【KAC20242】住宅の内見

郷野すみれ

第1話

「え⁈ お前、そっちで就職するの?」


「うん、もう就職先決まったし、そっちに戻るつもりは元からなかったよ」


「そっかー。マジかー」


幼馴染の卓人とそんな通話をしたのが数日前。ちなみに卓人は一年浪人して地元の国立大学に進学した。私は、東京の私立大学に進学して、数ヶ月後には新社会人となる。


地元に友達が多く、地元が大好きな卓人は多分そのまま地元に就職するのだろう、と私は思っている。


そんなことを考えていたが、今日は、数ヶ月後から住むかもしれない住宅の内見だ。住宅とは言ってもアパートではあるが。


そして今は早めに着いて不動産会社の人との待ち合わせの時間待ちだ。はっきり言って暇である。


今までは大学寮に住んでいたため、大学を卒業するのに伴い、引っ越さなければいけない。


就職先へのアクセスも考え、駅は絞り込んだが、気になっている部屋がいくつかあって絞れない。卒論の目処が立ち、授業もなくて暇な私はいくつかの不動産会社で、数部屋すでに内見したのだが、どうも生活するイメージがつかなかったり、イマイチだったり家賃が高かったりで決め切れない。


プルルル……


電話が鳴って、番号が待ち合わせ中の不動産会社の人だったので、電話に出る。


「もしもし」


「あ、もしもし。いい家ホームの佐藤です。もう少しで着きますが、もう到着されていますか?」


「はい」


「お待たせして申し訳ございません。もう少々お待ちください」


とのことで、もう少し待つことになったらしい。どうやら私が早く着きすぎたようだ。


「こういう時に心細いんだよねえ……」


知らない男の人と会う時とかに彼氏がいれば心強いのだろうか。たまたまさっきまで考えていた卓人の顔が浮かんだが、首を振る。


「お前は違う」


でも、それだったら大学入学当初に一瞬お付き合いした元カレが頭に思い浮かんでもいいはずなのに。お互い、大学デビューでなんとなく付き合い、そして飽きてなんとなく別れてもう連絡も取っていない。


「お待たせいたしました。いい家ホームの佐藤です。桐谷さんでいらっしゃいますか?」


「あっ、はい」


スポーツマンっぽい感じで、卓人と似ているのに似て非なる存在。


案内された部屋は、家賃も予算内で、日が差し込み、ここで生活する私がすぐに思い浮かんだため、今まで迷っていたのが嘘のように即決したのであった。

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