寝室夜話

眞柴りつ夏

奏の部屋

 二人がほぼ同時に上り詰めた後、縋りついた肌は汗で濡れていて、その滑りを利用してさらに境目を無くそうとするかのように抱きついた。


「っ……ふふ」


 奏(そう)が笑う。

 少し掠れた声が色っぽい。


「なに?」


 額にくっついた前髪を指で摘みながら聞くと、笑みがさらに深くなった。


「朝陽(あさひ)、途中で一瞬、考え事したでしょ」

「……あー」

「何年付き合ってると思ってるの。バレバレだよ」


 くすくす笑って、こちらと同じように前髪に指を伸ばしてきた。

 細くて綺麗な指。この手に撫でられるのが好きだ。


「で?今日は何を考えてたの?」


 優しい問いかけに、んーと苦笑して奏の横に身体を転がした。


「実は部屋の更新が近くて」

「うん」

「引っ越すとしたら必要条件って何かな、ってのが一瞬こう……最中に頭をよぎりました。ごめんなさい」


 頭を下げるようにすると、またふふっと笑われた。


「いいよ、すぐにこっちの世界に戻ってきたし」


 で?と先を促される。

 せっかくだから相談してみようか。


「奏の絶対条件って何?」

「絶対条件?」

「家を決める時の、例えばトイレと風呂は別がいい、とか。駅から徒歩10分以内がいい、とか」

「俺はほら、条件ひとつだけだから」

「ひとつ?」

「美味しいコーヒー屋さんが近くにある」

「ああ」


 思わず笑った。奏は小説を書いていて、家でやるより捗ると行きつけのコーヒー店を何軒か渡り歩いている。


「どうせなら美味しくて、店員さんが気持ちいい感じの人がいるところがいい」

「確かにそうだな」

「朝陽は?条件あるでしょ?」

「俺?」


 いざ聞かれるとパッと浮かんでこない。


「こちら、今流行りのアイランドキッチンなんです。お客様は料理をよくされるとお伺いしました。私も食べてみたいです」


 唐突に奏が演じ出し、その滑らかな語り口に吹き出した。


「いつも食べてるじゃない」

「ちょっと、公私混同は辞めてくださーい」


 可愛い不動産屋さんだ。


「ウォークインクローゼットも完備。バストイレは別。玄関には備え付けのシューズボックスがあります」

「俺、靴集めるの好きだからそれいいね」

「窓からは近くの公園の緑が見えるんですが、なんと——」


 思わせぶりに言葉を切る。


「春には桜が見えます!」


 テンションが高い。笑うと、奏も嬉しそうに笑った。


「朝陽、桜好きでしょ?」

「あれ、公私混同しないんじゃなかったの?」

「あ、しまった」

「ちなみにお兄さん、間取りはどんな感じなの?」

「……2LDKです」


 虚をつかれ、一瞬思考が止まったのち、隣にいる恋人の顔を覗き込む。


「ふ。自分で言っておいてお前」

「ちょっと笑わないでよ」

「真っ赤だ、奏」


 可愛らしい恋人に、胸が温かくなるのを感じだ。


「今の内見ごっこ、楽しかったからさ。一緒に行く?」

「……俺、こだわるよ?いいの?めんどくさくない?」

「何言ってんだ。絶対条件がコーヒー屋だけなのに」


 自然と笑顔が溢れる。


「内見行こ、奏」


 幸せを噛み締めるように言葉にすると、こうなるのを望んでいた自分の心が嬉しそうに弾んだ。



——END——

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寝室夜話 眞柴りつ夏 @ritsuka1151

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