魔力を固めると箱になるんだもん

相内充希

魔力を固めると箱になるんだもん

 魔力は球体になる。

 それがこの国――スフィアでの常識だ。



「さあ試験だよ、ミント。準備はいいかい?」


 優しい声でそう言った先生――本日の試験官でもある――に、あたしはニッコリ笑って頷いて見せた。

 部屋の中にはあたしと先生のほか、立会に派遣されてきたラベンダーという名のお姉さんだけで、正直なところ緊張感はまるでない。むしろ村に美人で都会的なお姉さんが来ているという物珍しさから、あたしはちょっぴり浮かれてしまっていた。


 今からするのは試験だけどね。

 しかも、この結果であたしの将来の道が決まるらしい大事な試験。

 七歳になったら誰でも避けて通れない、すっごく大事な日。わかってるのよ、ちゃんと。


 でもさ、仕方ないじゃない?

 こんな田舎にお客様が来る機会なんてめったにないんだもの。緊張どころか、むしろ張り切っちゃうよね?


「任せて、お父さん」

「そこは、先生、な?」

「はーい、先生」

「よし、じゃあ始めよう。手のひらを上に向けて」

「はい」


 元気に手をあげて見せたあたしは、お父さん……げふん……先生に言われた通り、手のひらを上に向けて魔力を貯めていく。

 魔力はほとんどの人が当たり前に持っているけれど、その力のどれが強いか、もしくはないかで進む道が決まってくる。

 今あたしがやってるのはその適正を見るための試験で、七歳になるとみんなするものなのだ。

 ちなみにお父さんは村で唯一の魔法の先生でね、今年七歳になるのはあたしだけなんだ。


「じゃあ一番貯めやすい魔力を出していこう」

「はいっ!」


 魔力は細分化してしまえば無限にあると言われているけれど、特性としては火・水・木・金・土に分けることが出来るのね。

 そんな魔力を掌で固めて具現化すれば、人によって大きさは違えど、火でも水でもまずは球体になるのだ。けれどわたしが作ると――――


「うーん。毎度のことながら器用だな、ミント」


 複雑な顔であたしの手を見つめるお父さんに、へへっと笑う。


「やだな、おと……先生。そんなに褒められると照れちゃいます」

「褒めてないけどな?」

(うん、知ってた)


 あたしは自分の手のひらに浮かんでいる魔力の塊を見直してみる。

 ラベンダーさんが驚いたように目を丸くしているので、やっぱり相当珍しいんだろうね。だってあたしの手のひらにあるのは、綺麗に辺の揃った四角、つまり立方体なんだもん。丸みなんて微塵もありはしない、立派な四角だ。


(ここまで来ると、むしろすごいと思うんだけどなぁ)


 四角い魔力の塊は惚れ惚れとするほど美しいと思うのに、お父さんは大きく首を振ると、「お手本だ」と言って自分の手のひらに水の魔力の塊を出して見せる。うん、透明で綺麗な球体ですね。さすが先生。


 魔力の塊は、そのままだと熱くも冷たくもなくて、触るとゼリーのようにプルンと揺れる。これは水に限らず火でも風でも光でも、どの属性でも同じ。

 でもわたしの魔力は立派なキューブ。全然プルンとしてないけれど、私の手のひらより少し大きい立方体は、わたしの年で具現化できる魔力としては大きい方だと思うのだ。

 事実お父さんもそこは否定できないらしく、ラベンダーさんと顔を見合わせた後、苦笑しながらも頷いてくれた。


「とはいえなぁ。ミントの魔力でこの大きさを出せたというのは褒めるべきかもな」


 そう言って、一通りの魔力を具現化し、そのすべてを立方体にしたあたしは、相当珍しいと言われつつ、一応適正は「木だな」ということで落ち着いた。


「木かあ。地味だな」


 素直な感想を述べると、お父さんたちがあたしの魔力を見分しながら「そんなことはない」という。――と、ふいにラベンダーさんが小さく「あら?」と言うのが聞こえた。


「どうしました? 何か問題でも?」


 不安そうな声で問うお父さんに、ラベンダーさんが綺麗な眉を寄せる。


「あの、多分なんですけど、この魔力、中は空ではありませんか?」

「えっ?」

「ああ!」


 お父さんが驚きの声をあげ、あたしは逆に(よく気が付いたな)とニコニコした。

 二人の前であたしは一番大きく出来た木魔法の塊をパカッと開けて見せる。ラベンダーさんが言うとおり、これは外側だけで中は空っぽなのだ。


「なっ……」


 二人が呆然としてるのは、魔力の塊を開けるなんて非常識なことをしたからだろうね。


「お父さん、あたしは生まれつき魔力が少ないじゃない?」


 あえて娘として話すと、お父さんがその通りだと頷いた。魔力の塊が大きく作れたから、成長したと思ってたんだろうね。


「でもって、あたしは魔力を球体にできないの。難しくて、頑張って丸めると、小石より小さくなっちゃうのね」

「そうなのか?」

「うん、実はそうなの」


 これを見た幼馴染のバジルに、前すっごくバカにされたんだよね。

 それでムカついたあたしは、試行錯誤で魔力をこねくり回したのだ。


「でね、色々試した結果、魔力を箱型にすることにしたの」

「箱……」

「これ面白いんだよ。ほら、こんな風に他の魔力を入れることが出来るの」

「入れる……」


 お父さんもラベンダーさんも、なんか片言しか話せなくなってるよ。そんなに変かな?


「たとえばお父さんの水魔法の塊を入れると――はい、綺麗に収まりました」

「はっ?」


 丸い魔力の塊って、この箱に入れるときちんと収まるんだよね。水だからかと思ったんだけど、他の魔力でも同じだった。


「これ、便利じゃない? たとえばさ、水の適正ゼロの人のところへ、水魔法の塊を渡すこともできるんだよ? 火魔法使えない人に火魔力入れて渡せば、一人でも火を起こせるとか。――変、かな?」


 自分以外の魔力を運べるってあたしはアリだと思ったんだけど、やっぱり魔法適正ゼロ判定になっちゃうのかな。それはそれで別にいいけど。お隣のお姉さんは魔力ほぼゼロでも優秀な染め物士だし、そういう道もアリだよね。


 そんなことを考えながら、呑気にあくびをかみ殺していたあたしは知らなかった。


 この魔法が、やがて箱魔法と呼ばれることを。



 十年後。


「ミント・グリージャ。西の都にいる老治癒士の元へ行き、光魔法を君の箱に入れて持ち帰ってくれ」


 病弱な王女様のために、そんなとんでもない依頼を受ける羽目になるなんて、このときのあたしは夢にも思わなかったんだよねぇ……。


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魔力を固めると箱になるんだもん 相内充希 @mituki_aiuchi

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