第2話 リリスとの出会い

木の幹に背を預け、空を見上げながら深く息を吐く。頭上では小鳥たちが再び枝に戻り、さえずりを響かせている。さっきの大騒ぎが嘘のように、森は再び穏やかな静寂に包まれていた。俺の心臓もようやく落ち着きを取り戻しつつあったが、頭の中ではさっきの女の子の顔がちらついて離れない。真紅の髪、紅玉のような瞳、そしてあの怒りながらもどこか愛らしい表情……。いや、考えすぎだ。こんなところで変な妄想にふけるのはやめよう。『相変わらず、女の子をからかうのが上手よね。だけど、やりすぎると本当に刺されるわよ』

頭の中に響く声。いつもの相棒、俺の剣に宿る風の精霊だ。少し呆れたような口調が、妙に耳に残る。「刺される前に逃げるさ。それに、あの子、見た目ほど怖くなかっただろ? ちょっと可愛げがあったし」

俺は苦笑しながら答える。『ふーん、可愛げねえ。さっきの反応を見る限り、完全に君のペースだったけど? でも、あの子、ただの精霊使いじゃないわよ。炎のマナがあんなに濃い子、滅多にいないわ』

「確かに。あの火球の数と威力、半端じゃなかったな。まだ制御しきれていないみたいだったけど、ちゃんと鍛えれば大物になるかもな」

俺は剣を手に持ち、軽く振ってみる。風が軽やかに刃を撫で、キラリと光を反射する。『で、これからどうするの? あの子、絶対また絡んでくるわよ。君のこと、変態呼ばわりしてたし』

「変態は言いすぎだろ! あれは不可抗力だ。まぁ、確かにちょっと…いや、かなりまずい状況だったけどさ」

俺は頭をかきながら苦笑する。確かに、胸を掴んでしまったのは完全に俺のミスだ。いくら事故とはいえ、言い訳のしようがない。そのとき、木の陰からガサガサと音が聞こえてきた。振り返ると、さっきの女の子が戻ってきた。どうやら服を着終わったらしい。簡素だけど動きやすそうな革のチュニックに、腰には小さなポーチがぶら下がっている。真紅の髪はまだ少し濡れているが、さっきのバスタオルで拭いたのか、さっきよりは整っていた。それにしても、服を着るとまた雰囲気が変わるな。さっきの華奢な印象は少し薄れ、どこか凛とした雰囲気がある。「…何よ、ジロジロ見て。まだ見足りないわけ?」

女の子は両手を腰に当て、睨むように俺を見る。その顔はまだ少し赤い。怒ってるのか、恥ずかしいのか、どっちとも取れる表情だ。「いや、服着るとまた印象違うなって思っただけだ。さっきは…まぁ、悪かった。ほんとに」

俺は素直に頭を下げる。さすがにこれ以上火に油を注ぐのはまずい。「ふん、謝るなら最初からやんなさいよ。ったく、どこの誰とも知らない人に裸見られて、挙句に…その…」

女の子は言葉を濁し、顔をさらに赤くしてそっぽを向く。あ、胸の件はまだ根に持ってるな、これは。「で、名前は? 俺はハヤテ。とりあえず、これで知り合いってことでいいだろ?」

俺は話題を変えるために手を差し出す。女の子は一瞬怪訝そうな顔をしたが、渋々といった様子で口を開く。「…リリス。リリス・フレイムハート。覚えておきなさいよ、この変態ハヤテ」

「変態は余計だ! ったく、口が悪いな、お前」

俺は笑いながら手を引っ込める。リリス、か。炎の名前にふさわしい、燃えるような性格だな。「で、リリス。こんな森の奥で何してたんだ? 水浴び以外でさ。精霊使いなら、普通こんな場所でノンビリしてる暇ないだろ?」

俺は少し意地悪く聞いてみる。リリスの表情が一瞬曇ったが、すぐに気を取り直したように胸を張る。「ふん、別にあなたに話す義理はないけど…まぁ、いいわ。私は炎の精霊を探しに来たの。この森のどこかに、上位の炎の精霊がいるって噂を聞いたから」

「上位の炎の精霊? そりゃまた大胆な目標だな。確かに、お前のマナの量なら契約できる可能性はあるかもしれないけど…見つけるのは至難の業だぞ」

俺は少し感心しながら言う。上位精霊はそう簡単に出会えるものじゃない。それこそ、運と実力と縁が揃わないと無理だ。「ふん、わかってるわよ。でも、私にはやらなきゃいけない理由があるの。あなたには関係ないけどね」

リリスは少し気まずそうに目を逸らす。何か事情がありそうだな。まぁ、初対面でそこまで踏み込むのも野暮ってもんだ。「ま、頑張れよ。で、これからどうするんだ? また火球ぶっ放して森を燃やすか?」

俺はニヤリと笑いながら言う。リリスはムッとした顔で俺を睨む。「冗談よしなさいよ! もうあんな無駄遣いはしないわ。…それに、さっきの戦い見てわかったけど、あなた、めっちゃ強いわね。風属性なのに私の火球をあんな簡単に斬るなんて」

「まぁ、ちょっとしたコツだよ。風は炎を煽るだけじゃない。使い方次第じゃ、炎を切り裂くこともできるさ」

俺は剣を軽く振って見せる。リリスは興味深そうに俺の剣を見つめる。「ねえ、その剣…やっぱり精霊の力が宿ってるのよね? 風の精霊? どんな子なの? ちょっと見せてよ!」

リリスは急に目を輝かせて身を乗り出してくる。さっきまでの怒りっぷりが嘘みたいだ。精霊使いらしい好奇心が全開だな。『ふふ、なかなか可愛い子じゃない。ちょっと話してみたいわね』

剣の中から精霊の声が響く。俺は苦笑しながらリリスに言う。「悪いな、うちの相棒は気まぐれでな。出てくる気分じゃないらしい。それに、さっきの戦いでちょっと疲れた。少し休憩させてくれ」

「ちぇ、ケチ。まぁ、いいわ。どうせまた会うことになるでしょ、こんな狭い森なんだから」

リリスは少し残念そうに言うが、すぐに立ち上がって服の埃を払う。「じゃ、私、行くわ。あなたも変なとこで寝ないでちゃんと帰りなさいよ。…それと、次会ったときは絶対変態って呼ばないんだから! 感謝しなさい!」

リリスはそう言い残して、くるりと背を向けて森の奥へと歩き始めた。真紅の髪が木漏れ日に揺れ、まるで炎が揺らめいているようだった。「…ったく、面白い奴だな」

俺は小さく笑いながら、再び木に寄りかかる。小鳥のさえずりが再び耳に届き、心地よい風が頬を撫でる。さて、この先どうなるやら。リリスとの再会は、きっとまた一波乱ありそうだ。『次はもう少し紳士的に振る舞いなさいよね。でないと、本当に刺されるわよ』

「はいはい、わかったって」

俺は苦笑しながら、空を見上げた。森の奥で、どんな冒険が待っているのか。少し、楽しみになってきたぜ。

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