夢見たマイホーム
メイカー
第1話
そろそろ家を建てようか、と夫が言った。
私の実家で両親と同居して数年になる。こどもも産まれた。確かに実家も狭く感じるようになってきた。それに夫と両親は上手くいっているように見えてもお互い気を使っているだろう。それでも私はずっと実家でいいのだけど。
そうだね、と私は重い腰をあげた。
なにから始めたらいいかわからない私たちは、とりあえず有名なハウスメーカーが集まっている住宅展示場へ行った。
土日だからかこども向けのイベントが開かれており、意外と人が多くて驚いた。こんな感じならうちの子も連れてきたらよかったな。家の話はつまらないだろう、と母に預けてきたことを少し後悔した。横目でこども達を見ながら予約を取っているハウスメーカーのモデルハウスへ向かう。すれちがった母親であろう女性のロングスカートが清らかで印象的だった。
「いらっしゃいませ!お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
新卒に近いようなフレッシュな男性が対応してくれる。
「こちらのアンケートをご記入してお待ち頂けますか?」と私たちに飲み物を聞いて事務室へ入って行った。
アンケートには家を建てる希望の地域や家の広さ、住む予定の人数の他、年収、預金、勤め先などかなりプライベートな内容もあり、嫌な気持ちになった。家探しには当たり前のことなのだろうか。
夫がアンケートを記入する間私は横に座ってボーッと家の中を見ていた。ドラマに出てくるような、広くて大きくておしゃれで最新設備のある家だった。
吹き抜けから見える二階の一室から家族がでてきた。私たちと同じくらいの年齢の家族だ。
彼らは「それではまた来週お願いします。」と言い、家を出て行った。
「あの人たち、ここのハウスメーカーで家を建てるのかな?」と夫が言った。
「そんな感じだね、打ち合わせにきたんじゃない?」
ちら、とアンケートを見ると年収と預金額が少し多めに書いてあった。
そうこうしている間に、飲み物を持ったスタッフがやってきてハウスメーカーの特徴を話してくれた。
「最低いくらかかりますか?」
と夫が小声で情けない質問をした。
「そうですね、建物代だけで〇〇〇〇万円はかかるでしょうか。プラスで土地代と諸経費がかかります」
といくつか例を見せてくれた。
驚きの金額だ。私はそこまでして家を建てる必要ある?どんなに新しい設備をつけても日に日に古くなるし、歳を取ったら広い家の手入れだって大変になるかもしれないのに。と心の中で思っていた。
スタッフの男性がアンケートを見ながら少し言いにくそうに
「失礼ですが、ご購入にあたってご両親からのお力添えはありますでしょうか?」
「えっ?いえ、考えていませんが…」
「それでしたらローンの期間を伸ばしまして月々とボーナス支払いはこれくらいになります…」と資料を見せてくれた。
「…月々〇〇万円でローンが〇〇年ですか」
「はい。あくまで例ですが…」
男性の声のトーンで、これは遠回しに門前払いされているかも…と横目で夫を見た。
そこからいくつか話をして
「そうですか…他のハウスメーカーも見てみたいので検討します」と夫が切り上げる。
「はい。いろいろ見て最後に選んでいただけたら嬉しいです!」とおそらく、いや絶対にもう会うことのない私たちに弾ける笑顔を見せてくれた。
来場特典のギフトカードをもらって駐車場へ向かう。
「家を建てるのってお金がかかるんだな」
「思ってたよりずっと高かったね〜、将来車を手放すことを考えたら交通機関が近くにある方がいいし、土地代も高くなるだろうね」
「対応してくれた人、若かったからついつい年収見栄を張っちゃったよ〜」と夫は照れて笑っている。
「見た見た!…そういえば家にいたあの家族、あのハウスメーカーで家を建てれるくらいの経済力なんだろうね」
「見た目はあんな感じだったのにね」
「それは失礼だよ」と笑った。彼の負け惜しみが愛おしかった。
私が子育てを理由に仕事を辞めなければよかったな、と少し後悔した。産休から復帰後、保育園からの連絡で仕事を早退する日が多くなった。上司や同僚達に謝る事が負担になり、園からの電話がストレスになったのが退職した理由だった。
少し憂鬱になっていると
「ここに建ってるくらい大きい家にみんなで住みたかったんだけどな」と夫が言う。
ハッとした。
「も〜!さすがにここまで大きくなくていいよ」
「なんか収入格差を感じたような気がする」
「そんなの感じなくていいよ。ほらさっきもらったギフトカードでコンビニスウィーツでも買って帰ろう」
「収入が多ければギフトカードなんて使わなくてもいいのに」
「いやいや、私なら億万長者になってもギフトカードもらったら使うよ〜」
車に乗ると夫の口数もいつもより少なく、助手席に座っている私もまぶたが重たくなってきた。とても疲れた。
夢見たマイホーム メイカー @makertoday
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