この家にします

住宅の内見

傍らに置かれたものを見て、今日の内覧客は「誰かの忘れものですかね。わたしらには要らないですね」と、微笑んだ。

たしかにそうだと思いつつ、私は目の前の家族を見た。


父、母、子二人の標準的な家族。ただ一点だけ明らかにほかの家族と違う点があった。私は触れていいものか迷いながらも、今日の内見に関係がある可能性も考えて聞いてみることにした。


「ときに、そのぅ……えぇと」


ちらちらと気になった箇所に目をやりつつ、私はやはり言葉を濁した。なかなか聞けるようなものでもないよなと思い直したからである。

と、先方が丸い瞳を一層丸くさせて、二度三度と瞬かせ、


「あぁ、もしかして。これですか?」


私の懸念などものともしない素振りで持ち上げると、また先ほどと同じ笑みを向けてきた。


「はは。お恥ずかしい。実は先日、敵対勢力にやられましてね」


敵対勢力、という言い回しに一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに「あの黒いヤツら」が浮かぶ。


「それゆえに、探しているのがほかの人たちが狙わなさそうな所だったのですよ」


言うと今日の客は、顔を上げて目の前にある新築の一軒家を見つめた。真っ黒だと思われた瞳は少しオレンジがかって見えた。夕日を反射しているのかそれとも、意志の強さが現れているのか。


「たしかに、イメージでは古いほうが好まれると思っていました」


同じく首を上げて見上げる。「パパー、ここだと誰も来ないの?」「すごくあたらしいねー」などと子どもたちの声が聞こえる。母親は同じく微笑んで、子どもたちを見ている。戸惑いのひとつも見られない。こんな旦那についていこうというのだ。肝は据わってるのだろう。


「古いとね、もう住んでいる方々がいるんですよね。だいたい。そういう場合、闘う必要もあるのですが……ほら、わたしはもうそんな術もないので」


言ってまた笑う。寂しそうな笑みだと思った。同時に強い顔だとも感じた。


よし、と私は自分に気合いを入れる。


「分かりました。では、契約成立で。ここは貴方たちのものとしましょう。なぁに、周りの人間たちにはわたしからしっかりと媚びをうっておきますよ。その代わり、毎年帰ってくること。この街のシンボルとして活躍をすること。いいですね?」


言って私は目の前の片方の翼が折れた父を中心とした、ツバメ親子を見つめた。


さて、私も行くとしよう。まずは私ともう一人の駅長にたっぷりと擦り寄っておかねば。


この街の発展のために。


おわり!

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