ガールズオーダー
是人
プロローグ
もっと簡単な仕事のはずだった。
アリスは震える手で小型リボルバーを落とさぬよう握り直す。
彼女の長い髪は汗と埃にまみれ、新調したばかりのストッキングも裂けてしまっていた。
先程派手に転んだ拍子に何か所か肌を擦りむき、むき身の傷口は風にさらされてじりじりと痛む。
「ほらほら、手が止まってるよ。オネーさん」
目の前にいる悪魔がその小さな顔を両の手で支え、小首を傾げた。
可愛らしい少女の顔をしたその悪魔は、こんな状況でもいつもと変わらない。
楽し気な声で早くと急かす。
次弾の装填を、急かす。
「そんな顔色悪くしないで、ダーイジョブだって! これで最後なんだから」
これで最後。最後の仕事。
だが最後の仕事がこんな内容だったとは、…契約時には聞いていなかった。
いや、そもそも仕事の内容を聞かないようにしていたのはアリス自身だった。
どんな仕事であれ、内容に関わらずどんな仕事でも完遂するのが彼女のポリシーなのだから。
それが大きな間違いだったとは、彼女は認めたくなかった。
「……やらなきゃダメなの?」
「え……どうしたのオネーさん!? あとちょっとでボクとの契約だって終わるんだから、あとちょっとじゃん!」
そう。この最後の一発を撃てば、対象の排除を完了したら契約は終わる。
何を躊躇うことがあるか。
長年やってきたことだろうとアリスは何度も自分に言い聞かせる。
それでも、それを受け入れられない自分が引き金を引くのを拒んでいる。
「もう前金支払っちゃってるし、契約通り次で最後の三人目だし。オネーさんはいつも通りお仕事をして、ボクとの契約も終えて、そしたら晴れて自由の身だよ?」
「晴れて、自由の身……ね」
「ね、嬉しいでしょ?」
可愛らしい悪魔はマスクの下の満面の笑みをこちらへ向ける。
それに対して、アリスはただ眉間にしわを寄せることしか出来なかった。
ほんの一瞬、気を抜いた瞬間にアリスは癖で銃の装填を終えてしまう。
ガチャリという重たい金属音が無人の教室に響き、悪魔はいよいよだねと身を乗り出した。
「さ、お願い。オネーさん」
契約通り、三人目を殺して。
黒いマスクが取り払われ、弧を描くピンクの唇が露わになり甘い声が漏れだす。
大きな二つの潤んだ瞳は、今か今かとこちらを見上げて待ちわびている。
眩暈がする。
私は一体、どこで間違えてしまったのだろう。
目の前のたった一人の少女にこんなにも惑わされるなんて。
わかっていれば、知っていれば。
しかし、後戻りは出来ない。
何故なら目の前の可愛らしい少女は雇い主であり、自分はそんな彼女に雇われたただの殺し屋なのだから。
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