宝箱を開けたいので手伝ってもらえませんか?

五色ひわ

お題は『箱』

「すみませ〜ん! 宝箱を開けたいので手伝ってもらえませんか〜?」


 俺は洞窟の奥から聞こえる声に導かれて足を進めた。ここは上級冒険者のみが入ることを許されたダンジョンの中層だ。ダンジョンとは魔族が作り出した迷宮を指す。


 魔族がダンジョンを作る理由ははっきりしていない。一番有力なのは、魔族が人間の魔力を必要としているという説だろうか。それを証明するかのように、俺の魔力は少しずつ減っている。


 では、なぜ俺はこんな場所に来ているのか?


 ダンジョンは放置していると魔物が溢れ出し街を襲うことがある。それを阻止するためだと答えれば尊敬されるだろう。


 しかし、俺を含めて多くの冒険者はそんな崇高な考えを持っていない。ダンジョンの中の魔物を倒せば魔物の素材が手に入るし、運次第で宝箱も見つかる。要するにお金を目当てに来る者が多いのだ。


「宝箱を開けたいので手伝ってもらえませんか?」


 声の主のもとにたどり着くと、男が宝箱に手をかけながら聞いてくる。誰かが通りかかるのを待っていたのだろう。


「宝箱を開けるのを手伝えば良いのか?」


「はい、お願いします」


「本当にそれで良いんだな。俺に言わなきゃいけないことはないか?」


「え、ええ……ありません」


 男は戸惑いを見せたが、他に言うことはないらしい。俺はそれを確認して、宝箱の蓋に片手をかける。すると、手が宝箱に張り付いて取れなくなった。顔を上げると、男は宝箱から離れた位置に移動している。


「すみません。でも、僕だって被害者なんです。同じことを言われて、宝箱から手が離れなくなってしまって……。きっと、他の誰かが来ると思います。その人に……その……。僕のことを恨まないで下さい!」


 男は何度も頭を下げながら走り去っていく。俺はその背中に小さく謝罪の言葉をかけた。きっと、聞こえていないだろう。



 俺は黙って時間が経つのを待った。じわりじわりと魔力が減っていく。


 プツリ


 魔力切れを起こした瞬間に何かが切れる音がした。どうやら、呪いが解けたようだ。俺は無言で斧を振り下ろし宝箱を破壊する。


 キャーーーー!


 宝箱から甲高い悲鳴が聞こえ、張り付いていた片手が離れる。俺はカバンの中から魔力を回復する薬を取り出してゴクゴクと飲んだ。


 久しぶりに身体が軽い。魔力がダンジョンに吸われていないおかげだろう。



 俺が魔力を吸われる呪いにかかったのは二年前のことだ。先程と同じように宝箱を開けたいと声をかけられたのがきっかけだった。俺は男に騙され、そして別の男を騙した。


 俺が幸運だったのは、騙したはずの男が今の俺のように呪いを解きに来た人間だったことだ。持っている食料を男のそばに残し、ダンジョンから逃げ帰った二日後、男は再び俺の前に現れた。



「魔力を吸われる呪いを解くには、もう一度宝箱に捕まり魔力が無くなるまで吸い付くされるしかない。そうすれば、呪いは解ける」


 男も他の者から聞いて実行しただけで、呪いが解けた理由は分からないらしい。男の予想では、宝箱に『魔力を持たぬ者はいらない』という単純な思考しかないのだろうとのことだった。

 

「どうやって、宝箱から手を離したんですか?」


「宝箱を壊せば、手を離すのは簡単さ」


 宝箱はどんなことをしても壊せなかった。それも呪いのせいらしい。


「何であの宝箱が危険だって周知させなかったんですか? そうしてくれていたら、俺は……」


「呪いを解きたかったからに決まってるだろう? お前が正直に話して助けを求めてきたら、今回は諦めるつもりでいたさ」


 呪いを解くには、宝箱を壊す必要がある。周知されたら、宝箱に遭遇する機会が減ってしまう。呪いにかかっている者は他にもたくさんいるはずだ。


「……」


「宝箱が復活するのに三年かかった。健闘を祈る」


「教えて下さってありがとうございます」


「飯の礼だ。他のやつには言わないよ」


 ◆


 男が嘘をついている可能性もあったが、信じて実行して良かった。どこにいても魔力が吸われ続ける中で、冒険者を続けるのは大変だ。冒険者を辞めるという手もあるが、俺には他にできる仕事もない。



 俺はダンジョンを出ると、近くの街を目指した。何度も頭を下げながら去っていった男を探さなければならない。彼の答えによっては、宝箱の危険性をダンジョンの管理者に報告しようと思う。



 終

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宝箱を開けたいので手伝ってもらえませんか? 五色ひわ @goshikihiwa

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