我が家に内見に来た件について
高久高久
急に内見にやって来た
「こんにちは。内見に来ました」
――突然訪れたスーツ姿の男は、俺に笑いながらそう言った。
突然の事に俺は「ハァ?」と間抜けな声で返事をする事しかできない。コイツ何言ってやがる、と。
来客は2人。スーツ姿の男――恐らく不動産関係の人間と、そこいらに居そうな兄ちゃんと言った感じの若い男だ。兄ちゃんの方が近々就職が決まったとかで、職場に近い住居を探しているという。俺が住んでいるアパートは、家賃や職場の距離的にピッタリらしい。そんな事をスーツの男が捲し立てる様にペラペラと話した。
このアパートが条件的には理想。それは解った。
だけどよ――このアパート今全部埋まってるんだわ。
どう頑張っても入れるわけがないのに、何で内見なんかするんだ。しかも俺の部屋に。
戸惑う俺の事など知ったこっちゃない、とでも言う様に2人はズカズカと部屋に上がり込んでくる。
「ああ、お構いなく。貴方は何もしないで大丈夫ですよ。全部お任せください」
スーツの男はそんな風に笑って言う。いや構うわ。何で普通に暮らしている部屋の内見なんてするんだ? そもそも、俺引っ越す予定すらないんだが? 何なら契約だって更新したばっかだぞ?
混乱する俺を余所に、2人は「この床下には収納が――」やら「この押入れの所から天井に――」やら色々とあっちこっちを見て回っている。家具は弄っていないが、勝手に風呂場や押入れなんかを開けていくのでたまった物ではない。
どれくらいの時間居たのだろうか。兄ちゃんの方は「中々いいと思います」と気に入った様子を見せていた。気に入っても住めないぞ、空き部屋ないんだから。だがスーツの男と「では時期を考えて再来月辺りで――」なんて話をしている。
「それでは失礼します――ああ、全部我々が何とかするので、ご心配なく」
帰り際、スーツの男が笑って俺にそう言った。間抜けにも「え、あ、はい」なんて俺は頷いていた。
2人が去って暫くして。漸く事態を飲み込めた俺の頭の中に『警察』という言葉が浮かんだ。
しかし何て説明すればいいのだろうか。何かを取られたわけではない。『出て行け』と脅迫されたわけでもない。精々が不法侵入――になるのか?
だが気持ち悪い事には変わりはない。しっかりと施錠をし、俺は部屋を出て自転車に乗り込む。近くに交番がある。そこで相談という形でもいいから話しておこうと思ったのだ。
どういう説明をすればいいのか。普通に考えて頭がおかしいと思われても仕方ない話だ。適当にあしらわれる可能性も充分にある。
あれこれと考えながら自転車を走らせていた――だから気付かなかった。こちらに向かってくる、トラックの存在に。
――跳ねられ、転がり、薄れゆく意識の中俺が思っていたのは『俺の部屋どうなるんだ』という事だった。どうでもいいような事なのに『手続きとかどうなるんだろう』とかいう事ばかりが頭に浮かぶ。
――全部我々が何とかするので、ご心配なく。
――ああ、多分あのスーツの男がその辺り何とかしてくれるんだろう。
妙に安心した俺は、そのまま意識を失い、二度と目を覚ます事は無かった。
我が家に内見に来た件について 高久高久 @takaku13
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