色々と手を貸してよ』と。そして……支配人は何も知らず、犯罪の片棒を担がされ……後は言いなりになってくれた。そうじゃないんですか? 小早川さん」


「な、何の根拠があってそんな事を言うんだ! いい加減にしろ!」


 小早川はそう言いつつも、幸太郎から目を逸らしていた。


「根拠ですか? それはね……貴方の仕業と教えてくれる者がいるからですよ。さて……」


 幸太郎はそう言うと、空洞内の壁に視線を向け、耳に手を添えた。

 するとそこからは、小さく「カサカサ」という音が聞こえていたのじゃった。

 北条姉妹はそんな幸太郎を見て、ポカンとしながら首を傾げていた。


「み、三上君……一体、何をしてるの?」


「壁からカサカサと音が聞こえますけど……それがどうかしたんですか?」


 向こうの準備も、そろそろ整いそうじゃな。

 幸太郎は監禁されておる間、ずっとあの呪術を使っておったからのう。

 この地下の空洞はおぬの気で満ちておる。

 この状況下なら、確かにあの術はうってつけかもしれぬな。

 さぁて、どんな反応をするやら。

 とはいえ、まだもう少し、時間が必要じゃろうがの。


「ん~もう少しかな。まぁいい。話を続けましょうか」


 幸太郎は仕切り直しとばかりに、皆に振り向いた。


「ええっと、根拠でしたっけ? それは今、貴堂沙耶香さんが仰ってくれたじゃないですか。北条弥生さんの失踪日に、貴方の名前が宿泊名簿に載っているからですよ」


「な!? 何を言っている。それなら海藤さんもそうだろ! というか、皆、失踪日に泊まっているじゃないか。いい加減なことを言うな!」


 小早川の顔は、かなり険しい形相に変わっていた。

 人の善い雰囲気は全くない。

 地が出ておるのう。

 もう、なりふり構わぬ感じじゃな。

 こういう時の幸太郎は、相手を逆撫でて、上手く転がすからの。


「ああ、それですか。そんなの当たり前じゃないですか。身内がこの八王島で行方不明になったんですよ。確認しに来るに決まってるでしょ。大体、行方不明者の宿泊日がわかっても、失踪した日がいつかなんて、正確にはわかりませんよ。特に、行方不明者がホテルをチェックアウトとかしてたらね。そうでしょ? 貴堂沙耶香さんに春日井刑事?」


【ええ……そうです。我々が言う失踪日は、捜索願が出された日のモノです】


「まぁ確かに、新たな事実でも出ない限りは……行方不明日の特定は難しい。刑事の俺が、こんな事を言うのもなんだがな……」


 春日井は面目なさそうに溜息を吐いた。


「小早川さん……そういう事なんです。つまり、ここで言う失踪日は、家族や関係者が捜索願いを出した日なんです。だから失踪日に宿泊してるんですよ。この八王島は、そう簡単に来れる所じゃないので、宿泊するのも必然というわけです。言っときますけど、不安で一杯の家族なんですよ。当然、自分達でも捜索をしたいでしょう。ですが……なぜか、その最初の行方不明者の捜索願が出された日に、宿泊していらっしゃる方がいる。そう、貴方ですよ。貴方……5年前、捜索願が出された日……この宿泊施設で一体何をしていたんですかね?」


「な、何をって、旅行に決まっているだろ。遊びに来ていたんだよ」


「へぇ、誰と?」


「1人でだ!」


「へぇ、1人で旅行ねぇ」


 幸太郎はそこで鉄格子へと視線を向けた。


「ええっと、貴堂沙耶香さん、質問です。北条弥生さんが宿泊してから、捜索願が出されるまでの宿泊名簿と、小早川さんの宿泊履歴って勿論、調べてありますよね?」


 するとそこで鉄格子が開き、貴堂沙耶香が中へと入ってきた。

 手にはタブレットパソコンと呼ばれるモノを携えている。

 もうこういう状況じゃから、この女子もこちらに来たのじゃろう。


「ええ、調べてありますよ、三上さん」


「やっぱりね。で、どういう風になってますかね?」


 貴堂沙耶香はタブレットパソコンに目を落とした。


「北条弥生さんの宿泊日には名前が書いてないですが、その4日後に小早川孔明さんは宿泊している事になってます。それから1週間ほど連泊していますね。つまり、その間に、北条さん一家から捜索願が出たという事です」


 小早川はそれを聞き、少し顔を顰めた。

 恐らく、痛いところを突かれたのじゃろう。


「なるほどねぇ……ですが、私の予想では、小早川さんは北条弥生さんと共に宿泊している筈です。恐らく、4日間は偽名で宿泊したんでしょう。八王島にいるのに、全くいないというのも不自然なので、予防線を張って宿泊名簿に名前を載せたんでしょうね。まぁでも、支配人達は犯罪の片棒を担いでしまったので、さぞや、怖かったでしょうねぇ……このホテルで、寝ずの番をしなければならなくなったのですから」


 その直後、全員がギョッと目を見開き、幸太郎へ視線を向けたのじゃった。

 この場にいる者達は皆、次々と出てくる信じがたい言葉に、驚いておった。

 無理もない。普通ならば、知る事が出来ぬ内容を話しているのじゃからの。

 貴堂沙耶香も、怪訝な目で幸太郎を見ておるわい。


「三上さん……それは本当ですか? いや、そもそも、貴方はどこで、そういった情報を得たのですか? 我々は色々と手を尽くしましたが……小早川さんが行方不明者について何か知っているんじゃないか? としか、わからなかったのに……」


 やはりこのイベントは、行方不明者について調べるモノだったようじゃ。

 幸太郎の予想通りじゃな。


「デタラメだ! こんな奴の言う事なんか信じてどうする! 大体、証拠がどこにあるというんだ! というか、なんで俺が誘拐犯みたいになってんだよ! ふざけんな! 名誉棄損で訴えてやる!」


 小早川は声を荒げ、恨みの籠った目で幸太郎を睨みつけていた。

 そして幸太郎は、そんな小早川に向かい、ニヤリと笑みを浮かべたのである。


「お前! 何がおかしい!」


 貴堂沙耶香は、そこで不安げに幸太郎を見た。


「三上さん……小早川さんはこう言ってますが、本当に証拠はあるのですか?」


 恐らく、これがイベントを企画した理由なのじゃろう。

 証拠がないので、貴堂沙耶香達は小早川に自白させようとしたに違いない。

 まぁしかし……小早川も相手が悪かったのう。

 方術や呪術に長けた今の幸太郎を欺けるものなど、そうはおらぬぞよ。


「ええ、証拠ならありますよ。但し、その前に、ちょっと訂正させてください」


「何……訂正だと?」


「ええ。まぁ訂正するというか、付けたしですがね。では訂正を発表いたします……貴方は誘拐犯であり、そして……連続殺人犯です!」


 その一言で、小早川の表情が固まった。

 それは他の者達も同様であった。

 この場の空気は一気に冷え込んでいった。

 貴堂沙耶香もこれには驚いたのか、大きな目になり、呼吸が少し荒くなっていた。

 予想外の言葉だったようじゃ。


「み、三上さん……連続殺人犯ですって……どういう事ですか?」


 と、貴堂沙耶香。

 他の者達もそれに続いた。


「おい、殺人だと……」


「え……三上さん、それって……」


「三上さん……嘘でしょ……」


「さ、殺人……」


「どういう事よ……」


「君……どういう事だ……誘拐じゃないのか……」


「な!?」


「そ、そんな馬鹿な……」


 この場にいる者達は皆、恐ろしいモノを見るかのように、弱々しく声を上げていた。

 その意味を理解したからじゃろう。


「非常に……残念なお知らせです。俺もこんな事を、皆様にお知らせするのは心苦しい……。だが、見過ごせないのでね。あえて告知させて頂きました。コイツは……シリアルキラーなんですよ。今からその証拠をお見せしましょう!」


 幸太郎はそう言って、モルタルで仕上げられたという綺麗な壁の前に移動した。

 すると、「カサカサ」と聞こえていた音は、いつの間にか、しなくなっていたのである。

 どうやら、証拠が届いたようじゃな。

 幸太郎はそこで大きく呼吸し、壁に両掌を真っすぐに当てた。

 そして、自身のおぬの気を大きく練り上げ、掌からソレを一気に放出したのじゃ。

 その刹那、掌を当てた壁に無数のヒビが走り、崩れ落ちたのである。

 おぬ破勁はけい

 そういう名の方術じゃ。

 今の世で言うなら、鬼の破勁といったところか。

 この術に関しては名前を憶えておったわ。

 他は結構忘れておるんじゃがのう。

 まぁそれはともかく、生身では出せぬ力じゃな。

 陰とは霊魂でもある……つまり、これは魂の力によるモノじゃ。

 まぁとはいえ限度はあるがの。

 幸太郎はこの壁の厚さを調べて、イケると踏んだんじゃろう。


「か、壁が崩れたぞ……なにをしたんだ、一体!?」


「嘘……凄い、三上さん……」


 この場にいる者達は皆、口々に驚きの声を上げていた。

 貴堂沙耶香もであった。


「三上さん……まさか、貴方……」


 どうやら呪術者と気付いたようじゃな。

 しかし、後が大変そうじゃぞ、幸太郎よ。

 何を取引するのか知らぬがの。

 幸太郎はそこで皆に振り返った。


「皆様……こちらに来て、ご覧ください。この壁の向こうを……そして、そこにいる可哀想な方々を」


 この場にいる者達は生唾を飲み込みながら、恐る恐る壁へと近づいた。

 そして……その様子を目の当たりにし、全員が息を飲んだのじゃ。


「こ、これは!」


「嘘でしょ……こんな事って……」


「何よ、これ……イヤァァァ!」 


「ああああああ……こんな……こんな事がァァァ!」


 幸太郎は何も言わなかった。

 予想通りの悲しい姿がそこにあったからじゃ。

 壁の奥にあるモノ……それは、若く美しい女子達の惨たらしい裸の亡骸であった。

 一糸纏わぬ姿の為、人形の様にさえ見える。

 じゃが、ある者は手足がミイラのように、ある者は骨が見え、肉が爛れていた。

 しかし……奇妙な事に、多くの亡骸はそこまで腐敗はしておらなんだ。

 そう、綺麗な亡骸が多かったのじゃ。

 特に顔は綺麗であった。

 今にも動き出しそうなほどじゃ。 


「ウワァァァ……星良……お前……こんな事になっていたなんて……クソックソックソッ!」


 春日井はそれを見るや崩れ落ち、床を力一杯叩いていた。

 そこにある亡骸は、顔が判別できるくらいに綺麗なモノが多い。

 身内の者ならば、すぐにわかるじゃろう。

 そういえば、幸太郎は言っていた。

 小早川が狂った原因は、奴が学んでいた法医学にあると。

 我はその辺の事はわからぬが、幸太郎が今、それを説明してくれるじゃろう。

 さてそれはともかく……なぜ、この者達がここにいるのか?

 それは、幸太郎が呪術を使い、この者達を連れてきたからに他ならぬ。

 遺体が自ら土を掘り、ようやく、この者達はここまで辿り着いたのじゃ。

 我が教えた反魂の術を使っての。 


「お姉ちゃん……イヤァァァ!」


「弥生……なんで」


 北条姉妹は泣き崩れていた。

 他の者達も同様であった。

 この惨状を目の当たりにし、力が抜けたように膝を付いていた。

 そして、この場は悲哀に満ちた空間となったのである。

 悲しいのう。人の世は……。

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