絶対復讐アパートメント

北路 さうす

203号室

「こちら人気の物件となっておりまして、検討中の方も数名いらっしゃいますので早い者勝ちとなっております」

 笑みを浮かべたスタッフが決まり文句を述べる。

「ここに決めます」

 まだ何か述べようとするスタッフを遮るように言うと、彼女は一瞬戸惑いを見せるがすぐ笑顔に戻る。

「ほかの物件との比較などはよろしいですか?似たようなタイプのお部屋で……」

「契約をお願いします。できるだけ早く家を決めたくて」

 家賃、日当たり、駅までの距離……家を選ぶ基準は様々だが、俺の引っ越しの決め手は憎き元同級生川内修がこのアパートに住んでいるという1点だけだ。学生時代クラスのまとめ役と自負し周りを振り回してきたモンスター、川内修。一丁前にリーダーシップを発揮しようとするのはいいが、いかんせん周りを見ず自分の思い通りに動かないやつは無理やりにでもその通りに動かそうとしどんどん嫌われていった男。しかしおためごかしや上への根回しは大得意で、先生たちからは好かれ『お前らも川内を見習え』とおぞましい文言を吐かれる始末。あれは忘れもしない2年の合唱コンクール。自己主張少な目な俺がなぜか川内の目に留まり、まさかのソロパートを任されたのだ。俺が抵抗しようが、川内の『クラスの目立たないやつが実は美声を隠し持っていて、それを開花させる』という気持ち悪いストーリーに乗せられた周りの大人が無理を通してきた。遅くきた変声期のかすれたのどを腫れるまで酷使させられ、本番に潰されたアヒルのような声を出して卒倒した。恥ずかしくて悔しくて、俺は数か月不登校になった。その後はなかなか思うように人生が進まない。心のどこかにずっと合唱コンクールでの出来事が巣食っているのだ。周囲に遅れて大学に入り、どうにか就職先が決まったころ、SNSの知り合いかも?で流れてきた忘れもしないあの憎き川内の顔。俺は火が付いたように川内のSNSに張り付き、過去の投稿を掘り返した。それなりの企業に入って、休日はスポーツジムに山登りと充実した日々を過ごしている様子。川内の破滅だけが望みだったが、ああいう周りを巻き込み平気な顔をしているやつは痛い目を見ることもなくのうのうと暮らしているということを知った。腹が立つと同時に、投稿の端々からわかった。華々しい功績を書き立てているが、こいつはいまだ死屍累々の頂で旗を振り回しリーダーシップをとった気になっているお山の大将だ。こいつを消すしかない。それがいまだ続く悪夢との決別のためになると確信した。


 無事審査に通り、契約が済んだ。俺はもう復讐のことしか考えていない。最低限の荷物で新居となる2階建てアパートに転がり込んだ。俺の部屋は203号室。川内の部屋は201号室だ。本当は隣の部屋にしたかったのだが、あいにくこの部屋しか開いていなかったのだ。

 引っ越しが済み、俺は食事を買いに徒歩10分のコンビニへ向かった。パンを買い込み帰路につく。

「お兄さん、いい話があるが聞いていかないか」

 そろそろアパートが見えるというところで、後ろから声をかけられた。振り向くと、電柱の陰からフードをかぶったみるからに怪しい男が出てきた。

「忙しいんだ。ほかの人に声かけな」

「待ってくれ!話だけでも聞いてくれないか」

 足早に走り去ろうとする俺の腕を取り、男が大声を出し縋り付いてきた。俺はぎょっとして手を振り払うと、フードが脱げ顔があらわになった。なかなかハンサムだが知らない男だ。しかし危害を加えようとする悪意は感じない。

「何を言ってるんだと思うかも知れないが、1週間でいいから部屋を貸してくれないか。その間の生活費はすべてこちらで賄うから……」

 急に男が口を開けたままこちらを凝視した。前言撤回、危険人物かもしれない。

「君、水口か?」

 急に名前を出され、俺は動揺する。俺は友達と呼べる人間はいないし、地元から離れて暮らしている。第一こんなハンサムな知り合いはいない。

「俺だよ、滝上。滝上翔也」

 滝上翔也なら知っている、同級生の図書委員だった男だ。しかし彼はこんな顔ではなかった。数年ぶりの再会だからとか、成長して顔が変わったとかではない。目の形や唇、顔の輪郭まで違う。

「同じく図書館に入り浸っていた君がその反応ってことは、俺の計画は順調ってことだ」

 滝上と名乗る男は手を離し、寂しそうに苦笑する。その眉が下がる困ったような笑い顔は、確かに滝上と同じだ。

「俺、整形したんだ。色々あってね」

 財布から免許証を取り出し差し出す。そこには確かに滝上翔也と書かれていたし、年齢もあっていた。

「たぶん、君も同じ目的じゃないかな。俺は201号室に用があるんだ」

「わかったよ滝上君。いったん俺の部屋で話そう」

 滝上はクラスが違ってもお互い図書委員で本好きだったこともあり、仲は良かった。しかし俺が不登校になってから交流はなかった。

「俺、水口君が不登校になってから川内修の仕打ちを聞いてさ、話を聞きに行ったんだよ。そしたらなぜか先生たちから強く当たられるようになって、どうやら先生方は俺が水口をいじめていて、川内がそれを止めるために合唱コンクールで、ええと、大丈夫?」

 俺はいつの間にか震えていたらしい。滝上が心配そうにこちらを見てくる。シャツで汗をぬぐい、話を促す。

「大丈夫だ。続けてくれ」

「ああ。合唱コンクールの件は、自信をつけて俺を見返してほしかったとか言ったらしい。それで俺はもともとあまりクラスになじめてなかったけど、弱い者いじめをする奴みたいに思われて、進学で早々に地元から逃げ出した」

 重い空気をごまかすようにおちゃらけて話す。しかし手は俺と同じく震えていた。

「いろいろあってね。川内修を殺すしかないと思った。だから顔を変えて近づいて、グサッと」

「俺も、そのつもりだった」

「君の顔を見たとき、目的は同じだと思ったよ」

 見慣れない滝上は、また困ったように笑っていた。俺は滝上と同居し、ともに川内修への復讐を遂げると約束した。

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