違和感は内見時に気づけ

白夏緑自

第1話

「なにかこの部屋、変じゃないですか」

 空き部屋の中を一通り案内し終わって、女性客が呟いた。

「変……とは?」

 僕は内心、気づかれぬようにため息を吐く。

 またこれである。内見でこの部屋を案内したお客さんの約三割はそう言って、この部屋を候補から外す。

 女性限定のワンルームマンション。家賃も都内山手線エリアで七万と少し。かなり破格なはずだが、それでも住み手は見つからない。


「いや、雰囲気とか。その、事故物件とかじゃありませんよね?」

「え、ええ。以前、お住みになっていた方もお仕事の都合で出ていかれたと聞いていますし。そう言ったことは無いはずです」

 嘘はついていない。隠し事もしていない。事実、この部屋では誰も死んでいない。そのはずなのだが、どういう訳か内見に連れて来たお客さんの中には、こうやって難癖付けてくる人がいる。


「……もしかして、私みたいな質問する人、多いんじゃないんですか?」

 やば、顔に出ていたか……?

「実は……」

 なんだか、隠すのもバカバカしくなったので、素直に答える。

「そんなに嫌な雰囲気出ています?」

「出てますね」

 この人も素直だ。若い女性──二六歳だったか──なのだが、僕とたいして変わらないからなのか。隠さずにズバズバ言う。


 だいたい、この手のことを言ってくるお客さんは、ただなんとなく気に入らない部屋を雰囲気で一括りにして難癖をつけたいだけなのだが、この女性は違った。

「例えば、ですが」

 具体的指摘を始めようとするのだ。僕も興味本位で話に付き合う。


「この脱衣所。コンセントがやけに多くないですか? しかも、そのうちの一つは壁の中心です」

「たしかに。でも、多くて困るものでもないでしょう。例えば、ラックを置いて、その高さに何か電源を必要とする電化製品を置くのに便利かもしれません」

「仰る通りです。では、次に参りましょう」

 

 彼女は次にリビングへと移動し、僕もそれに続く。これではどちらが不動産屋なのかわからない。


「ここですが……」

「コンセントの数ですか?」

「それもありますが。あそこです」

 と、指さすのは壁に掛けられた時計だった。アンティーク調の、どちらかと言えばデザイン重視の時計。

「どうして、時計が? やけに高い位置にありますし。あれでは電池交換もできません」

「オーナーの意向みたいです。趣味だそうですよ。電池もお住いの方が入れ替わるタイミングでいつも交換しているそうです」

 良い時計ですね、とは言えなかった。時計の良し悪しは正直分からない。不動産屋の営業マンは高級時計をしてなんぼ、みたいな世界観を持っている人もいるが、僕はスマートウォッチで十分だった。

 それぐらい、時計に興味がない。


「時計が、どうかしましたか?」

「そうですね……」

 と、お客さんが言葉を切った。じっと、時計を見つめる。

「どうして、6や8や10。あ、9も。丸の部分が全て黒塗りなのでしょう?」

「デザインでは?」

 そうとしか言えない。僕だって見にくいとは思うが、そんなところだろう。


「では、もう一つ」

 と、お客さんが息を溜めた。たぶん、次で核心が来る。僕の掌が汗ばみ、胸の内で好奇心が高鳴り始める。

「お願いします」

 促して、お客さんが口を開いた。凛とした声が時計以外、空っぽの部屋に響く。


「どうして、丸の部分全てに艶があるのでしょう?」

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違和感は内見時に気づけ 白夏緑自 @kinpatu-osi

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