第8話 Yobase vs 始発のカード
移動植物系モンスターのゲラリオレミゾカがホラノイノスラバリウレムをつるで縛り動きを封じた。他の何体かのモンスターが攻撃した。
しかし、level25のホラノイノスラバリウレムはそれでも倒れなかった。
「ゴゴゴガガガ」
目もほとんど見えない状態の中気配のみで敵に突進。中の者を考え、顎を何度も上下にしながら敵を葬っていった。
固い岩が瞬時に向きを変えてモンスターを壁に叩きつけているようなものだった。
圧倒的だった。相手の攻撃をまともに食らうより早く10体以上のモンスターを動けなくさせた。このガーケイム・アトラ地下遺跡での最強は揺るがなかった。
地下遺跡のYobaseのいるフロアのモンスターはホラノイノスラバリウレムが全て葬った。
しかし、Yobaseだけは腹の中で怯えていた。
「つ、強ええ。HP減ってるのかこいつは。流石だ。やはり敵なしだな。」
Yobaseの作戦では、他のモンスターと相打ちになり、HPの消耗したホラノイノスラバリウレムから一時的に抜け出しボスモンスターを上の階に移動させ、待機し次の作戦を練る予定だった。
しかし、ホラノイノスラバリウレムはそれを許さなかった。
Yobaseが腹の中が安全と考え動かないことを野生の勘で察知したボスモンスターは口を大きく開けたまま、上の階へと移動していった。
Yobaseはホラノイノスラバリウレムが他のモンスターに腹の中にいる自分を攻撃する事を狙っていることを理解し絶望した。
長い長い地下遺跡の道をボスモンスターが移動している。
時間を確認すると、ノスラバリウレムが格闘した後の休息もあり、40分を過ぎていた。
「田芽助、峰未雨と鯱千を呼びに行ってるから遅えのか。ここが何階かも分からんが早く助けに来てくれ。」
彼は危機を感じると動けなくなってしまう。防衛本能だった。
Yobaseが子供の時、親と一緒にスキーに出かけていた。
「うわ。」
スキーボード教室で初めて八の字を習い練習していた。
「なあかなせ。そんな先生の言った通りにやらなくていいんじゃね。ほら、あの上の大人の人達すげえぞ。でこぼこした道を猛スピードで駆け下りてる。あんな感じでやらね。」
「ちょっとやってみる。」
「OK。競争しよ。」
元々、夜場は臆病で素直な子供だった。比較的なだらかな雪の斜面を上手い人の真似をして下っていた。
「うわわわわ。ばふ。」
彼は斜面を下るスピードが速かったので反射で転んでいた。
「かなせー。たく、兄貴が教えてやるしかないな。ついてこいよ。」
その後、何度かの転倒ののち素早く、的確に滑れるようになっていた。
「よし。集中しよう。」
上達が早く何度も往復していた。
「一旦休憩でもしない。かなせ。」
「いや。あと3回。」
兄弟が二人で何度も素早く滑っているのを周囲が見ていた。
「ねえねえ父さん。あの二人凄くない。」
「雪が多めに積もっているところも綺麗に避けて滑ってるな。中級コースでも大丈夫そうだ。」
「かっこいい。」
兄貴は手を振っていた。俺は聞こえないふりをしていたが、偶然目が合い同い年くらいの子が驚いた表情で見てくれていた。
俺は内心浮かれていた。次滑った後、まだいたら挨拶でもしようかなと考えていた。
「まあ3回ならいいかもな。次は同じスピードで滑ってみるか。かなせ。」
「もっと上手に出来る気がする。」
「スキー楽しいな。有名人になった気分だ。お前さっき顔赤かったぞ。気になる人いたんだろ。」
「別にいないけどね。…秘密。」
「次降りた時に教えろよ。」
リフトに乗りながら、俺と兄は談笑していた。俺は有頂天になっていてあまり、前方を見ていなかった。
「なあ。雪がかなり積もってきたから一回部屋にもど…おい。どこだ。かなせ。」
白い線より手前で腰を下ろし俺はリフトから落ちた。
「おい。かなせしっかりしろ。大丈夫か。」
「うえ。え。あれ風が。」
リフトの下には網がかかっており俺はそれに救われた。
その時頭の一部が網から出ており、風を感じて振り向き下を見つめた。
今でも覚えている。網すらなく見た景色。リフトから下20m以上先に人が通れないほど積もった雪があった。
実際は分からないが落ちれば死んでいたと思った。俺は動けなくなっていた。気づいたら体を起こされ部屋についていた。次の日からは親とリフトに乗ることになった。
それから危機や、緊急事態があればとにかく動かずに、生き延びる方法を探すようになっていた。動かない事が正解だと体が伝えてくるようになった。
「ゴゴゴ。」
ホラノイノスラバリウレムは先ほどまでの死闘があってもすぐに俺を体から取り除くために動いている。田芽助は助けに来ないのだろうか。あれほど死の危険がある状況で自分の身を削って親切にする馬鹿でも無理だと見放すのだとYobaseは理解した。
ボスモンスターが上の階への階段を見つけ移動しているのが、見てわかった。上からはモンスター同士の叫び声が聞こえる。死ぬ気がすると思った。
足を動かせずにいた。何も考えられずあの頃のように停止したままだった。
叫び声がどんどん近くなっている。死ぬ。今こいつの腹の中から動くのがいい気がした。しかし動かない方が安全かもしれない。誰かのメッセージを待ったが来なかった。
「どいつもこいつも期待させといて裏切る。」
[この先 地下遺跡 10階 推奨level30]
彼はその文字を見て腹の中から逃げ出した。行く先など考えてはいなかった。彼は自分でも冷静な判断だと思っていない。
煙玉を投げた。一つしか持っておらず入手法も分からない貴重なものを使わざる負えなかった。どの道、このボスモンスターから逃げて地下遺跡を抜け出す為に使用するつもりだった。
9階で走り回っていた。何度も柱の前で右、左と惑わすように動いた。
しかし、ホラノイノスラバリウレムはYobaseを野放しにはできないと追いかけてきた。彼が気づいたときには音で後方10m程度だと気づいた。
当然だった。level20のモンスターの速度ですら、壁に叩きつけられるほどのスピードにYobaseが逃げられるはずがなかった。
Yobaseは最後の簡易爆弾を使用した。火薬をあるだけ詰めていたものを投げた。
心の安定剤を投げホラノイノスラバリウレムはまたしても同じように腹の中も含めて目と口を爆発させられた。
前回使用したものより威力が明らかに強かった。思っていたよりもボスモンスターの猛追が速く、Yobase自身も爆破で吹き飛ばされた。
「くそが。あちい。燃えてるわ。」
片腕が彼の身を守る代わりに引火していた。ホラノイノスラバリウレムの体内は少しずつ油っぽくなってきており、その状態異常の影響を受けたYobaseは引火しやすい状態だった。
ホラノイノスラバリウレムが2度同じ攻撃でひるんだことに危機を感じ、10階へと移動し始めた。
Yobaseはそれでも走っていた。右、左、前の3方向が出る度に何も考えず圧倒的なボスモンスターから逃げていた。
気配が薄れたと思ったYobaseはひとまず少し落ち着きを取り戻し走っていると幾つもの部屋を見つけた。
もしかしたら、死体のモンスターの部屋を見つければ穴を使って出られるかもしれない。とにかく血のある部屋を探さないといけない。
彼はホラノイノスラバリウレムの腹の中を思い出そうとしたが、方向は分からなかった。
『もっと隅々まで神経を張り巡らせれば生きて帰れたかもな。』
そんな遺言が頭に浮かんだ。
それでもYobaseなりに神経を張り巡らせており一歩間違えれば死ぬという状況だった。足に疲れが来て息を切らしながら走っていた。一瞬めまいがした。近くを見ると何の気配もない部屋があった。彼はひとまずそこで休もうと判断した。
そして現在に至る。
この地下遺跡で圧倒的なlevel違いのモンスターがいてひとまずよく生き残れたなとYobaseは自分に感心した。
暗い部屋でうずくまり、この地下遺跡をどう抜け出すか考えていた。煙玉も簡易爆弾もなくなった彼はあの文言を思い出した。
[この先 地下遺跡 10階 推奨level30]
「うん。無理だわ。」
彼は生き残ることすらどうでもよくなっていた。もうこの石で出来た寝心地の悪そうな部屋から動かないでおこう。心が落ち着く場所に彼は留まることにした。
ホラノイノスラバリウレムが来る前に準備できることを考えひとまずランプで明かりをつけた。
本棚があった。本が数冊置いてあり、近くにはガラクタのようなものがあった。
「なんだこれ。マジックハンドみたいだな。手で持てるバネの先に石がついてるだけ。でも思った通り動かねえ。バネが長いわ。あはは。」
近くのガラクタはどれも戦闘では使えないものに見えた。
「忘れてた。この周辺の死体のモンスターからアイテムを漁れば何か戦闘で使えるものが手に入るはずだ。」
普段であればアイテム集めに必死だったが、今は違う意味で必死寸前だった。
明かりの灯った部屋を抜け、ホラノイノスラバリウレムによって残骸となったモンスターたちからアイテムを拾い集めていた。
電気系モンスターからは乾電池のようなジジベムパワーというアイテムが手に入った。狼モンスターからはザウルラフトフの牙が手に入った。level20辺りにふさわしいほど頑丈で大きかった。
慎重にアイテムを漁っていると動かない死体からつるのようなものが迫った。つるで体を巻きつかれ身動きが取れなくなった。首につるが侵食したと思い、咄嗟に手に持っているジジベムパワーを投げた。
植物系モンスターのゲラリオレミゾカはつるで体を守り何とか一命を取り留めていた。体が動かないほどの衝撃をくらってもつるだけは動かすことができた。
アイテムとして保管している内では乾電池のような個体だが、使用すると前方に放電の衝撃波を当て、ゲラリオレミゾカは動けない状態になった。
「すごいなこれ。」
Yobaseは無意識で次の危機が来た時に使用するアイテムを手元に持っていることが功を奏した。
「危なかった。一旦部屋に戻っておこう。その前にこのジジベムパワーを集めておくか。」
相手のlevelを再確認し危険を自分に言い聞かせるようにアイテム漁りを再開した。
「よし。モンスターの気配はなさそうだな。」
潜ませた声で部屋の安全を確認し、ランプを再び点灯させた。
「相変わらずこの部屋だけは生活感があってなんか落ち着くな。」
既に地上に戻ることを諦めているYobaseにとって居心地の良い本とガラクタのおかれたこの部屋はやすらぎだった。
ひとまず本棚でも漁ってみるか。
石でできた本棚には本やつるでできたインテリアのようなもの。紙や、固い槍先のようなものがあった。
「俺のように迷い込んだやつがいたんだろう。気持ち分かるぞ。転送先が同じだといいな。」
YobaseはNPCとなり下僕のように働き自分たちへの復讐を受ける覚悟、諦めのようなものができていた。すぐに殺されるたとしても仕方がないと思うようになっていた。
本を手に取り中身を読むと変な内容が書いてあった。
[きききようはじっけんがはじまるひひで。わたしはにににんげんさんとはなしができききるようにななりたたいのででここことばをおぼぼぼえられれれるよおようにがががんばりります。]
「これはなんだ。文字があまりに下手だ。子供でもこんなに文字の一部が尖ったりするか普通。」
[2つにちめ。ほんじつはてつだいのかたがきてくれたのでていねいにもじがかけます。いえにはいんてりあをかざるらしいので、げらりおれみぞかさんをたおし、てにいれたあいてむをつかったしょくぶつのいんてりあをつくりました。]
「まてよ。こいつ人間と話がしたいって、まさかモンスターか。」
[8日目。ようやくいっぱん的に話せるようになりました。わたしはもともとひとがたのごぶりんだったので人間のように文字を書いたり話たりすることは他のモンスターより得意でした。]
「なんなんだよこれ。いつまで続いてんだよ。」
[30日目。私が正式に学習材料に選ばれました。VARMARD PARADOXという近未来な場所に案内してくれるみたいです。ようやく人間さんと仲良くなれると思いました。でも、私は文字を書くよりも絵を描く方が楽しいみたいなので手伝いの方に内緒で日記をさぼり絵を描いていました。最後まで見てくれた人に場所を教えようと思います。」
Yobaseは書いてあった通り、がらくたの中を漁り、鉄の箱を見つけそれを開けた。
彼は怖いと感じると真相まで突き詰めるようになっていた。
YobaseはNPCとの対話を見てあることに気が付いた。
「これは鳥か。」
Yobaseはあまりの衝撃に本とこの絵から目を離せなかった。地下遺跡という絶望的な場所で寂しく感情も不安定だった。声も制御できてはいなかった。
「まずい。一旦落ち着いて整理しないといけない。ゴブリンが人間によって実験を受け人間と同じように話せるようになった。そして何らかの学習材料にされた。」
紙の中には人間の絵や鳥のような絵が描かれていた。
人間に関しては身近にいたのか人間と同程度上手くかけていた。
「これ。まさか飛行機か。これはパンチする武器か。」
鳥の絵だと思っていたがよく見ると目が四角くくちばしも小さい。
「おいおい。ここゲームの中の世界だぜ。勘弁してくれ。」
紙にはこう書かれていた。
「空にこの乗り物で飛んでみたいな。」
「無理だろ。上空まで判定がねえ。この世界の限界だ。」
彼はもう一度冷静になり、被検体となったゴブリンの思考を汲み取ろうとしてYobaseはアップデート前のNPCとの対話を見てあることに気が付いた。
「そうか。こいつらにとってここが世界なんだ。そしてスポーン場所、生息地域が決められていて行動できる場所が少なかったから現実の俺らと入れ替わったんじゃないか。」
Yobaseがエレミルの兵士だった頃。
「なあ。兵士長になれないと下僕エルフを扱えないなんておかしな話じゃねえか。」
「ああ。表向きでは偽善で取り繕ってるエレミル王宮の人間は反吐が出る。」
「なんでもエルフも他のモンスターも放っておくとすぐにスポーン場所に戻っていくらしい。最悪転送する事もあるみたいだ。」
「…。」
YobaseはあまりDESSQの世界には慣れていなかった。
現実に近いゲーム操作や体感がよくログインしていた。
エルフや使役した他のモンスターもスポーン場所には戻っていく。
感情があるようにみせているのだとYobaseは断定していた。それが自然だった。
しかし、目の前の本や、絵はその推測、常識を否定していた。
「彼らは、NPCは、俺らと同じように夢も欲もあるのか。」
怖くなって倒したモンスターの残骸が思い起こされた。
「やつらに思考があるなんて思えない。」
Yobaseは今までの常識が崩れ落ち込んでいた。自分が目を逸らしていたNPCたちの想いがあるのかも分からず脳裏に浮かんでくる。
もう一度本を読み思考を整理しようとしたが
『ゴブリンの実験の内容に関わるものを見てしまったらモンスターに同情して倒せなくなってしまう』
という考えが頭をよぎり本を閉じひとまず安静にして心を落ち着かせることにした。
「ホラノイノスラバリウレムの突進音みたいなものはないな。階層全体に響き渡るはずなんだが。とりあえずあの化け物が来た時のために防御をしかなければ。」
ゲラリオレミゾカから得たつるを生かして部屋の入口から道中にホラノイノスラバリウレムが来た際の罠を設置した。
「何本かできつく結んで、ジジベムパワーも2個くらいは使おう。」
ゲラリオレミゾカのつるはかなり頑丈そうで、あの突進でも何秒かは足止めできそうだった。
「ま、まあ気づけばいいんだ。とにかくこれが逃げるための時間稼ぎになりゃいい。」
部屋に戻ると、片腕が負傷していたのが痛むのかまた休もうと思った。
眠ろうとしても、あのボスモンスターの恐怖を思い出した。
『このまま、この部屋にいてもあの巨体に殺される。ここに仲間がいつか来てくれると信じて遺言でも残そう。』
彼はアイテムの中からノートを取り出した。
白紙のノートを床に置き文字を綴った。
「峰未雨、鯱千、田芽助。お前たちには短い間だが世話になった。どうか田芽助のことを責めないでやってくれ。」
『田芽助とはぐれてしまったのは俺のせいなんだ。不注意でホラノイノスラバリウレムという強力なモンスターに捕食され地下遺跡のかなり深い所まで落ちてしまった。いくら仲間を見捨てない田芽助でもこの地下遺跡は無理だ。』
よし。いい感じに田芽助を擁護できてるぞ。俺がいなくなってもパーティが元気にやってたら俺は幸せだ。頭の中で自分のいないパーティメンバーの楽しそうに会話している姿が浮かんだ。鯱千の顔、峰未雨の顔……。忌まわしき田芽助の顔。
「ハーレムじゃねえか。絶対に許さねえ。全部消そう。」
彼は感情的になり怒りのままノートの一部を消しゴムで消そうとしたが、面倒くさくなり破り捨てた。
『え。え。』
「峰未雨、鯱千、田芽助。お前たちには事の経緯を詳細に話す必要がある。田芽助の言う事だけでは信じられない部分もあるだろうからな。まず田芽助の発案でウェイターボガーディアン2体を討伐する計画だった。
俺はそのことを聞いて止めた。しかし、どうしても経験値を稼いでlevelを上げたいなんて無駄な見栄に俺は仕方なく手伝うことにしたんだ。しかし、その後ホラノイノスラバリウレムに捕食された。つまりな。」
『田芽助のせいで、俺はこの地下遺跡に閉じ込められちまったんだ。田芽助には俺を殺した罪があるんだ。絶対に田芽助は許されるべきではない。』
「…少し書き直そう。田芽助のせいで、俺はこの地下遺跡に閉じ込められた。それは事実だ。だが、俺も悪かった。あの時止めて井戸の中に連れ戻していれば、田芽助も危険な目に遭わずに済んだのに。男一人で寂しいと思う。申し訳ない。田芽助。」
『これからは田芽助がチームを引っ張っていくことになる。その前に事の経緯をちゃんと話しておけばすっきりすると思ってな。過去は変えられないんだ。これからは地中にも注意して3人で頑張ってくれ。』
「峰未雨、鯱千、……。峰未雨……、鯱千ー--!駄目だ。嫌な予感がする。嘘がバレる前に書き直すか。くそ。」
『え。え。なんでだよくっそ。』
「え。え。」
Yobaseは明らかに自分ではない思考が脳裏をよぎり周囲を見回した。
『しかし、モンスターの気配は無かった。遺言を再び書き直すことが億劫になり、疲れていたため休息をとることにした。』
「いや、なるかよ。遺言くらいしっかり書くわ。」
彼は完全に別のモンスターがいると気づき、周囲を見回した。
[これは始発のカード。]
Yobaseは目の前に現れた画面を見て特別なモンスターがいる事を察した。
「おいおい。あり得ないってなんでモンスターの気配が無いんだ。」
よく考えれば、ホラノイノスラバリウレムから逃げていた時もこんな調子だった。めまいがするっていうか、嫌な方向に考えてしまうっていうか。
「モンスターからの囁きみたいなものも消えた。」
Yobaseは部屋の棚やその向こうの収納スペースを一つずつ開けたがモンスターは見つからなかった。
「まあ。気のせいなら仕方ないな。」
Yobaseの油断を誘う言動も虚しく自分の一階上、地下遺跡8階の道をホラノイノスラバリウレムが移動して来て下の階にまで轟音が起こった。
「獣の音近くないか。まずい。ホラノイノスラバリウレムが目を覚ました。とりあえずこの部屋からの逃走経路を探そう。」
ホラノイノスラバリウレムが貫通させた穴が閉じていないことに賭け、10階に来た際に上に逃げ込めるように道順を辿っていた。
「やっぱり見つからない。かなり移動してきたんだな。」
行先をノートにまとめるようになっており、先ほどいた部屋までの道順を覚えていた。前方から光は入っておらず、同じような道だった。
頭の中で話しかけてたモンスターに気配を探られないように階の道順を記録しておけば、あいつの居場所のヒントも分かるかもしれない。
Yobaseはカメレオンの7が登場した時、チートスキルが特別なモンスターではないかということを鯱千と話しておりこの地下遺跡を突破するために囁いたモンスターを探す他ないと思っていた。
10階のホラノイノスラバリウレムの声は激しさを増している。掃除してくれるなら願ったり叶ったりだ。しかし11階に降りた場合隠れるしか道はない。
「また、あの化け物の声が近くなって来てる。道中のモンスターは片付けたみたいだな。地面砕いて来たりしなければいいが。ひとまず音を出さないようにしないと。」
ホラノイノスラバリウレムが興奮していないことから、Yobaseは10階の状況を分析。11階に降りてくることを警戒して探索を続けるか迷っていた。
『この辺りに部屋はなさそうだ。さっきのモンスターを倒せばチートスキルが手に入ったかもしれない。失敗した。一度部屋に戻ってやつをおびき出そう。』
部屋に戻るまでの道のためにはこのノートを見なくてはいけない。
Yobaseは開いたノートのページを確認して道を辿ろうとした。
「ええっとどう行けばいいんだったか。」
『モンスターからの返事は無かった。ブラフでモンスターがおびき出せず仕方なくホラノイノスラバリウレムを警戒し部屋に戻り隠れる他無かった。』
「地下遺跡部屋への道はと」
(→、←、→、↑、→、→、→、↑、←、←、↑、←、↓、→、…。)
モンスターからの反応が消えた。地図は部屋への矢印ではなく、人間の言語で方向のみがただ書き連ねられていた。
「よしじゃあ戻るとするか。」
『彼の脳内で、行先を記憶していた通りに思い出しノートを見ずに帰ろうとした。』
「それは駄目だ。罠を張っているんだ。」
『え。』
「とにかくこのノートの通り帰らなければならない状況に俺は持ってきた。そして俺だけはこれを見て部屋まで帰ることができる。」
Yobaseはモンスターの顔色を伺うように話し出した。
「時間があるか分からない。取引をしよう。お前が壁を何個か塞いで通れなくなっているホラノイノスラバリウレムの開けた穴の所在を俺に教えるか。それとも罠をくらい20秒間足止めされた状態で俺に切られるか。」
『私は浮遊している。階層を自由に行き来できるからこそ先ほどもホラノイノスラバリウレムの目を覚ますことが出来た。』
「生物の目を覚ますことはできないだろう。俺が何度も仮眠を取っていた時にお前は干渉できていなかった。人間もモンスターも意識的に行動しようとすればするほどお前は力を発揮する。ホラノイノスラバリウレムは効果切れだな。目を覚まして俺を警戒したから8階で狩りを始めただけ。」
『私は此処一体のボスモンスターとは比にならない。カードの一角を担っているからな。貴様の罠も役には立たない。』
Yobaseは手に持っているジジベムパワーをいくつも取り出して話した。
「用意周到なんだ俺は。お前が姿を現さないこと。俺のノートが見える位置にいたのに反応がなかったこと。お前は人やモンスターに寄生するタイプだと見た。自分の魔力と同化し視認できない。おそらく、死体のモンスターの中にでも紛れていたんだろう。」
Yobaseはモンスターからの応答が無くなっているが、気にせずに会話を続けた。
「浮遊している事が事実であれば今俺から離れて上の階へ移動すればいい。それを俺が視覚したところですぐに対応は出来ないだろう。しかし未だにモンスターの信号はない。」
彼は井戸の中で明日どうやって生き残るのかを綿密に考えていた。
「このままじゃlevel1の俺は第二サーバー到達と同時にお陀仏だ。スキルの一つでもあればな。」
簡易爆弾を作りながら、第二サーバーを怖がっていた。無理もない。敵モンスターを遠ざけてしまい経験値をほとんど得ていない。彼は、あまり眠れずに考えていた。
「今朝実験してたから分かる。例え、自分が視認していないモンスターでもこの端末は使用して画面からカーソルを合わせて調べれば、教えてくれる。」
Yobaseは端末を使用して上部に向け反応が無い事を確認した。
「生物に寄生しなければ行動できない。それがお前の弱点なんじゃないか。」
Yobaseはようやく思考を誘導させずに済むと思い安堵の表情を見せた。
「騙り合いで俺に勝つにはもう少し人間のことを学ぶべきだったな。人の陰湿さはこんなものではない。甘かったな。特別なモンスター。」
『甘いのは貴様だ。さらばだ。』
モンスターの反応が消えた。Yobaseはそれを聞いてにやりと笑った。
「面白い。我慢比べだろうな。此処一体にモンスターはいない。上の階のモンスターも粗方ホラノイノスラバリウレムが片付けた。警戒すべきは動き回ってるあの化け物だけだな。」
Yobaseは何かを思いついたような素振りを見せモンスターを挑発した。
「そうだ。今お前が反応できないのであれば電気を食らっても何の応答もないということだな。」
Yobaseは手に持っているジジベムパワーを自分にぶつけた。
「いだだだだ。」
傍から見れば彼がただ自分に電気を浴びせているようにしか見えない。
モンスターからの反応はなくYobaseは自分を振り返り動揺した。
「ゴゴゴ。」
上の階でホラノイノスラバリウレムがまたもや突進を始めた。
「ひとまず遠くにいったみたいだな。」
Yobaseも内心モンスターが今自分の中にいるのか疑っていた。
しかし、モンスターはYobaseの体内にいた。
『カードの一角を担う意識をコントロールする俺様が電気が来ると分かっているのであれば自己意識をコントロールすることも容易だ。』
モンスターは彼を警戒し反応するどころか、意識を向ける行為全てを避けていた。
完全に我慢比べが始まった。
Yobaseはまた自分の思考を読み取られるのかと思い、ため息をついた。
「面倒くせえ。お前もそう思わないか。」
彼の居場所である部屋につく訳にもいかず来た道を戻っていた。
『考えないようにしている事は分かる。帰る道を探ろうとしているのだろう。毎度毎度ホラノイノスラバリウレムとエンノシンゴーレムの開けた穴を私がゲラリオレミゾカやゴブリンとなり塞いでいるのだ。教えはしない。考えずに分かる程単純ではないからな。』
「なあ同じ景色でつまらん。話でもしようや。」
Yobaseは道を進みながら現実世界の話を始めた。
「あの部屋に興味深い絵がいくつかあった。お前もよく見ていたんだろう。」
『揺さぶる前兆だな、自己意識を眠りにつかせるか。』
「まずは人間の絵だな。よく描けている。手足の関節、首と顔、胴体のバランス。椅子に座っている大人が描かれていたな。あれもNPCなのだろうか。黒い武装服なのに真夏のヤシの木?に赤い実の服装。アロハシャツは俺も現実で着ていた。」
『あのゴブリン、人間の絵は丁寧に書いていたな。PCで作業している研究員に恋でもしていたんじゃないか。性別も分からんが。』
「次に見つけたのは、カラフルな街だな。線がありすぎてよくわからないが家が異様に長い。窓が多すぎる。街を見たことは少ないのだろうな。
第二サーバーの事だろうな。お前は近未来な街がカラフルだと思っているか。大抵黒と白を基調としたモノトーンな街だ。笑い声なんてものはない。」
『ありえない。未来になったというのに色を減らす訳がないだろう。』
「すまん。笑い声はあるかもな。アニメを見すぎた。最後に見たのはこの飛行機だな。お前は空を飛ぶ乗り物が飛行機と言うことを知っているか。』
『前死んだ奴が飛行機って言ったから知っている。』
Yobaseは飛行機の絵をアイテムから取り出し、自分の目に映るように見せた。
「まあお前はこの絵が好きだろうな。何せこの紙だけ綺麗に保管されている。悟らせず壁を築く几帳面なお前なら大事なものを箱の中の一番下にするだろう。」
『そうだ。嫌な予感はしていた。……。』
「今から現実というものを教えてやろう。飛行機のこのタイプは皆無になった。新型が出たが、料金が高い。お前が日本人と入れ替わったところで乗れない。詳細を話す。航空便が発着してから着くまでの時間を短縮するようになったが、金銭面から航路が一つずつしかなかった。次第に」
「ゴゴゴ。」
『おい。ノスラバリウレムが来てるぞ。』
「航路を増やし、製作コストも考えて新型旅客機で統一しようという流れになったが特許を先に海外に取られた。製作に必要な電池が少なくなっており競争が激化。結果、旅客機を確保するために使用したお金が高くて日本だけ旅行便の料金が高い。」
「ゴゴゴ。」
『ノスラバリウレムが、最短でこちらに向かってきている。』
「海外航行費用は、20000ドルからだ。日本円にして3000000円。国ごとの経済成長率に大きな差が生じたことで海外式の渡海交通手段はほとんど高くなってしまった。その上、お前は実際に空を見ても飛行機を視覚できない。」
(『意識に語りかけるか。このままこいつが死ぬならまだしも、いや、こいつの持っている情報をもらってからにしよう。』)
「いたた。あれ、こんな所に壁があっただろうか。」
(『馬鹿だなこいつ。この壁は元々備え付けられているものだ。惜しいな。右側の壁を壊せば道が見える。』)
「なあ頼むから話し合わないか。モンスターの音が聞こえて怯えているんだ。この壁なのか。なあ頼む教えてくれ。」
(『……。はは。このまま眺めておこう。』)
「取引をしよう。俺は君の器用さを高く買っている。君の下で作りたいものを私が作ろう。君が私や別のモンスターを使い旅客機等作っても構わない。」
(『何を言っているんだ。私の方が優秀だ。壁を見て違いが分からないことが証明だろう。』)
Yobaseはモンスターからの応答がないことを確認して彼の性格を感じ取っていた。
「お前は強情だな。一度落ち着いて耳を澄ませ。さっき接近していたノスラバリウレムの音が遠ざかっていくのを感じないか。なぜだか考える機会をやろう。俺に教えてくれてもいい。」
(『……。お前も俺と同じように壁を築いたのか。動揺を誘っているな。』)
「ああ。お前の考えている通り罠はあまり作っていない。壁を築いた。あの化け物相手では、惑わすしか逃げおおせる方法がないからな。」
(『……。しまった。どうやら私は今閉じ込められているらしい。だが私は動けない体にならなければ倒す事が困難だ。』冷静に考えろ。私が背後の敵に3秒以上次の標的を視認していれば私にダメージが入り、姿を出す事はない。)
「お前がもしアップデート前からこの地下遺跡にいるんだとしたら、俺の考えないようにしてることが分かっているかもしれない。」
(『なんだ。また取引か。人間など信用できない。アップデートしていく度人型NPCでさえ同じように見えていく。』)
「お前に聞きたい。何のためにこの地下遺跡にいるんだ。生息地域というシステムの中で動いているからか。それともゲームマスターとの取引のために画策しているのか。」
『……。』
「どちらでもいい。お前の目的はこの大切な絵に答えがあると思ってな。返しておこう。保管用の箱も新調しよう。」
『……。』
「この目で旅客機を見たい。そして作りたいのであればお前はこの壁の先に行かなければならない。システムの中に囚われ願いが叶うことも無く他の人間に殺され願いのまま終わるといい。」
(『…うるさいうるさい。』)
「人間の力を借りないのであればシステムという壁を壊すんだ。」
感情的になったYobaseに寄生したモンスターは思わず会話をしてしまった。
『…その、その壁の先には何もねえんだよ馬鹿。』
「おお。会話する気になったか。この壁ではないのか。」
Yobaseは何かに気づいたような素振りを見せた。
「では右だな。」
『……。なぜだ。』
「問題は7つだろうか?向こうまで続く壁の内のどれかだな。さてお前の長年の力作とやらを拝見してみよう。もし当てられればお前の実力をノスラバリウレムを惑わした俺が超えたことになる。偽装できていない壁は意味がないもんな。」
(『最悪の気分だ。自分を否定された感覚だ。何があってもこいつにはカードの承認しない。』)
「よし。ひとまずこの4つの壁で考察しよう。別に話さなくてもいいぞ。俺が当てるところを見ているといい。」
4つの壁は同じように見える。苔の生えた位置もばらばら。削れた部分も見えない。
「光が差し込むなんて初歩的なミスは無さそうだ。難しいな。一つ目には傷が目立ち、二つ目には絵が描かれている。三つ目には何も無く、4つ目の壁は血が付いているな。」
Yobaseは考えた事をあえて言葉にしていた。
「お前は器用だが、繊細な部分があるな。自分の壁に傷をつけるなんて事はしなさそうだ。2つ目は鳥の模様が星々のマークに向いている絵が描かれているな。模様がついていて目立つがそう思わせている可能性も十分あり得る。そう仮定して考えれば思慮深いお前は自分の偽装に何もしないなんて事はしないのだから3つ目は除外しようかな。血が付いているのもお前らしくはない。俺の推測を言おう。この4つの壁全て元からある本物だ。そして向こうの4つの壁の内、おそらく植物等が生えている壁が、本物だと思わせる思慮深いお前の作りそうな壁だ。」
『……。お前は』
「お前は見栄を張るが案外優しい気がする。被験体となって第二サーバーにいったゴブリンのことを何度も気にかけているから人間を信用しないと決めたんだろう。」
『お前は何も分かっていない。』
Yobaseは推測に基づいた答えの壁がないか探しに移動し始めた。
「かなり頭のいいモンスターだ。ほとんど姿を現さないなら実体は弱いと思う。『しかし、私はお前の事を見下している。』」
特別なモンスターは焦り、短時間のみ使用できる強化されたスキルで何度も意識に語
りかけ制御を始めた。
Yobaseは全身の感覚をモンスターに委ねられ意識のみとなり状況が逆転した。
「『私はお前がモンスターである限り討伐する。』」
『Yobaseは自分のした発言が』変『だと気づき特別なモンスターの心を傷付けてしまったことを受け入れられずモンスターに逆ギレした。』
「『お前のせいで意識が持っていかれて気味が悪いんだよ。この地下遺跡で同じようにお前のスキルにかかった奴の気持ちがよく分かる。』」
『彼はメニュー画面からアイテムを開きモンスターから得た逃亡用の血のりを使用し4つの壁にばら撒いた。』
『「むしゃくしゃする、人間はモンスターを討伐より卑劣に騙し傷つける。」』
4つの壁全てに血のりを一面に叩きつけ、剣を使い傷をつけ出した。
『「ゴブリンはおそらくもう死んだ。彼らの実験と称した高笑った声を私は忘れない。』」
苔を根元から作業用のナイフで見えない程に抜き取った。怒りが収まったのかYobaseが目を覚ました。
「怒りは収まったのか。これはアイテムの血のりを使用したのか。」
Yobaseは現状を把握するため左側へと移動しながら壁を見て動揺していた。
しまった。まさかこんな隠し玉があったとは思わなかった。壁の見た目が考察できないほど荒らされている。話を聞いて分析しない限り偽装の壁を突き止める事はできない。
壁を壊そうと残り一つしかない簡易爆弾を取り出した。
「簡易爆弾は予備があるしここで製作もできる。お、お前は前に進むべきだ。俺も危険だと思えば体が動かなくなる。同じ穴の狢だ。このままじゃ旅客機も見れないまま行き止まりだぞ。」
モンスターからの返事が無かった。
Yobaseは動揺した。この壁を砕いてもこのモンスターは心を開かない。彼は貴重なカードに該当するモンスター。承認を得てスキルを手に入れたい。
『私が実体化しないのはお前ら人間なら俺を討伐してスキルを奪うと考えたからだ。何があっても人間の下にはつかない。』
Yobaseは止まった。答えも分からない上、カードに該当するスキルも手に入らないのか。今一度理解を求めないと。交渉が上手くいかなければ、目的が達成されなければ壁を壊した所で意味がない。
「旅客機の作り方に関しては現実世界にいた人間の方が詳しい。スキル上人間の手を借りなければ作りたいものも作れないんじゃないか?」
『仕方がない。私はカードモンスターだが、あのゴブリンには思い入れがある。モンスターというだけで扱いを変えるお前たちの事が信用できない。』
Yobaseは冷静に態度を変えない寄生したモンスターの声を聞き焦り、事実から説得する方向に変えた。
「ゴブリンはもういない。敵であるモンスターに同情する気持ちは俺にも分かる。だがそのゴブリンを弄んだ人間は第二サーバーにいる。」
わからないがおそらく人間ではないだろう。第一サーバーにしかプレイヤーはいない。
『私はお前たち人間の力にはならない。さっさと壁を壊して帰ればいい。』
Yobaseは深呼吸をした。彼は先ほどの絵を見てモンスターに伝えたいと思いが体を突き動かした。彼は壁の前で頭を下げた。正直に弱音を吐露した。
「ここ11階なんだ。お前のスキルがないと帰れそうにない。癪に触ったのであれば謝る。」
『それはなんだ。』
「土下座だ。」
頭の中で、あの部屋の本を読んだ内容、箱を開いてみた絵、そして先ほどの壁の模様を思い出した。
「人間が旅客機を作ろうと思った理由もお前と同じなんだよダイヤの3。空を飛びたい。鳥のように自由に飛びたいと思ったからなんだ。」
『お前らも同じなのか。』
「そうだ。俺もお前も同じ空を飛びたい欲を抱えたモンスターだ。」
『壁だ。私が作った壁のみを破壊できたら力を貸してやる。偽装した壁を見破れないならお前にスキルを譲渡しても旅客機は作れない。同じ想いを抱えた人間だと思わない。』
Yobaseは瞳に光がともった。8つの壁をくまなく調べ始めた。
見つけろ俺。あいつの考えが変わる前に偽装した壁を探し出すんだ。
同じだ。全く同じ壁が4つ並んでいる。あいつが焦ってこの状態にしたのであれば、この4つの壁の内一つが正解の壁だ。
彼は壁を探そうと調べていたが固まった粘土の壁を見て思わず感心した。
「よく見ればこれどこで覚えたんだ。石の壁ならまだしもこの壁は俺でも作り方が分からない。流石だ。」
『お膳立てしても条件は変わらない。』
Yobaseは会話してくれたことに安心しながら壁を一通り見て考えざる負えなくなった。
「やはり一つの壁を見つけるのであれば意識がお前に伝わってしまうな。まず、8つ目の壁はないだろう。端にはしなさそうだと俺は思った。では7つ目か、6つ目か、5つ目か。ノスラバリウレムが通った後とは思えないな。」
Yobaseはまたモンスターとの会話が途絶えた事に少し焦った。
「なあ聞いているか。」
『結論を出せ。』
「よかった。お前が俺の意識を乗っ取ったタイミングが5つ目の壁を見る手前だった。そうであるならば、5つ目は無いと俺は思う。」
Yobaseは2つ目の壁に向かって歩き出した。
「もしかしたら2つ目かもしれない。この絵は模様だが見ていて空に対する羨望を感じる。毎度作るたびに描いていたかもしれないな。しかしお前は旅客機から目を逸らしていた。絵を盗まれても嘆願しなかった。」
「では一つ目かもしれない。ゴブリンを人間にもてあそばれたという推測があるお前は傷を抱えていると言っていい。先ほどまで本物だと思っていた壁も怪しくなってきた。」
Yobaseは意識を奪われた時を思い出すように歩いていた。
「やはり正解は意識をとられた5つ目以降だと思う。お前が、焦るタイミングから俺の進んでいた速度を考える。」
一歩ずつ進み、道を進み続け決めかねていた彼が止まった。
「8つ目の壁を壊す。特別なモンスター聞いているか。」
『……。』
応答がないことは彼は仕方がないと思った。
「やっと、お前というモンスターが分かった。意志が強く人間のような慈しみもあるモンスターだな。」
壁から離れ簡易爆弾を力強く投げた。
壁は壊れ、道が続いていた。
「意志があまりにも強い。7つ目の壁から手前はお前の意志が許さない。約束に二言はあるか。」
『壁を見て偽装だと見抜けなかったからまだ貴様を認めはしない。だが力は約束通り与えよう。』
[おめでとうございます。固有スキル、不動赤鉱鳥の意識指示を獲得されました。使用の際にはNon Player Clown FONUMEES SKILL 〔モルホデフタの3〕を唱えて下さい。トランプカードではダイヤの3です。このカードの意味は〔地始まり〕です。]
ガーケイムアトラ地下遺跡 11階
「向こうの道はなんだ。遺跡の壁の色が白色化している。範囲外か。」
「それは違うよ。」
Yobaseは壁を壊した先には、モンスターのいない道が続いていた。灯りが一切なく遺跡の形状も同じだった。
「なあモルホデフタ。お前この先に何があるのかを知っているのか?」
「…知らない。弟子は喋りかけるな。」
「…ならいい。作戦通り上の階のモンスターに寄生していくぞ。」
しかし上の階へと寄生を始めるとスキルの都合上容易に下の階には降りられない。
Yobaseは横に続く奇妙だが害のない道から頭が離れなかった。
「…なあホラノイノスラバリウレムの開けた穴の先になんで暗い道があるんだ。」
「…新ボスと前ボスの部屋。」
(嘘だな。カードに該当するモンスターだから喋れないのか。DESSQの管理している範囲のエリアじゃないなら不動岩鳥はいないはず。ランプも点くこの先が現実への出口かもしれない。)
「それなら此処で仲間を待つのはどうだ。」
「はあ。まだ信じてんのかよ。」
「まだメニュー画面にパーティーメンバーがいたからだ。動かないのはお前も嫌いじゃないだろ」
「こんな遺跡の端、見つかるはずが無い。お前、何か策でもあるのか。」
「焚き火だ。」
一時間前、田芽助は、ゴナールウォールド平原にいた。
「一階ですら推奨level20なんてソロだったら死んでる。Yobaseさんをなんとしても助けないと。」
彼は多憑依獣[テママリナネット]から、スキルに関する情報を教えてもらっていた。
「いいか俺のスキルの名前は、テママリナネットの転転移だ。半径10m以内のモンスターを10体まで憑依できる。しかし、防御力が圧倒的に低くなる。ほとんどの攻撃でモンスターは、30分間憑依できなくなる。戦闘時間から考えて一度スキルが解かれたら憑依できなくなると思っていい。」
「分かった。スキルを使用する時はテママリナネットの3と呼べばいいんだよね。」
「う、最悪だ。」
「カードってトランプだよね。[スペードの10]が表示されたから分かるよ。色の青というのはダイヤだったはず。トランプの色と同じだ。」
「その事については言及できない。ゲームマスター様から止められている。しかし、俺はゲームマスターから話してほしいと言われてる事があってな。」
青鈍色の猫は田芽助が聞いていることをしっかりと確認した。
「これから田芽助達はこのゲームを抜け出すには全てのカードを集めなければならない。一つのカードに2匹以上のモンスターがいる場合もある。カードに該当する全てのスキルを手に入れると、次のサーバーが開く。その際に、全てのカードにはそれぞれ意味がある。俺のカードの意味は核心。該当するカードを考えればヒントになるだろう。」
田芽助は何かを悟ったようにテママリナネットに話しかけた。
「もしかして、チートスキルの中でも弱い方なの。」
「死ね。お前は無自覚に俺を煽るな。」
青鈍色の猫は怒ったのを見て彼が謝った。
「ごめん。言わないように気を付ける。」
テママリナネットが睨みつけたが、彼はをYobaseの事を心配し立ち上がった。
「まあ、使い方次第か、とにかく地下遺跡に行こう。」
立ち上がって地下遺跡に戻ろうと走り出した。しかし、後から猛スピードでタイジットカーフに追いかけられ、気づけば峰未雨と鯱千が目の前に来ていた。
「ありがと。舞雲寺。」
峰未雨さんは田芽助の顔を見て思わずお尻に蹴りを入れた。
「褒めようと思ったけどむかつくわやっぱ。あれ猫がいる。モンスターなら倒そうかな。」
田芽助の後ろにテママリナネットは隠れていた。
「くそ。お前に渡したせいで、スキルが使えない。田芽助何とかしろ。」
「この猫がテママリナネットだ。僕の今の推しだから攻撃しないで。」
「そっかこの猫なんだ。姿勢がいいね。可愛い。ふにふに。」
「あー私にもさせてー。」
青鈍色の猫は驚いて光となって消えてしまった。
「あれ。消えちゃった。もしかしてもう会えなかったりするのかな。」
「峰未雨だけふにふにしすぎ。全然触れなかった。」
猫をあまり触ることの出来なかった鯱千の興味はカードのスキルを手に入れた田芽助に向いていた。鯱千が好機だと田芽助の顔のほほを掴んで現実かどうかを確かめた。
峰未雨が背後から横やりを入れた。
「まあ凄い。固有スキルを持ってるのはた、田芽助だけだ。でも単騎で遺跡はあほすぎて草。回復ポーション持ってるの。寝ないと回復しないよ。」
「話し方移ってるんだが。田芽助君まじで凄いよ。驚いて思わず笑っちゃった。ちなみに、Yobaseっちはどこかな。」
「今Yobaseさんは僕のせいで、地中から出てきたカバみたいなモンスターに捕食されて、地下遺跡のおそらく下の方の階に閉じ込められてしまったんです。」
「「はあ。」」
峰未雨と鯱千の態度が急に変わった。
「ふざけんな。あんたを探して助けようとしてたYobaseを見殺しにしたってこと。」
「落ち着け峰未雨。話を聞いてから考えよ。状況を詳細に教えてくれ。」
田芽助は話をしようともせず2人の反応を見て顔を青ざめすぐに地下遺跡に向かおうとした。
「とにかくYobaseさんを助けないと。」
峰未雨はタイジットカーフを呼び出し、「来い舞雲寺。私の方が速い。」
タイジットカーフと同化した峰未雨は怒りもせず目で命令した。
「乗れ。そして話せ。」
「はい。」
「じゃあ。端的に経緯とYobaseの情報を伝えて田芽助。ちゃんと思い出して。」
「ウェイターボガーディアンを討伐した経験値でlevelを上げてパーティの役に立とうとしたらYobaseさんが手伝ってくれて、注意がウェイターボガーディアンに向いていたせいでカバのようなモンスターに捕食され地下に落ちていくのを見ました。どこまで降りたのかは分からないですが、かなり深い階まで連れていかれたと思います。」
峰未雨は、田芽助に向かって男みたいな口調で叱った。
「何階か分からねえのか田芽助。」
「ひえ。」
鯱千が田芽助の頭にチョップした。
「いがみ合っている場合じゃない。そして可愛くない。」
「なんで俺なんですか。」
「これからは最善を尽くして情報を集める事。拾える情報がないなんてことはないはずだから。でも話を聞く限り唐突に起きたみたいだ。とりあえず3人で行くことが最短。」
地下遺跡の壁がいまだに塞がっているのを鯱千が確認して峰未雨から降りて壁の前に
進みだした。そして青い専用バズーカを取り出した。
「井戸で何もしてなかった訳じゃないぞ。Yobase。お披露目だ。峰鯱手製鯱性爆弾4号発射。」
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