十七の巻 不幸転生

  [十七]



 幸太郎の提案を聞き、この場は騒然となっていた。

 皆の視線は、幸太郎へと注がれている。注目の的じゃ。

 行方不明者と犯人の謎を解くというのじゃから、まぁそうなるじゃろうのう。


「み、三上君……どういうこと? 行方不明者の謎って……それに犯人て……」


 明日香は恐る恐る、そう訊ねた。


「もしかして……何かわかったんですか、三上さん」


 日香里は目を見開き、幸太郎を見ていた。

 それに対し、幸太郎は悲しげに頷いたのじゃった。

 起きてしまった事は変えられぬからのう。悲しい事じゃがな。


「ええ、残念ながら……ね」


 空洞内はざわついていた。

 するとそこで、貴堂沙耶香の大きな声が響き渡ったのである。


【お静かに!】


 その直後、空洞内は静まり返った。


【オホン、失礼しました。それで三上様……取引とは何なのです?】


 ほう……食いついてきおったの。

 しかし、何を取引するつもりなのやら。

 そういえば、貴堂沙耶香が呪術者かもしれぬと言ったら、幸太郎はニヤッと笑っておったのう。

 たぶん、何かを企んどるんじゃろうが、なんじゃろな。

 まぁええわ。


「私が持ちかける取引は、貴方と2人だけで、ある事柄についての交渉です。それも……他者を交えず、1対1での交渉を極秘でお願いしたい。ですが、今は交渉内容については明かせません」


【交渉内容は明かせないですって……どういう事ですか?】


 貴堂沙耶香の怪訝な声が聞こえる。

 あの厳しい女子も、幸太郎に少し振り回されておるの。

 面白い展開じゃ。


「その言葉の通りです。でも、貴方なら対処可能かもしれない事案です。無理ならば、私も引き下がりましょう。どうです、この条件で、取引き出来ますかね?」


 暫し沈黙が続く。

 程なくして、貴堂沙耶香の声が聞こえてきた。


【交渉内容が気になりますが……私で可能という事ならば、まぁ良いでしょう。ですが……もし暴けなかったら、我々は貴方に損害を請求します。我々の計画を邪魔したのですからね。それでも良いのですね?】


 幸太郎は満足そうに笑みを浮かべた。


「ええ、構いません。では、取引成立という事でよろしいですね?」


【自信がおありのようですね……わかりました。取引成立で良いでしょう。では三上様、始めて下さい】


「わかりました。それでは、続けさせて頂きます」


 幸太郎はそこで視線を戻した。


「はい、それでは話も纏まったんで、不幸話を再開しますね。それでですが、ちょっと多いんで、身の回りで起きたわかりやすい不幸だけ抜粋します。ええっとですね……供養塔を倒した後、まず最初の不幸は家族に来ました。父は会社の業績悪化で職を失い、母は交通事故で足の骨を折り、妹は学校の帰り道、なぜか倒れてきた木材により、腕と足を骨折。第2段は、家が放火に遭い、隣近所数件が延焼し、住む場所まで滅茶苦茶になりました。しかもですね、その時来た消防車に、親父が跳ねられるという、有り得ない不幸付きです。まぁ大事には至りませんでしたがね。とはいえ、不幸中の幸いなのか、大きな火事にも拘らず、死者はゼロでした。ですが、お陰で私の一家は、住む場所をなくしてしまったのです。そこからは市営団地での生活となりました。かなり生活が厳しくなったのは、言うまでもありません」


 幸太郎は遠い目をしながら不幸を語る。

 明日香と日香里は口元に手を当て、気の毒そうに幸太郎を見ておった。

 他の者達も同様じゃ。


「当時いた友人達も、不幸続きの私を憐れんでくれましたが、私の不幸はなぜか連鎖します。そう……友人達にも不幸の波が押し寄せました。一家離散や交通事故、そして家庭崩壊、挙句は地盤沈下で友人宅が半壊等々。まぁ全部が全部、私の所為ではないのかもしれませんが、そういった事も友人達には往々にして起きておりました。さて……ここまで話せば皆さんも、もうお気付きの事と思います。そうなんです! 私はどうやら、あの供養塔を壊した事により、疫病神に憑りつかれてしまっていたようなのです。あの女は……最悪な疫病神だったのです! まさに【祟りじゃァァァ!】といったところでしょうか。あの供養塔を壊して以降、私の人生は不幸続きになりました。それはまるで、別の人生を歩んでいるかのようでした。不幸より転じて生を拾う……私はそんな、不幸転生の奥義の中での生活を余儀なくされたのです! ああ、なんてアホな事をしたんだッ、俺はッ!」


 幸太郎は自虐的に、面白おかしく不幸を語っていた。

 これは、己に対する戒めでもあるのじゃろう。

 まぁ反省はしとるに違いない。

 しかし、聴衆はその話を聞き、表情が固まっておった。

 多分、頭の中で整理がつかぬのじゃろう。


「しかし、私はそんな不幸にもめげず、頑張って勉強し、県内で有数の進学校に進学しました。そして、私が家にいると家族に迷惑が掛かると思い、高校からは寮生活を選んだのです。しかし、不幸の神は、住む場所が変わったからといって、容赦してくれません。寮内でボヤ騒ぎがあったり、凄い変態が出たり、校内では変態行為に及ぶ教師がいたり、なぜか新しい水道管が、数か所同時に破裂して水浸しになったり。まだありますよぉ。校舎にスズメバチが沢山巣を掛けたり、挙句の果てには、学校に隕石や飛行機の部品なども落下してくる始末ですわ。そうなんです。天文学的な確率の不幸な事象が、俺の周りでは起きるんですよ。でも、なぜか奇跡的に、死者は出ないんですけどね。とはいえ、俺が入学してからというモノ……学校の評判や生徒の成績も下がる一方。そう……疫病神はあれからもずっと離れてくれないのです。重ね重ね言います。ああ……なんてアホな事をしてしまったんだ! 俺は!」


 幸太郎は叙情的になり、身振り手振りを交えながら、雄弁に語っていた。

 じゃが、この場にいる者達は俄に信じられぬのか、顔を見る限り、半信半疑といったところじゃ。

 首を捻る者や、眉間に皺を寄せる者、ポカンと口を開ける者や悲しげな表情の者等、それは様々じゃった。

 まぁこればかりは、証拠があるわけではないので無理もないところじゃのう。

 話しておる幸太郎自身、信じてもらおうと思っておらんしの。


「そんな高校時代を過ごした後、私は国の防衛大学校に進学しました。そこで私を待ち受けていたのはスパイ疑惑です。私が近づくとなぜか、精密機器が誤作動を起こし、場合によっては情報漏洩する事もあったそうです。まぁ偶然かもしれませんがね。で、身辺調査や、身体検査や、取り調べみたいな事を私は徹底的にされました。ですが、何もそういった事実は出て来ませんでしたので、疑いは一応、晴れたのですがね。とはいえ……なぜか教官や上官達はよそよそしくなり、私から避けるようになりましたが。まぁそんなこんなで、防衛大を卒業した私はですね、諸事情から任官を拒否し、民間企業に就職する事となったのです。ですが……長続きはしませんでした。やはり、不幸の神が容赦してくれないからです。私はこれまで3社を転職しましたが、最後の会社では、神主を呼ばれて【悪霊退散!】と、塩を撒かれながら、お祓いをされる始末ですわ。人権侵害も良いところです。ま、我慢しましたがね。それが……私の歩んできた不幸の歴史なんです。この中から一番辛いのを選ぶのは難しいですね。強いて言うなら……家族に不幸が襲いかかった事でしょうか。ですが、そんな私にも、この不幸のお陰で……普通の人間なら得られない能力を幾つか授かる事が出来ました。まぁあまり、ありがたくはない能力なのですがね。ちなみにそれらには……見えなくていいモノがね……見えるようになる能力もあるんですよ。不幸の神の贈りモノなんでしょうかね、はははは……」


 幸太郎はそう告げると、無感動な乾いた笑い声を上げ、聴衆に視線を向けたのじゃった。

 聴衆達は狐につままれたように、口を開けながら、幸太郎をポカンと見ていた。

 そんな、やや微妙な空気が漂う中、幸太郎はそこで雰囲気をガラリと変え、聴衆達に鋭い視線を向けたのである。

 どうやら、ここからが本番という事じゃろう。


「色んな不幸を話せたので、スッキリしましたよ。さて……それでは、私の不幸話はこの辺にして……ここからは、問題の謎解きと参りましょうかね」


 幸太郎の雰囲気が変わったのを察知したのか、聴衆達は緊張した面持ちで生唾を飲み込んでいた。

 さぁ聞かせてもらおうかの。


「今から5年前……この八王島に1組の若い男女が訪れました。女性の方はその後、行方不明になり……当時、テレビニュースやネットニュースで報道されておりましたね。名前は北条弥生さん……彼女が最初の行方不明者でした。そして……ここにおられる北条明日香さんと、北島日香里さんの姉妹になる方であります」


 するとその直後、一斉に北条姉妹へと視線が集まった。


「なんだって……北条さんと北島さんの……」


「ってことは、北島日香里さんは、北条さんと姉妹なのか?」


 北条姉妹は気まずそうに幸太郎を見た後、他の者達に向かって頭を下げた。


「すいません、実は姉妹なのです。今回……何者かから、会社の私のアドレスにメールが届きました。それは、このサバイバルイベントで、弥生の事がわかるかもしれないという内容のモノです。それもあり、イベントスタッフとして、日香里を潜り込ませる事にしたのです。申し訳ありません、騙すような真似をしてしまい……」


「申し訳ありませんでした」


 春日井は頭を振った。


「いや……気にしなくていい。実は俺の所にも届いたんだからな」


「え? 春日井さんもですか? 私もです」


「おいおい、私もだよ!」


 中津川と海藤も驚きの声を上げた。

 するとそこで、幸太郎の大きな声が響いたのじゃった。


【ハァイ! 注目ぅ! まだ私のターンですよォ。私語は、後でお願いしまぁす!】


「お、おう、悪いな。続けてくれ」


 と、春日井。

 幸太郎は咳払いすると続けた。


「はい、では続けます。ええっとですね……それで、今言った北条弥生さんですが……実はこの時、若い男の同行者が1人いたのですよ。しかし……その方の名前は、結局わからず仕舞い。警察も当時、港の防犯カメラなどを確認したそうですが、何も見つからなかったとの事でした。それもその筈です。そもそもこの同行者……彼女とは一緒に行動してなかったのですからね。そう……表向きは彼女の1人旅だったのです。これが、警察の初動捜査を難航させた原因でした。つまり……警察は今も、北条弥生さんの1人旅だと思っている筈です」


 北条姉妹は、幸太郎の言葉に必死の形相で耳を傾けていた。

 だが次の瞬間、春日井が勢いよく立ち上がったのである。


「ちょっと待て! なんで警察も知らないような情報をアンタが知ってんだ?」


「私はね……特別な情報網を持っているので、知る事が出来るんですよ。春日井刑事殿」


 幸太郎の言葉を聞き、春日井は目を見開いた。


「な!? なんで……俺が刑事だって事を知っている……貴堂の娘さんしか知らない筈なのに」


 この場にいる者達はギョッとしながら、一斉に春日井へと視線を向けた。

 予想外の肩書だったからじゃろう。

 幸太郎の場合は反則的な情報網を持っておるので、こうなるのも無理はないの。

 まぁ当の本人は迷惑じゃろうがな。


「春日井さん、それは今は置いておきましょう。話を戻しますが……そのもう1人の若い同行者はですね、他人のフリをして……フェリーに乗船し、その後、彼女とこの八王洋館ホテルで落ち合ったのです」


 幸太郎はそこで、鉄格子の向こうにいる貴堂沙耶香に視線を向けた。


「さて、そこで貴堂さんに確認します。我々スタッフを除いてですが……今回、この参加者の方々を監禁したのは……行方不明者の関係者というだけでなく、ある共通点があるからだと思ってます。そしてそれは……貴堂グループの提携先企業の方々であり……尚且つ、失踪者が出た日に、この八王洋館ホテルを1度でも利用した事がある方々なのではないですか?」


 貴堂沙耶香は頷いた。


【ええ、貴方の言う通りです。行方不明者が出た日の宿泊名簿に載っていた方々です。ですが、提携先企業というのは少々考えすぎですね。まぁ連絡がしやすかったので、まんざら外れというわけでもありませんが。ですが、我々は他の失踪者の方々にも、お声掛けをしようとはしたのですよ。小早川様も、そんな中の1人です。とはいえ……色々と事情もあったので、多くは断念しましたがね】


 恐らく、ここに来れる状況ではなかったのじゃろう。


「そうですか。何れにしろ、参加者の方々はやはり、失踪事件の日に、この八王洋館ホテルに宿泊していたわけですね?」


【ええ、それは間違いありません。ちなみに、海藤様は3年前の失踪者が出た時に。西岡様は2年前の失踪者が出た時に。佐々木様は3年前の失踪者が出た時に。権田様は4年前の失踪者が出た時に。中津川様は1年前の失踪者の時に。そして……小早川様は5年前の失踪者が出た時に、宿泊記録がございました。で、それがどうかしましたか?】


 それを聞き、幸太郎は笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます、貴堂沙耶香さん。お陰で話がしやすくなりましたよ。さて……今、話にもありましたが、ここにいるイベント参加者の方々は皆、失踪事件があった日に、上の宿泊施設に偶然にも泊まっていた方々なのです。ですが……偶然じゃない方が1人だけいるんですよ。それは……貴方です!」


 そして、幸太郎は1人の参加者を指さしたのであった。

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