第2話 レトファリックが人間の世界に降り立つ

『みなさま初めまして。当MMO専用自立思考型人工知能プログラムのsquiと申します。今回のアップデートの内容におかれましては、皆様のユーザー画面だけではなく、私からご説明させていただきます。皆様の現在のお身体は意識を現実から離脱させ没入させている状態でございます。そして私たちは意識の集合体を明確に把握することができ、今日日はゲームマスター念願のゲーム世界への完全没入を体感していただきます。』


「面白いな。それは何Rって言うんだ。」


「もうこっちが現実になっちまった。」


[それではしばしの間お楽しみください。]


2038年9月10日午後6時2分、突如DESSQのデータ統括本部が人工知能により最適化されVRMMOに没入していたメインサーバーの80000人のユーザーの意識はDESSQ内に閉じ込められた。これはDESSQのアップデートであったため外部機関はシステムの本質を知らなかった。自立感情変化型人工知能を有している人型のNPCを80000人生成しMMOを体感しているプレイヤーの意識およびアバターをすり替える目的で行われた。


まさに魔法だ。しかし、周囲の人間は何の支障もないほど彼らは実務をこなせていた。


「今日バイトないから楽だわーー。」


「真司。暇だったら夕飯の材料買ってきて。」


「まあ別にいいよー。外出たかったんだよねー。」


MMOの外側の現実世界にいる人間にはプレイヤーがNPCと意識がすり替わっている事には気が付かなかった。プレイヤーの肉体、意識を持っているNPCにはsquiがMMOのログイン時間や会話内容で把握した分、ゲームマスターが調べさせたユーザーのありとあらゆる情報が入っていたため異変を察知できなかった。


アップデート初夜


全てのプレイヤーは各々が人型のNPCの見た目となっていた。村人や通行人、行商人、酒場の店主になっている者もいた。全員が白い時計の端末のマジックアイテムをはめておりそこからこれまで使っていたメニュー画面が表示できるようになっていた。完全没入を果たしたものの全てのスキルが使用出来なくなっており、クエスト画面、ログイン画面も空白になっており、メニュー画面にあったのは時間と天気とメール画面とアイテム画面だけだった。


「え。なんなのこれ、みんな白いハンチング帽とベージュ色のマント。周りも大体同じような見た目。没入した感じはするけど剣もアイテムも無くなってるし。」


女性は村人になっていた。


「これは何かのバグだ。仮装イベントでも始まったのかもな。もしくは記念すべきアップデートだから争うなって事かもしれん。」


男性は酒場の店主になっていた。


それから1時間経過。


「少しおかしい。ログアウトも出来ず、ダンジョンにすらレベルが達していないから入れないなんて。今の同時接続人数は80000人もいる。DESSQの信用に関わる問題だ。」


「メール画面から問い合わせってできる?」


「DESSQへの問い合わせはログイン画面にあったはずだから無理だと思う。」


そして2時間が経った頃squiよりメールが届いた。


[みなさまこんにちはsquiです。メールが遅れて申し訳ありません。現在完全にバックアップが完了しデータ統括本部から全ての支部との連携を確認いたしました。

結論から申し上げますと皆様はNPCになりました。アバターに関しましては、現実世界の年齢、性別を反映させています。また、システムも同様にプレイヤーモードではなくNPCモードに致しました。今回皆様のメニュー画面から武器画面、スキル画面、ログイン画面、クエスト画面、マップ画面が完全初期状態、空白となっています。またHPゲージも10で統一させていただきました。これより現在MMO内で再びダンジョン及び城外への移動を解放いたします。またプレイヤーがNPCになってしまったのでNPCの討伐という禁止行為を解除いたします。NPCや敵モンスターが武器やスキルを持っていたり、時折人間の姿で来る場合がございます。敵の表示は上部に明記されています。NPC、モンスターから稀にスキルを入手できます。


そしてこれが重要なのですが、リスポーンした場合は正式にDESSQのNPCとして元NPCのエルフやドワーフたちがプレイヤーとなって冒険をするために下僕としてお手伝いをしていただきます。ご健闘をお祈りしています。遅くとも明日の午前6時になりましたら次回のメールで詳しい状況を送らせていただきます。]


squiからの突然の連絡に周囲のプレイヤーは話に着いていけていない様子だった。


「おいまじでバグじゃないのか。死んだら正式にNPCになるってどういう事だよ。今までの装備も没収って。スキル返せよ。」


次々に賛同の声が挙がった。


「お前デスゲームだったら真っ先に死ぬな、DESSQのAI様がそう言ってるじゃん。このゲームのNPCなんて実質従僕みたいなもんだ。てかさ、HPゲージの10って村人のHPじゃね。ステータスもNPCになったって事か。」


明らかにログアウトも出来ない異常事態にも関わらずそれに対応できる者もいた。

噴水が近くにある城の大きな通りからは灯りと祭りの催し物が残り、広場への石でできた階段を駆け下りて一人のプレイヤーが周りに状況を伝えていた。


「駄目だ。城の反対側の肉屋にも人がいなかった。武器屋を始めとする此処、エレミル王国一帯の城下街からNPCがいなくなったらしい。」


新たな情報を得たプレイヤーは非常時だと勘づき、焦り始めていた。


「情報だ、とにかく情報を集めろ。こういう時は無闇に敵のスポーンする場所には近づかずに情報を集めるとラノベに書いてあった。」


「いやどうだろうな。先に草原に出たやつがモンスター狩っていって獲物を全部倒して経験値大量、なんて事もあり得る。」


「それはもう各々が勝手にやればいいんじゃねえあの。俺は此処に少しの間いようと思う。」


それからsquiからの連絡を受け取ったエレミル連合国、ウェルジーナ連邦国、ドスペラ王国、アルグレット諸島群国の人間はそれぞれが別々の動きを取ろうとしていた。

そのうち城外に出たのはエレミル連合国とアルグレット諸島群国だった。どの国にも属していないプレイヤーも王宮の内部などに入れない事、情報が何一つ見つからない事から次々と外に出て狩りを始めていた。


「HP 10なら経験値稼ぎをするなら始まりの草原以外はあり得ない。必ず全ての国がエレミル連合国の近くのチュートリアルスペースに向かう。このDESSQはスキルの奪い合い。今夜経験値やスキル集めで遅れを取りたくない者は始まりの草原に行くべきだ。このゲームは奪い合うものだ。」


しかし、ウェルジーナ連邦国、ドスペラ王国はその異変とメニュー画面の空白となっているスキル画面がなぜか開けることに気づいていた。


ドゴスペラ王国王宮内会議室


「中身も空白、しかし他の画面は開くことすら出来ない。squiはNPCが武器やスキルを持って来るかも知れないと言っていた。何かあるに違いない。HP 10というのも危険すぎる。」


ウェルジーナ連邦国王宮


「ゲームマスターがこのゲームにロボット遠隔技術を用いて開発した研究を活用した事からもおそらく我々は今何かを試されていると思われます。メニュー画面のスキル画面内は完全な空白ですが、形が今までのスキル画面の領域とは別の長方形の領域がございます。またスキルが無くなっているというのはおそらくチートスキルはNPCやモンスターの手に渡っているかと。」


「ほーん。で、どうすればいいの、マニー。もうあなたに任せてもいい?ログアウトしたいから早く終わらせて。出来なかったら刑罰だから。」


「かしこまりました。しばらくの間お待ちください。」


まずい。HP 10から外に出てログアウトする情報を得る。指折りの難題だ。HP10では固まって行動しなくては始まりの草原まで辿りつく事さえできない。エレミル連合国との協力関係が欲しい。作戦を徹底的に練らなくては。



エレミル連合国付近かつ実質占拠済ロードアーム王国。チュートリアルで使われる始まりの国だった。


「人間の足。普通に動けてる。」


ラグリーグ・レトファリックは人間の男の子の見た目になっていた。


エレミル王国はログハウスになっている酒場やロイヤルなエレミル連合国の城、カジノなどが軒を連ね緊急時ということもあり賑やかな雰囲気だった。


「これが人間の住んでいる国か。凄いな。」


レトファリックは人間の生活に昔から興味があり嬉しかった。


「なんか人間たちから視線を感じる。うわ。恥ずい。」


彼は自分が女性の踊り子の衣装を身に纏っている事を思い出した。


「なんでこんなに人間が集まってるんだよ。」

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