第2話 内見スタート!
体がふわっと宙に浮きあがったような感じがして、こわごわ目を開けてみたら、そこにあったのはよく知っている場所だった。年季が入った木造家屋の一軒家。私の、そして母の実家である。
本当に来たんだ。
インターホンを鳴らそうとしたら、「お待ちください、それでは心霊現象になってしまいます」と不動さんに言われて、そういえば自分が生身の人間ではなくなっていたことを思い出した。
「でも、どうしよう。今は家の鍵を持ってないんですけど」
「少々お待ちください」
不動さんはズボンの左ポケットからひもを引っ張り出した。そこにはいくつもの鍵がじゃらじゃらとぶら下がっていた。その中の一つを選んで鍵穴に差し込むと、ガチャリと開錠する音がした。
「あのう、どうしてうちの鍵を持っているんですか?」
「不動産屋ですから、当然のことです」
「はぁ、そうですか」
ちょっと怖い。
「さあ、どうぞ」
他人に自分の家の鍵をあけてもらって入るのは妙な気分だったけれど、遠慮してもしょうがないので戸を開ける。
「ただいまー」
控え目に言ってみたけれど、返事は返ってこない。
玄関には母のつっかけのほかに、男物の靴が一足あった。ああ、今日も来ているんだ。
居間のほうから、カレーの匂いが漂ってきた。お母さんお得意の、まずくはないけどおいしくもないレトルトカレー。匂いにつられるようにして居間へと向かう。不動さんも、静かにあとからついてくる。
円形の座卓に松田さんが肘をついていて、夕方のローカル番組を見ている。そこへ、母がカレーを両手にやってくる。蓮根のきんぴらとみそ汁も並んだ。
「はいお待たせ」
「おう、悪いね」
二人はテレビを見ながら食事を始めた。こちらのことを気に留める様子はまったくない。
「このアナウンサー、いつも笑顔が嘘くさいのよね」
「アナウンサーなんて、そんなもんだろう」
「そうだけど、なんだかこの人のはムズムズするのよ」
母はテレビに出た人をあーだこーだと批評するのが好きだ。
「このきんぴら、酸っぱくないかい?」
「お酢が入ってるから。苦手なら残して」
「いや、食べるよ」
母はきんぴらにお酢を入れない。きっとただ悪くなりかけているだけだ。
「来週、仙台に出張なんだけど」
「へえ、そうなの。大変ね」
「お土産は何がいい?」
「うーん……ずんだ餅以外なら何でもいいわ」
ずんだ餅は私の大好物だ。母が好きじゃなかったのは、今初めて知った。
「って、なんなのコレ!? うちのお母さん、怖いくらい平常運転なんですけど」
「さようですか」
私と不動さんの会話は二人には聞こえていないらしい。こちらへは関心を示さずぽつりぽつりととりとめのない会話を続けている。
松田さんはともかく、お母さんだ。娘が死んだんだから、もう少しやつれたり悲しそうにしていてもよさそうなのに、なんかショック。
「今は平気そうに見えるというだけかもしれませんよ」
「そうかなぁ? というか私、本当に死んだの? 疑わしく思えてきた」
「確認してみますか」
不動さんはそう言って、仏間のほうへ向かう。さすが不動産屋さんだ。うちの間取りはしっかり把握しているらしい。
仏壇には写真が四つ並んでいる。古い順に、おじいちゃん、お父さん、おばあちゃん、そして私。それも最近のじゃなくて、小学2年生ぐらいの頃のもの。
「あんたはこの頃が素直でいちばんかわいかった」と母はよく言っていた。だからって仏壇にこの写真はどうかと思うけど、考えてみたら私も母もあまり写真を撮る習慣がなかった。それは生前の父の役割だった。成人式を迎える前に死んじゃったし、ほかにふさわしい写真がなかったのかもしれない。あーあ、振り袖着てみたかったなぁ。
「そっか、私、死んだのか……」
初めて実感がわいた。
「どうなさいますか。こちらの家にしばらく居ついてみては?」
「ううん、それはちょっとやめておこうかな。松田さんとお母さんの間に勝手に入ってるのは居心地が悪いし、お母さんあんまり寂しくなさそうだし。それに私、一人暮らしをしたいがためにわざわざ県外の大学選んでこの家を出たんだよね。だから、戻るのは違うかなって」
「さようですか。ではこちらの物件は見送りということで」
不動さんはまた剣を手に取り、空中にピッピッと大きな長方形を描いた。
「では、次に参りましょう」
「はーい」
私は一度居間のほうを振り返ってから、不動さんにのあとに続いた。
バイバイ、お母さん。
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