チャバネの内見
三椏香津
チャバネの内見
「…ーで、最後に紹介するのが、俺のイチオシの家。どうだ?チャバネ。」
そう言って先輩のクロさんが紹介したのは、築50年2階建ての古いアパートだった。屋根の縁には雨樋、窓やドアからは隙間風が出入りし放題な感じの、いかにもな物件だ。
「おぉーっ。ここの家主はどんなヒトっすか?」
「まあまあな年寄りだな。日中は居間でウトウト、夜もすぐ眠っちまう。お前らへの関心は薄いだろうな。」
「変に構われる方が迷惑なんで、そっちの方がありがたいっすね!」
今までクロさんが紹介してきてくれた物件も良かったが、俺的にはここが断トツで好みだった。
うーんでもなぁ…とクロさんが頭部をかいた。
「チャバネのところって結構な大所帯じゃなかったか?さすがに狭いんじゃないか?」
その質問が来るのを待っていた俺は、底に小判を敷いた饅頭の箱をお代官に渡す役人のような顔をしながら言った。
「実はパートナーと家を出ることにしたんです。で、新居で子供も欲しいねって話してて…。」
「やっぱり!!そうじゃないかって思ってたんだよ!初めから言ってくれたらよかったのに!そしたらこの物件しか紹介しなかったよ!」
笑いながらクロさんは右腕で、俺の左肩をバシバシ叩いた。
「ここは教えた物件の中で一番移動が楽だからな。それに俺が住んでるところも近いから、何かあればすぐに互いのところを行き来できるだろ?」
やっぱりクロさんは優しい。クロさんはいつも一歩前を歩いて、落ちこぼれの俺を助けてくれる、憧れの存在だ。
「子供はどれくらいほしいんだ?」
「まだ決めてないっすけど、まずは20っすかね。」
「どこも初めはそれくらいだよな。まあ、焦らずいけよ。」
うすっと返事した俺は、クロさんの近況を聞くことにした。
「クロさんのとこは最近どうっすか?確か今は子供200くらいでしたよね?お孫さんも足したら、とんでもない数になるんじゃないっすか?」
「あー…。今は俺と、嫁だけだな。」
「えっ。」
「まぁ数が増えたら当然見つかりやすくなるし、仕方ないよな。色々あるさ。お前も気をつけろよ、世の中何があるかわからねえんだから。すぐそばにいるヤツでもあまり信用するなよ。」
「あぁ…。。肝に銘じときます。」
ばつの悪そうな顔をしている俺に先輩は笑った。自分は大変な状況なのに、俺なんかのために物件を探してくれていたのだ。どこまでいい先輩なんだと無いはずの涙腺が潤んだ気がした。
その後俺は新居を例の物件に決め、パートーなーと一緒に新たな住処へと向かった。これからここで俺たちの新たな暮らしが始まるんだ。
「家にはここから入るんだよ…ん?あれ??」
内見のときにクロさんから教えてもらった入り口がふさがれていた。いったいどうして?家主が油でもこぼしたのだろうか。
「仕方ない。玄関から入ろう。」
この判断が失敗した。先に入ったパートナーが玄関に設置してあるネバネバの何かに捕まってしまった。
なぜ前回はスムーズに内見ができたのに、今回はこんなことになったのか、すぐにわかった。家主が変わったのだ。たぶん元の家主のヒトの子供か何かだろう。
「そうだ先輩!!クロさんに助けてもらおう!呼んでくるから、必ず助けるから待ってて!」
俺は様変わりした新居を後に、すぐ近くのクロさんの住処へと足早に向かった。が、そこにクロさんもクロさんのパートナーもいなかった。
「そんな…なんで…」
そこで俺はハッとした。先日のクロさんの言葉を思い出した。
すぐそばにいるヤツでもあまり信用するなよ。
身内を一度に大勢失ったクロさんにとって、能天気な俺はさぞ癪に触ったことだろう。次クロさん会うことがあっても、きっと俺はクロさんに何も言わないだろう…言えないだろう。
まったく。おばあちゃんのギリギリになるまで人に頼らないところ、なんとかならないのかなぁ。
SNSで得た知識を駆使して、対策をしたから、これで万全だと思うけど。あとは今っぽくDIYとかしちゃったりしたいなぁ。
…カサカサッ
ん?…うわ、早速2匹も入ってる。
チャバネ(ゴキブリ)の内見 終
チャバネの内見 三椏香津 @k_mitsumata
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